そして異世界帰還
創世神エリクシエルとの戦いから、半年の月日が流れた。
俺たちは何事もなく平和な日々を過ごしていた。
璃々と一紗が出産した。
璃々は双子の女の子を産んで、それぞれ瑠璃と琥珀という名前を付けた。
一方、一紗は男の子を生んだので、『優』と名前を付けた。
新しい命が生まれ、毎週のようにおめでたのニュースに喜び、子供の成長を喜ぶ。
そんな、平和な日々だった。
勇者の屋敷、中庭にて。
俺と雫は、ぼんやりと噴水を眺めていた。
雫のお腹は、すっかり大きくなっていた。あと二か月程度で臨月を迎えるんだから、当然と言えば当然だ。
体の小さい雫だから、出産に関しては心配だった。乃蒼のヒーリングがあるから大丈夫だとは思うが、万が一の起こらないように遠出するのは控えておきたい。
「いい天気だな、雫」
「喋るな。青く澄んだ綺麗な空もお前が喋ると曇って見える」
「…………」
ひでぇよ。
などと軽口(?)叩き合いながら木のベンチに座っていると、遠くを歩いている人影が見えた。
鈴菜だ。
両手に娘のリンカを抱えている。日光浴に来たのかな?
「最近さ、リンカの成長を感じるよ」
「確かに……」
と、頷く雫。リンカは俺と鈴菜の子供だが、一緒に住んでいるのだから当然何度か出会う機会があるわけで。雫も俺と同じように成長を感じているのかもしれない。
ただ、あまり人づきあいが得意でない雫だ。残念ながら鈴菜やリンカに話かけているところを見たことがない。
「はじめは 髪も生えそろってなかったのに、今はだいぶ整ってきたよな。最近はハイハイとか掴まり立ちを覚えてきて、目を離すとすぐにどっか行っちゃうんだよな。この屋敷には変な電化製品やストーブとかはないからさ、大きな事故とかは起きたりしないと思うけど、行動範囲が広がると……いろいろと心配になってくるよな」
「子供は成長が早いからな。言葉も勉強もすぐに覚えて、バカなお前よりも頭がよくなるぞ? くくく、今のうちに勉強しておいたらどうだ? 恥をかくことになるぞ」
「…………」
お前は何でも俺の悪口に結び付けるんだな。
いや、今回は雫の言葉なんて気にしてる暇はない。
俺が伝えたいのは、この後の話だ。
「俺たちの父さんや母さんもさ、こんな風に俺たちの成長を見て……喜んでくれてたのかな?」
「匠……それは」
雫が俯いた。
クラス転移によってやってきた俺たちは、向こうの世界で行方不明扱いになっているらしい。何の前触れもなく、突然いなくなってしまったのだ。
正直なところ、最初はそんなことを気にしてる暇もなかった、浮かれたり、ピンチになったりと目まぐるしく状況が変わるなかで、元の世界のことなんてすっかり忘れていた。
「それが突然いなくなって、集団失踪だとかテロ事件だとか言われて。辛いよな……切ないよな? 十五年以上も一生懸命育ててきて、最後にその仕打ちって……」
「……匠は元の世界で暮らしたいのか?」
「いや、そうじゃない、そうじゃないんだ」
俺たちは異世界で生きていく。そう決めたときは、間違いなく何の迷いも悩みもなかった。
合同結婚式だって開いた。子供まで生まれてしまったんだ。
日本で許される生活じゃない。そんなことは分かりきってる。
でも、俺は気が付いた。
公園で遊んでいる親子を見たり。
生まれた俺たちの子供が、成長するのを見たり。
目の前の子供を自分に重ね、自分を親に重ねた。人の親になって初めて……父さんや母さんの気持ちが分かってきた。
「手紙をさ、出したいと思うんだ」
悩んだ末の結論が、これだった。
「少人数で元の世界に戻って、全員の両親に手紙を書くんだ。わけあって会えないけど、元気です。生きています。とか、さすがに子供の件は伏せようかなって思ってるけど。それで一日でこっちに戻る。なあ、いいアイデアだと思わないか?」
「余計に悲しむかもしれないぞ? 私たちのことなんてもう忘れて、静かに暮らしているかもしれないのに……」
「そうだな。俺の自己満足かもしれない……」
それに、異世界へ帰るためには専用のアイテムがいるからな……。
「いや……すまない。私も……自分の子供が、急にいなくなったらショックだと思う」
自分のお腹を撫でながら、雫はそう呟いた。
もうすぐ生まれてくる俺たちの子供に、思いを馳せているのかもしれない。
「……私は、お腹に子供がいるから……ついていけないかもしれない。でももし、匠たちが元の世界に帰るなら、私の手紙も渡して欲しい」
「雫……」
雫のお腹は、外から見てわかるほど大きくなっている。そしてこれからもっと子供が成長するのだ。
りんご、エリナも外からお腹の大きさが分かるレベルだ。子猫や亞里亞や小鳥だって、時間がたてばそうなってくる。
こんな彼女が俺たちの世界にやってきたらどうなる? 万が一にでも知り合いに見つかったら?
行方不明になっていた女子高生が、妊娠して帰ってきたのだ。それはとても話題になって、注目を集めて、大変なことになる。
雫は今重要な時期なんだ。彼女を危険な目に合わせるわけにはいかない。
「必要なアイテムはなんとか用意するとして、実際に行く時期は……雫がひと段落してからの方がいいかな?」
「お前、これからどれだけ出産があると思ってるんだ? 私を待ってたら小鳥の出産に立ち会えないかもしれないぞ?」
「…………」
小鳥は怖いからな。
誰かを待って、誰かを無視する。
そんな冷たいことはできない。
ならせめて平等に、できる限り最速で行けるときに行ってすぐに帰ってくる。これしかない。
「とりあえず、他の子たちにも相談してくるよ。もう出産が終わったつぐみや一紗なら、きっと向こうの世界に行っても問題ないと思うからさ」
「なら私は一紗にいろいろと話しておくかな」
こうして、俺たちは手紙を渡す準備を始めた。
帰還のためのアイテム――帰還の腕輪。
あるいは異世界召喚や転移に必要な魔法陣。
昔は、魔族が持つ宝を奪うことでしか……見つけられなかった。
でも今は違う。
魔族も天使も俺たちの味方だ。昔よりもずっと、知識も魔法もアイテムも集まりやすい。
今なら、できると思った。
ダグラス、ホワイト、そしてつぐみや咲に相談し、必要なものはしばらくして整えることができた。
ここまでできてしまうのか……と平和になったこの世界に感動した。俺が成してきた数々の成果は、決して無駄じゃなかったのだ。
そして、準備を整えた俺たちは、今日……元の世界を訪問する。
始めよう。
俺たち異世界帰還を――
これにて、完結です(続編あるけど)。
皆さんこれまでありがとうございました。
以降は元の世界に帰る話なので、ジャンルをローファンタジーに変えて新作として投稿します。
『クラスの女子全員+俺だけの異世界帰還』というタイトルです。
https://ncode.syosetu.com/n1444ge/
よろしければ続編も読んでみてください。




