加藤大裁判
何時間、そうしていただろう。
俺とつぐみはベッドの中で愛し合っていた。飽くなき欲望と心地よさが、俺たちをここに縛り付けている。
「ご主人様ぁ、ご主人様ご主人様ぁ」
赤い声を上げるつぐみが、俺に腕にすり寄ってくる。
彼女の赤毛が俺の胸板をくすぐった。
つぐみはもっとSな感じだと思ってた。でもこれはこれでギャップ可愛い。
「そんなに俺のことが好きなのか?」
「うん」
「俺はいつも乃蒼や鈴菜たちと一緒のベッドで寝てるんだけど、いいのか? つぐみも同じ事、できるのか?」
「できる!」
「……ふふっ、なんかつぐみが可愛い子供みたいに見えてきたな」
なんて、愛おしく思えてきた彼女の頭を優しく撫でようとした……瞬間。
ドアをノックする音が聞こえた。
「下条匠! ここを開けなさい!」
璃々の声だ。
激しいノック音は、それだけでドアが壊れてしまうかもしれないと思ってしまうほどだった。
まあ、昨日のつぐみのせいで壊れてるんだけどな。応急処置しただけ。
そうだよな。
なんだかつぐみとのやりとりのせいで失念していたが、城の兵士たちは加藤の痺れ薬によって眠らされていたんだ。普通に一大事。
つぐみは誰にも連絡してなかったのか? そんなことはないよな? きっと連絡ミスか何かだよな?
「そこにお姉さまがいるんですか? 私です、璃々です! 今お助けしますっ!」
うーん、これは連絡いってないみたいだぞ。今すぐ誤解を解いて……。
いや待て、とりあえず何よりも懸念しなければならないこと。それは璃々がこの部屋に入って目視するであろうこの光景だ。
ベッドで抱き合う俺とつぐみ。どう言い訳する?
璃々はつぐみのことが好きらしい。こんな見るからに情事の後である光景を発見されでもしたら、俺は剣で刺殺されてしまうぞ?
「私に任せろ」
そう言って、つぐみはベッドから起き上がった。即座に近くに散らばっていた下着と制服を身に着ける。
ポケットから取り出した香水っぽい瓶の液体を体に振りかけている。俺の匂い消してるのかな?
「匠はベッドで寝ててくれ」
え?
俺、裸なんだけど?
布団被ってれば大丈夫かな? でも俺が寝ててもつぐみが服を着てても、このおかしな状況はあまり解決しないような。
だがもう時間がない。俺は裸のまま毛布で体を覆い、ベッドに横たわった。
つぐみがドアを開けると、ものすごい勢いで璃々が部屋の中に入ってきた。
ポニーテールを揺らす甲冑少女。
「お姉さま! よくぞご無事で!」
「身の危険を感じたのでな。匠に庇ってもらっていた」
「一体何があったんですか? 気が付いたら、私床で倒れてて、しかも一日近くたってて。最初は病気か何かだと思ったんです。でも他の人たちも眠ってたみたいで。執務室にはあの加藤がいるし、お姉さまがどこに行ったか心配で心配で……」
「加藤の奴は痺れ薬を使ったらしい。私も襲われそうになってな、匠に助けてもらったんだ。奴は匠の力で無効化してもらった。あいつは頼りになる奴だからな」
「ちっ」
璃々が舌打ちした。そんなに俺の活躍を聞くのが嫌なのだろうか。
「匠が私のせいで怪我をしてしまってな。看病していたところなんだ」
「私たちはどうすれば?」
「加藤を今後どうするか決めなければならない。可能なクラスメイトたちを集めて、話し合いを行おう。私も匠と一緒にそちらへ向かう」
「……そんな男、無視して私と一緒に行きましょう。その方がいいです」
「私のせいで怪我をさせてしまったからな。それぐらいの罪滅ぼしはしておきたい」
「…………」
璃々は俺を憎々し気に睨みつけたあと、部屋の外へと出て行った。
怪我の看病をしていたか。言い訳としては悪くないかな。
まあ、肺の方をやられてしまったから嘘というわけではないか。加藤の再生薬で治るんだろうけど……。
しかしさすがはつぐみ。上手く璃々を追い払うことができたわけだ。
璃々を見送ったつぐみは、即座にドアを閉めて俺にすり寄ってきた。
「ご褒美が欲しいのご主人様、もう一回、しよ?」
いや、待て今のおかしい。さっきのキリッとしたつぐみはどこに行ったんだ?
「気持ちは嬉しいけど、加藤の件は急がないといけないだろ? 俺たちも行くぞ」
「…………」
頬を膨らませるつぐみを無視して、俺は服を着ることにした。
璃々はつぐみの命令を忠実に実行し、クラスメイトたちを官邸に集めた。
ここは大会議室。加藤がいる執務室とは別の部屋だ。
俺。
乃蒼。
鈴菜。
つぐみ。
璃々。
一紗。
りんご。
雫。
まあ他にも呼べる奴はいるんだが、昨今の関係者はこのあたりだろう。向こうの都合もあるからな。
すでに加藤に関する議題であることは全員に伝わっている。
「死刑だな」
「そうです、お姉さまの言う通り! 死刑にするべきです!」
死刑派、つぐみと璃々が興奮気味に叫んだ。
まあ、そういうと思っていたさ。二人とも被害者だもんな。
「ま、待てよ、加藤だって俺たちのクラスメイトなんだろ。それを軽々しく殺すとか、あんまり過ぎるだろ!」
と、まっとうな意見を言ったのは俺。しかし誰も後に続いてくれる気配はない。
……え? みんな本当にそれでいいと思ってるのか?
俺はまず、隣に座っていた雫へと質問した。
「なあ、雫はどう思う? クラスメイトが死刑って、やりすぎだと思うか? それとも当然だと思うか? 確かに、加藤は問題の多い奴だったけどさ」
「加藤って、誰?」
雫が首を傾げた。
雫……。
クラスメイトの顔と名前ぐらい、覚えておこうな。
「りんごは? りんごはどうだ?」
「うう~ん、りんごはね、死刑は可愛そうだと思うよ。そうだよね。かわいそうだよね。でもね、しずしずやかずりんが襲われてたかもしれないって思うと、とっても悲しいかなぁって……」
りんごは優しいから死刑に反対してくれるかと思っていたが、事はそう単純ではないらしい。奴はクラスの女子全員を狙っていたからな。素直に許せなくなるだけの要因は存在する。
「一紗はどう思う?」
「…………」
「一紗?」
「えっ、あ、そうね。殺しちゃうのはどうかと思うわ」
なんだ?
この前もそうだったよな。何か反応が鈍いような気がする。
いつもはこんな感じじゃないんだが、何か触れられたくない話題があるのだろうか?
「あの……私、……何のことだか……。加藤君、怖くて……」
「僕はこの件には何もかかわってないからね。つぐみと匠にすべてを任せる」
乃蒼と鈴菜、二人ともこの件は蚊帳の外。そして加藤とも関わり合いが薄い。意見を言ったりするほどでもないか。
そもそも誰も多数決で決定しようなんて言っていない。この意見は参考程度にしかならないということだ。
そしてすべての決定権を握るのは、やはりこの国の首脳であるつぐみだろう。
「仮に生かすとして、これからどうするんだ? 情に訴えて説得するつもりか?」
つぐみがそう問うてきた。
「あまりこういうことはしたくなかったが、俺が〈操心術〉を使ってこいつを操り続けるっていうのはどうだ? 俺に従えって言えば、もう操り人形も同然だろ」
加藤は予備のバッジを持っていた。そいつを使えば一週間という期限を撤回することは可能だ。加藤は完全に俺の操り人形となるのだ。
俺としては苦渋の決断。あまりいい気分じゃないからな、人の一生を台無しにしてしまうのは。
つぐみはそんな俺の言葉を聞いて、改めて俺の目を見た。ベッドの中で甘い言葉をささやいていた時とは違う、指導者としての眼差しだ。
「匠は自分の発言に自信が持てるのか?」
「どういう意味だ?」
「加藤は匠の命令を忠実に実行する。その意味を、本当に理解しているか?」
「理解?」
「人間はミスを犯す。一言一句、言葉を選べるかということだ」
なるほどな。
要するに、つぐみはこう言いたいわけか。
俺が何か変な失言をして、加藤が暴走してしまうかもしれない、と。
あのフェリクス公爵だって、完璧な作戦を立てておきながら『腹を切れ』という失言のせいですべてを失った。俺が同じ過ちを犯さないという保証はどこにもない。
たとえば、『死ねばいいのに』とか『死刑』とか、万が一にでも冗談で言ったことを間に受けられたら手に負えない。加藤は力ある異世界人だ。その影響力は計り知れない。
逃げ道はいくらでもある。今ここでこうして薬を作っている加藤だって、それ以外の事が全くできない状況ではない。息だってするし食事だってするしトイレにだって行く。俺に従え、という命令がどこまで効果があるのか微妙なところだ。
今のところ、加藤が暴れだす様子はないがな……。
「それに、いつまでもこのままというわけにもいかないだろう。今すぐ元の世界に返すことは不可能。牢に閉じ込め続けるにはリスクが大きい。殺してしまうのが一番だとは思うが……」
〈操心術〉で操られている人間がその記憶を失うことはない。公爵に操られていた乃蒼だって、自分が何をしていたか今も覚えている。
つまり、加藤が正気に戻ったとしても、これまでの行動を覚えたままだということだ。
俺の命令に従い、皆の役に立つためだけに薬を作り続ける。それが自己中心的な思考を持つ加藤にとって、どれほどの恥辱になるだろうか?
激怒するだろう。耳に耐えない罵声が飛ぶ。そして、なんとしてでも俺やつぐみに復讐を果たそうとする。
「とりあえず、この件はしばらく保留だ。薬は必要だからな、厳重な監視のもとに……加藤には〈操薬術〉を使い続けてもらう」
こうして、クラスメイトたちの議論は終了した。
バッジも〈操心術〉もしばらくはもつ。間を開ける分には問題ない。
その間に、妙案が出ればいいのだが……。
※妄想中※
目覚めると、ブクマが10000ぐらい入ってる。
ポイントもめっちゃ入ってて、レビューも大豊作! おまけにプロ級の読者さんが挿絵をくれて、書籍化のオファーがくる。
掲示板もツイッターもこの作品の話題でいっぱいだ!
うわあああああ、もう感想一人一人返せないよぉ……。
そんな世界線に、作者は行きたい。




