大統領との夜
「……はっ!」
どれだけ、時間がたったのだろうか。
俺は目を覚ました。
つぐみを押し倒した後、どうやら俺は眠ってしまっていたらしい。
よくよく考えれば、つぐみを拘束して22時間も起きたままなんて不可能だった。
俺は必死に起きていて、つぐみも俺の拘束を逃れようと必死だった。まず最初につぐみが、そしてその次に俺が力尽きたらしい。
目の前には赤毛の少女、つぐみがいた。ぐっすりと寝息を立てているその姿は、熱にうなされたように興奮していた頃と全然違う。
隣では加藤が薬を作り続けていた。薬に満たされた数個の瓶が完成している。
「加藤君、あれから何時間たった?」
「バッジが一個壊れたからな。あれから22時間以上はたってるぜ。薬の効果は切れたな」
そういえば、バッジは一日で壊れるんだったな。薬を今も作り続けてるってことは、加藤君は予備でも持ってたのかな?
周囲を見渡してみるが、俺たち以外誰もいない。
璃々たちが起きていたらもっと大騒ぎになっているはずだ。痺れ薬と媚薬には、効果時間に差があるのかもしれない。
ともあれ、俺は難題を乗り切ったというわけか。
良かった。これでつぐみも恥をかかなくて済んだ。
万事解決だ。
「つぐみ、大丈夫か?」
つぐみはゆっくりと目を開けた。
「頑張ったな! 薬の効果がやっと切れたみたいだぞ」
寝ぼけ眼、といった感じであったつぐみだが、すぐに覚醒する。
「切れてない」
「え……?」
「あと20時間ぐらい切れない」
つぐみは俺の腕に手を回し。そっとその体をすり寄せてきた。
当然ながら、つぐみは下着姿のままだ。彼女の柔らかな胸が腕に当たって心地いい。
「あ、いや、薬効果切れたんだよな? もう俺が拘束する必要もないし、つぐみも俺に頼る必要はない。そうだろ? 離してくれないかな?」
「ヤダ」
つぐみは、まるでわがままを言う子供のように頬を膨らませた。
「許してくれないと、匠以外の男はみんな死刑にする。大統領特例法でみんな死刑。璃々に頼めば喜んでやってくれる」
「え、つぐみ? 何言って?」
つぐみは俺の口にそっと人差し指を置いた。
「二人だけの時はぁ、ご・主・人・様って呼ぶね? つぐみとご主人様の約束だよ」
「…………」
は?
えっと、どちら様でしょうか? 口調がいつもと違うし、っていうか言葉の意味が分からない。
「つぐみはご主人様のものになるの。3番目でも17番目でもいいから、可愛がって欲しいの」
「え、いやほらさ、一夫多妻制ってさ、人権侵害だと思うんだ。女が男を物のように扱う、最低のやり方だね。うん、よくない。ハーレム反対! 反対反対はんたーい!」
「ご主人様は性を超越した存在なの。なんでも許されるの」
俺は性を超越した存在らしい。
神様か何かかな?
「して」
「は?」
「つぐみに、愛を注いで」
そう言って、つぐみはそっとブラに手をかけそして……。
「うああああああああああああああっ!」
俺は逃げだした。
俺は乃蒼のことを愛していた。
成り行きで鈴菜とも関係を持ってしまったが、まあこれは仕方なかった。彼女も傷ついていたし、放っておくことなんてできなかった。
でも、これ以上は駄目だ。
三人は流石にまずい。
「あ、匠君、お帰りなさい」
部屋に戻ると、乃蒼と鈴菜がいた。いつもと何も変わらない様子だ。
城での事件はここまで届いていないらしい。まあ、皆薬のせいで眠ってたからな。発覚するのはしばらくあとのことか。
憩いの我が家に戻り、ほっと一安心した瞬間。
背後のドアが、激しくノックされる音を聞いた。
「匠! 開けてくれ! 私だ」
後ろから聞こえてきた声は、つぐみのもの。
「私だ、つぐみだ。さっきは急すぎた。謝る! 平和的に話し合いをしよう! ドアを開けなければ、この借り部屋は大統領命令で徴収する。お前の服も、靴も、愛用のカップも歯ブラシも、全部私がもらい受ける。私はするぞ! これは脅しではない! だから早く開けろおおおおおおおおっ!」
ひえええええええっ!
ちょっと止めてくれ。微妙に権力を混ぜてくるあたりがホント怖い。
俺は必死にドアを押さえた。当然鍵はかかっているが、ドアノブもろとも壊されそうな勢いだったからだ。
「匠君? 赤岩さんに追いかけられてるの?」
声まで出されちゃ、もう誤魔化せないよな。
どう説明したらいいか、と悩みながら俺は語り始めた。
「つぐみさ、変な薬のせいで頭がおかしくなったみたいで。三番目でいいからハーレムに入れてくれって、おかしなこと言ってるんだよ。俺には乃蒼がいる! 鈴菜だっている。もうこれ以上罪深いことは……」
「入れてあげようよ?」
そう、乃蒼がいった。
「は?」
俺は、変な声を上げることしかできなかった。
「僕の時と同じだな。匠は薬で苦しんでいたつぐみを助けた、そういうことだね?」
「え……まあ」
そうだけど。
「匠君世界一カッコいいもんね。女の子なら誰でも頭がおかしくなっちゃうよ」
「僕も君に抱かれていると馬鹿になるからね」
え? え?
なんか俺の思ってたのと違う。ちょっと顔を赤めながら、『もうこれ以上増やさないで!』とか言ってくれると思ったのに……。
「乃蒼ちゃん、僕たちは窓から部屋の外に出よう。その方がきっといい」
「うん、そうだね。匠君、赤岩さんのことをよろしくね。優しく抱いてあげてね」
「え……抱いてって……」
そう言って、鈴菜と乃蒼は部屋から出て行った。
おい。
違うだろ。つぐみがこの部屋に入るのを止めてくれよ。
あ、駄目だ。力では負けないけど、ドアが、ドアがもう持たない。壊れる。
「匠いいいいいっ!」
ドアを蹴り破ったつぐみが、部屋の中になだれ込んだ。
もちろん、下着姿じゃなくていつものマントと制服、それから軍服っぽい紐を身に着けている。
着替えたのか。妙に冷静だよな、そういうところ。
「お、おちつけ。今のつぐみはさ、薬でちょっとハイになってるんだ。冷静に俺という人間を見つめなおせば、きっと分かってくれる。俺とお前は、そういう関係には向いてな――」
「私のことが、嫌いなのか?」
つぐみが……泣いていた。
え、嘘、だろ……。
あの、つぐみが。
革命を主導し、女傑と称えられる少女。その英雄譚は数えきれないほどにあり、自由と平等、勇気と闘争の象徴。
その彼女の、涙。
それはどんな言葉よりも、俺の心を抉った。
「私は……匠に、ひどいことしたからな。嫌われてることは十分に理解している。でも好きだった。どうしようもないぐらいに愛してしまった。だから、気持ちを伝えられずにはいられなかった」
つぐみは美人だ。
赤い髪の毛は少しだけ癖のあるロングヘア。整った顔によく発育した体。澄んだ声は聴衆の心を掴み、多くの人々が彼女を褒めたたえた。
信奉者も多い。だから、多少男に対して過激な発言をしても、今までずっと問題なんて起きなかった。
涙に滲んだ黒い瞳は、まるで海中に光り輝く宝石か何かのように美しい。
こんな子に言い寄られて、俺も気分が悪いわけじゃない。正直言おう、今、俺は目の前の彼女を愛おしく思い始めている。
俺はつぐみを抱きしめた。
「あ……」
「俺、もう二人も好きな人がいるけど。いいのか?」
「うん」
「三人目だぞ」
「何人目でも、いい」
そう言って涙を拭ったつぐみの顔を見て、俺の中で何かが弾けた。
俺はつぐみをゆっくりとベッドに押し倒した。
「俺は乃蒼のことが好きだ。鈴菜のこともだ。でも、今日からつぐみのことも、同じぐらいに好きになる。いいよな?」
「初めてだから、優しくしてほしいの、ご主人様」
そう言って、顔を真っ赤にした彼女は軽く目を瞑った。
可愛い。
美人顔のつぐみだが、俺の前で少しだけ震えているその姿は、年頃の少女そのものだった。
死刑にしてやると言われた。
裏切り者と言われた。
変態だと罵られた。
何度も毒を吐いてきたその口に、キスをする。
「好きだ」
「私も、好き」
そこから先は、言葉などなく。
俺とつぐみは…………。
ご主人様じゃなくてダーリンにしようかと深く思案。
でもダーリンって古臭くない? いやそうでもない? 止めといた方がいいんじゃない?
とかあれこれ考え今に至る。