にゃーん、ネコさんです
勇者の屋敷が完成した。
鈴菜の件は再生薬が完成すれば解決するとは思うが、どのみち研究するための施設は必要だ。
結局、俺は屋敷に住むことを快諾する形になった。
俺、鈴菜、そして乃蒼は屋敷にやってきていた。すでに荷物はつぐみが手配した人たちによって運ばれている。
「こちらだ」
案内はつぐみがするらしい。マントを翻して前に進む。
広々とした廊下を歩く。
というか広すぎる。俺が元の世界で住んでいた家の廊下は、俺の足の長さ程度の広さの通路だった。しかしここの廊下は、俺が地面に寝転がって両手を伸ばしたとしても先まで届かないぐらいに幅広だ。
夜はなんか逆に怖そうだな。
「ここが匠の部屋になる」
連れてこられたのは、屋敷の一室。すでにその大きめの扉に気圧され気味になっていた俺をしり目に、つぐみが中に入った。
広い……。
広さは教室の三倍ぐらい。数々の調度品によって彩られたその部屋は、誰がどう見ても豪華。はっきり言ってつぐみが仕事している執務室よりも高級感がある。
窓の近くにベッドがあった。
めっちゃでかい。
俺が両手両足を広げても先まで届かないなんてレベルじゃない。10人? いや15人だって入れてしまうぞ。
明らかに一人用じゃない枕にふわふわの布団。淡いピンク色の薄布で覆われた、いわゆる天蓋付きのベッドだ。
俺が乃蒼や鈴菜と一緒に寝てることを想定してもってきたのか? いやそれにしてもでかすぎる。俺はどっかの王様か何か?
しかもピンクの布が恥ずかしい……。返品していいだろうか?
「はー」
目をキラキラと輝かせた乃蒼が、ベッドにダイブした。
「すごいすごーい! これならクラスの女子全員同じベッドで寝れちゃうね」
乃蒼は変なことを言うな。そんなことがあるわけないじゃないか。
俺が言葉を失っている間に、つぐみは部屋を出て行った。次の場所に行くらしい。
おいていかれても困るので、俺も後に続く。
次につぐみがやってきたのは、隣の部屋だった。
「近くには二人の部屋も用意してある。ここは島原……いや乃蒼の荷物を運んである」
ドアの中にはいくつか見覚えのある服やブラシがおかれていた。
俺の部屋ほどではないが、思ったより広いな。教室ぐらいの広さはある。
乃蒼は自分のものだと言われた部屋を見て、おろおろとしている。そしてすぐに、俺の腕に抱きついてきた。
「私、こんな大きな部屋いらない。寝るときは匠君と一緒だもん……」
「乃蒼……」
俺はぎゅっと乃蒼を抱きしめた。捨てられた子犬のような顔をする彼女が、たまらなく愛おしくなってしまったのだ。
「ま、まあ使わないというなら物置程度に考えておいてもらっても構わない。私は部屋割りを強制するつもりはないし、この屋敷は匠のものだ。自由にしてくれて構わない」
そう言って、つぐみは次の部屋に移動した。
乃蒼の隣は鈴菜の部屋らしい。彼女も部屋に感心はないらしく、乃蒼と似たようなことを言っていた。
そしてさらに隣の部屋。
「ここが私の部屋だ」
「え?」
さも当然と言わんばかりに自分の部屋を主張するつぐみに、俺は呆然とするしかなかった。
「つぐみもここに住むのか?」
「そのつもりだったのだが、何か問題が?」
「まずいんじゃないのか?」
「え……」
瞬間、つぐみの目から涙が零れた。
「ご主人様は、つぐみのこと嫌いなの?」
お、おいつぐみ! 口調がおかしくなってるぞ! 乃蒼たちもいるんだから早く元にもどってくれ!
「匠君……」
「匠……」
乃蒼と鈴菜の目線が冷たい。別につぐみを虐めるつもりはなかったんだが、どうやらそういう目で見られててしまっているらしい。
「あ、いやそんなことないって! つぐみと一緒に住めるなんてめっちゃ嬉しい! でもさ、つぐみは大統領だろ? 他の人が反対するんじゃないかって心配になったんだ! つぐみを思いやっての台詞だったんだ! 嫌いじゃない!」
「なんだ、そうだったのか。その点は問題ない。大統領がどこに住むとかいう決まりがあるわけではないからな」
うーん、本当に大丈夫なのだろうか。
でも、また泣かれたらやだしな。俺から文句を言うのは控えておこう。
「俺を含めて四人の部屋を紹介されたわけだけど。これで全部か? まだいっぱい部屋があるみたいだが……」
廊下の先には、似たようなドアがいっぱい並んでいる。おそらく乃蒼や鈴菜の部屋と同じようなところがいくつも存在するのだろう。
「もともと貴族の屋敷だった場所だ。使ってない部屋がいくつかある。用途は匠が考えてくれ」
うーん。
俺は経営者でも研究者でもない。急に部屋の使い道を考えてくれって言われても、物置や客室以外に何も思いつかない。
もったいない気はするが、しばらくは空き部屋扱いだろうな。
次につぐみは、階段近くの部屋へと俺たちを連れてきた。
「ここは衣装部屋だ」
ドアを開き、中に入るつぐみ。
「匠にいろいろ楽しんでもらおうと思ってな。こちらで用意させてもらった」
水着。
コート。
ドレス。
種々の下着。
メイド服。
胸当てや忍者っぽい忍び装束まである。
ほとんど女ものの服なんだが、俺が楽しむってどういう意味だ? まさか乃蒼たちにコスプレさせて楽しんでもらうって意味なのか?
「これはすべて匠の、ひいてはその夫人である乃蒼や鈴菜、私のものだ。自由に使ってもらって構わない」
そう言って、つぐみは服を見繕い始めた。
「夫人か、いい響きだね」
鈴菜がうっとりと頬を赤めている。
「匠君はどんな服が好き?」
乃蒼がそんなことを聞いてきた。
「服って言われてもな。俺一紗以外とまともに私服で話したことないし」
「また一紗さん? 二人は付き合ってたの?」
「一紗は優と付き合ってる。園田優って知ってるだろ?」
「ああ……あの人?」
乃蒼と優はクラスメイトだから、多少は面識がある。しかし人見知りだった乃蒼が男の優と仲良く会話するはずもなく、認識としては『あの人』程度なのだろう。
「匠君、片思いだったの?」
「なぜ俺が一紗に惚れていた前提で話をする。俺たちはそんなのじゃない」
「ほんとに?」
などと他愛もない話を続けていたら、つぐみが近くにやって来た。
「え……?」
つぐみが、メイド服を着ていた。かつて乃蒼が来ていたものと全く同じだ。
「私はご主人様に仕えるメイドです。何なりとお申し付けください」
「は?」
つぐみ……大統領の激務で頭がおかしくなってしまったのか?
「つぐみさん? どうしたの?」
「乃蒼……」
一瞬だけ暗い顔をしたつぐみが、ゆっくりと話し始める。
「屋敷を焼いた件はすまなかった。私は乃蒼に、女として強くあって欲しいと思っていた。だからあんなことを強要してしまった。だけど、それは間違いだった。私は女の強さを一人で勝手に決めつけて強要していた。屋敷を守り、匠の帰りを待っていた乃蒼も……心の強い人間だったんだ」
「もう気にしてないよ。匠君のお嫁さんは私たちのお友達だもん。みんなで仲良くしようね」
「これからはこの服を着て、彼に奉仕するようお世話をしたいと思っている」
そ、そんな気負わなくてもいいんだがな。
「なんでも命令してくれ! 大統領としては無理だが、一人の女としてなんでも言うことを聞く!」
「きゅ、急に命令とか言われてもな。みんなと仲良くしてとしか言うことないからな」
「じゃあ今すぐ考えてくれ」
そう言って、つぐみは近くの椅子に座った。スカートの隙間からガーターベルトがちらちら見える。
……エロい。
なんてつぐみの足をじろじろ見つめていたら、彼女にその視線を気が付かれてしまった。
「そんなに、私にメイド服が 似合わないのか?」
どうやら、悪い意味で勘違いしてしまったらしい。それはそれで困るのだが……。
「そ、そんなことはない。メイド服がすごく似合ってて、見とれてただけだ」
「くぁっ」
つぐみが変な声を上げた。
「か、かわいい? このメイド服が、か」
「ああ、そのメイド服と、つぐみが」
なんだか復唱すると恥ずかしくなってきた。
「そういえば匠はずっと乃蒼にこの服を着せていたな。そうか、匠はこの服が好きなのか。そしてこれが私に似合ってて可愛い。ふふふ……」
つぐみは頭のレース付きカチューシャをつつきながら、変な笑みを浮かべている。
「ねーねー匠君」
袖を引かれたので振り返ると、そこには子猫がいた。
否、猫耳を身に着けた乃蒼だった。
「にゃーん、ネコさんです」
乃蒼がネコの声で鳴いた。
くうううううっっっ。
かわいい! 殺人的なかわいさだ。きっとあのラスプーチンでも即死してしまう可愛さだ。
くっそー、スマホがあったら動画撮っておくのにな。この瞬間の天使乃蒼を残せないことが一生の気がかりで仕方ない。鈴菜が超科学的な力で写真やビデオカメラっぽいものを発明してくれることを祈るばかりだ。
画家を呼んでもいいだろうか? この世紀の瞬間を絵画にして飾っておきたい!
「猫さんかわいいよね、私今日この格好でいるね」
乃蒼はずっとあのままでいるらしい。うう……なんということだ。可愛すぎて食べてしまいたいぐらいだ。
「…………」
鈴菜はいくつかの衣装を眺めていたが、特に着替える様子はない。いつもの白衣姿のままだ。
俺たちは一旦部屋を出て、次の場所へと進んだ。
つぐみは階段の前に立った。ここからは一階のエントランス部分が一望できる。
「一階には食堂、浴場、応接室、使わないと思うが執務室や書庫もある。地下にはワインセラーと地下牢もあったな。風呂は近くから源泉を引いている。いつでも入ることができるから遠慮はいらない」
そう言って、つぐみは左下の扉を指さした。どうやらあそこが風呂に繋がっているらしい。
「男風呂は?」
「何言ってるんだ匠は? 皆で一緒に入るに決まってるだろ?」
は?
つぐみの言い分だと、男風呂がないとかそういう以前に男女で使用時間を分けるつもりもなく聞こえるぞ。
「でもさほら、使用人の男性が困るんじゃないのか?」
「男なんて汚らわしい。使用人は皆女性だ。そもそも彼女たちのほとんどが定刻には町に戻る。兵士たちは夜間警備が仕事だからな、風呂に入ったりはしない」
え?
前に執事を用意するって言ってなかったか? 自分が住むことになったから、予定変更した?
「俺男なんだけど?」
「匠は何も問題ないだろう? あれだけ……その、私たちの体を弄んでおいて今更か?」
つぐみが顔を赤めた。そんな変態みたいなことはしていないつもりだが……たぶん?
「匠君と一緒にお風呂に入れるの? 嬉しいな」
「僕も一緒の風呂に入れないことが不満だったんだ。匠の着替えてるところを見れるなんて新鮮だな」
「……え? ええ?」
どうやら一緒の風呂に入ることは確定路線らしい。
俺は急に不安になってしまった。
嫁が三人もいるこの状況。もはや俺に自由な時間なんてないのではないだろうか?
あ、一紗たちと一緒に迷宮潜れば解消されるか。
闇深き屋敷シリーズその1
クラスの女子全員入れるベッド。




