マルクト王国の支配者
グラウス共和国の西には、陸続きで一つの隣国が存在する。
マルクト王国。
名前の通り、王制の国家。国王を頂点として、貴族が領地を持ち、さらにその下には市民から選ばれた村長や市長が就く。
国王、貴族は男系。市長村長は男女比9:1。旧グラウス王国に比べ、まだ女性差別が緩やかな場所だ。
しかしその差は歴然であり、多かれ少なかれ女性は要職からはじかれている。鈴菜の発明によって女性が魔法を使えるようになった今でも、どこか男尊女卑が色濃く残る国家。
――そのはずだった。
マルクト王国王城、玉座の間にて。
マルクト王国国王、アウグスティン8世は玉座に座っていた。周囲には幾人かの貴族たちが控えている。
外国から大使が来たのだ。急な訪問だったので準備は整っていないものの、長く放置していれば国際問題に発展してしまう。
相手はマルクト王国北方に位置する大国、アスキス神聖国からの使者だ。
手で十字を切り、信仰の意思表示をする大使。
「聡明な陛下であればご理解いただけると思いますが、この世界は男性が優位に立つべきなのです。なぜ神は女性に魔法を与えなかったのか? それは彼女たちは穢れを持つ劣った存在だからです」
「あ……ああ……」
あいまいにうなづく国王。もともとそれほど強い政治意志を持つ王ではなく、周囲の大臣に流されてしまう傾向がある。逆らえないわけではないが、逆らうだけの理由を見出せないのだ。
「ご理解いただけてうれしいです。では、まず王都に教会の建設を――」
と、そこで大使は言葉を切った。背後から扉の開く音が聞こえたからだ。
扉を押しのけ現れたのは、幾人もの少女従者を引き連れた一人の女性だった。綺麗に巻かれた茶髪を持つ、そんな美女だ。
それはしばらく前に遡る。
もともとが好色家であった国王は、ある時妾として一人の踊り子を迎え入れた。
阿澄咲。
匠のクラスメイトであり、かつては勇者の屋敷で一緒にメイド服を着て働いていた。しかしその美貌を生かして独立。その後は紆余曲折をへて妾から王妃まで上り詰めた。
つぐみと並ぶ元クラスメイトの出世頭。しかし彼女とつぐみでは、決定的に考え方が異なる。
「あらぁ、陛下。ダメじゃないのぉ、わたくしのいないところで外国のお方と会っては。男性でも嫉妬しちゃうわ」
咲はシルクのドレスを身に着けていた。紙よりも薄いその透けた生地は、彼女の豊満な乳房とくびれた腰を否が応でも強調する。
白い下着を身に着けているが、隠すべき場所が隠せていない。男を寝屋で盛り上げる、そんな姿だった。
咲は玉座のひじ掛けに座り込むと、そのまま体を国王へと寄せた。白く美しいその手が、国王の顎を撫でる。
子をあやす親や、弟をかわいがる姉に似ている。しかし唯一にして絶対の相違点は、彼女の手つきがいやらしいことだ。
「うふふ、いいのよ。我慢しなくて。わたくしにご寵愛をくださるのなら、いつでもどこでも。この場でも、ね」
「あ……ああ……咲」
「でもぉ、わたくし悲しいわ。このように女性を蔑ろにする輩を迎え入れるなんて。ねぇ、陛下はわたくしのことが嫌い? 政治の場でも陛下のおそばにいたいこの想い、迷惑かしら?」
「そんなことはない! こんな奴は追放する! おいそこの兵士! その無礼な大使を国外追放しろっ!」
周囲に控えていた兵士が、大使の両手をつかみ上げる。
大使はそれでも必死に国王へと語りかけるが、もはやその声は届いていない。彼が見ているのは咲の瞳と、その体だけだ。
「いい子ね。ご褒美よ」
咲は妖艶な笑みを浮かべながら国王を床へと押し倒した。彼女の手が、舌が、太ももが、まるでナメクジか何かのように国王の体中を這う。
国王は蚊の鳴くようなうめき声を上げながらも、抵抗などしない。咲の成すまま、されるがままにすべてを委ねる。
衆目を気にも留めない淫行。貴族たちは目をそらすばかりだ。
ここはマルクト王国。女性に支配される国家。
女王咲は国王をその美貌で骨抜きにし、彼女に仕える従者の少女は大臣や貴族たちを従わせる。
彼女についたあだ名は大娼婦、傾国の淫女。
咲以上の権力を持つ人間は、この国に存在しない。
グラウス共和国、首都にて。
ここは大通りの一角にある酒場、『ラ・ネージュ』。白い看板が目印の有名店だ。
夜はもちろん昼間でも大盛況。
そんな繁盛店で、両手に料理の乗った皿を持っている一人の少女がいた。
「北方産の粉チーズとバターのパスタ、ラムチョップの赤ワインソース、お待たせしましたにゃ」
ウエイトレス専用のピンクの制服を身に着けた少女。黒髪ショートカットからは猫っぽい耳が生えて、スカートの中から黒い毛におおわれたしっぽがはみ出ている。
彼女はこの世界にいる獣人――ではなく匠のクラスメイトだ。
耳も尻尾も、当然ながら語尾に『にゃー』などとつけるのも、すべて生来のものではない。
これはかつて一紗が迷宮で拾ってきた魔具だ。一言でいうと獣人(猫)なりきりコスプレセット。もともと動物っぽいコスプレに強いあこがれを持っていた彼女は、歓喜してその魔具をねだった。
結果として、この地域では大変珍しい獣人風少女として酒場では高い人気を得ている。この姿を褒められる結果は、彼女にとっても大変喜ばしいことだった。
なお、語尾の『にゃー』はこのアイテムとは何ら関係ない。
彼女の名前は 須藤子猫。
(匠君、最近来ないにゃー)
一時期、料理を大絶賛していた匠のことを思い出す。最近は懐事情が厳しいのか、あまり顔を見せないが……。
「子猫ちゃん! ビールジョッキ四番テーブルに」
「はいにゃっ!」
手慣れた手つきでビールを持って、テーブルへと持っていく子猫。
「ひにゃっ!」
子猫は驚きのあまり料理を落としそうになった。誰かが、冷たい手で尻尾を触ったのだ。
尻尾は体の一部となっている。触られた時のなんともいえない感触はいまだに慣れないものだ。
どうやら、酔っぱらった客の一人が子猫の尻尾を触ったらしい。けがをさせるほどの握力ではないが、気持ち悪いことには変わりない。
「にゃー、お客さんやめてください」
「はっはっはっ、その声が聞きたくてな。毎度毎度、やめれんよ」
スカートを抑えながら、子猫は頬を膨らませた。
こうしている間にもオーダーを求める声が響き、料理人や他のウエイトレスがせわしなく動き回っている。
目の回る忙しさに、子猫は匠のことを忘れた。
他国の人物紹介その1
その2もある予定。
その3があるかどうかは未定。




