ミカエラの死体
俺たちはエリクシエルに勝利した。
自らの敗北を認めたエリクシエルは、早々にこの広場から立ち去ってしまった。面目丸つぶれだったから、この場に居づらかったのかもしれない。
俺たちはこれから、どうすればいいのだろうか?
「あの……」
俺たちはこの場に残った天使――ホワイトに話しかけることにした。彼は友好的なそぶりを見せていたから、悪いようにはならないと思う。
「おお……そなたら、先ほどのゲームはすまなかったな。エリクシエル様の手前とはいえ、随分と追い詰めてしまった」
「はぁ、俺も……もうダメかと思いました」
「ははっ、許せ。〈エンジェル・フェザー〉は神聖な戦いであるゆえ、我も手を抜くわけにはいかなかったのだ」
おっさん天使――ホワイトは上機嫌に笑みを作った。
「良ければ宿を用意しようか? 天界から眺める空と大地は格別。正天使のみが泊まれる一等地を押さえておる。戦いの記念に、是非とも我らの世界を堪能し……」
「は……はぁ……あの……」
「む?」
「俺たちのことを、恨んでないんですか?」
何を言っているのか、とホワイトは目を丸くしているように見える。だが俺には、その態度が信じられなかった。
「俺、エリックのこと殺したんですよ? あの人は天界一の軍人だった。だったらそれを亡き者にした俺のことを……恨んでるんじゃないんですか?」
「確かに、そういった輩もいないわけではない」
「…………」
「だがエリック様は武人。戦って敗れたいうのであれば本望であろうよ。あれはすべてミカエラが悪い。そなたらが気にすることはない」
うーん、言われてみれば。
断末魔の叫びもミカエラに関する憎悪だったよな。俺の代わりにミカエラが恨まれちゃってるのか?
複雑な気持ちだな。
ミカエラだって、平和と同族との間に揺れて……あんなに苦しんでたのに。俺たちだけがこんな風に打ち解けてしまって……本当にいいのか?
「ミカエラは、許されないんですか?」
俺は死体となったミカエラを見た。
天界に葬儀なんてものがあるのかは知らないが、こうして死体を椅子に座らせて晒しものにするのは……あんまりだと思った。
せめて、どこか安らかな場所に寝かせてあげたい。
「我らはそなたたちのことを認めたが、その女のことまで認めてはおらん。ミカエラは我らを裏切り、エリック様を殺した重罪人。裁かれて当然のことよ」
俺たちを認めても、ミカエラを認めるつもりはないらしい。奴らとってミカエラは裏切り者なのだ。
「だからって、殺すことはないだろ……」
「天界には天界のルールがあるのだ。そう理解してもらう以外方法はない」
「…………」
俺たちは勝利した。
だがその代償はあまりに大きかった。
「ミカエラ……」
ミカエラがいなければ俺たちは敗北していた。彼女はエリクシエルの忠実な配下だったが、それと同時に俺たちの味方であり……仲間だった。
彼女は死んだ。欠けてしまったクラスメイトを戻す方法は、もう……。
「まあ、方法がないわけではないがな」
「何の話だ?」
「死したミカエラを、生き返らせる方法よ」
瞬間、俺は頭が晴れていくのを感じた。
生き返らせる?
そんな、ゲームの世界みたいな単語を聞けるとは思ってもみなかった。
いや、そもそもここは剣と魔法のファンタジー世界。死者蘇生なんて超技術が存在していても、全くおかしくない。今まで出てこなかったのが不思議なぐらいだ。
「そ、そんなことができるのか? どうやってやるんだ!」
「死した生命の魂は、まず天界へと向かう。そしてしばらくのちに空へと還り、新たな生命として転生を果たす。それがこの世界か、はたまた異世界かは分からぬが……」
「じゃあミカエラの魂はこの辺に漂っているってことか?」
「おそらくは……、先の試合も観戦しておっただろうな」
ミカエラ……。
俺たちの知らないところで、応援してたのかもしれないな。この勝負は、ミカエラのおかげで……。
いや、勝手に感動するのはおかしな話だ。ミカエラはエリクシエルに忠誠を誓っていた。ひょっとしたら俺たちじゃなくてエリクシエルを応援してたかもしれない。死んだ仲間をダシにして喜ぶ、なんてさっきの天使たちみたいなことを考えるのはやめよう。
「その死んだ魂を捕まえて、ミカエラの体に入れればいいのか? どこにあるんだ?」
「死した肉体は魂を受け付けぬ」
「じゃあ、どうやって魂を戻すんだ?」
「ミカエラは激しい拷問を受け、肉体の生命力がなくなってしまっておる。このまま魂を入れたとしても、入れた瞬間再び死んでしまうだけ。それでは無意味だ」
生き返らせた瞬間死ぬなんて、苦しそうだな。
「じゃあ、回復すればいいのか? 俺たちはそんな聖剣をもっているぞ?」
「死した肉体に回復魔法は通用せん」
「だよな」
乃蒼のヒーリングを死体にかけたことがあったが、生き返ることもなかったし体の傷が癒えることもなかった。つまり死体には全く通用しないのだ。
「そなたが死体に生命エネルギーを注ぎ込むのだ。さすれば肉体は再び活性化し、正常に魂を戻すことができるであろう」
「エネルギーを注ぐ? 手を当てればいいのか?」
「セッ〇スするのだ」
「え……?」
お……おかしいな、今、俺、聞き間違えたか?
「あの、もう一回言ってもらっていいですか?」
「セッ〇スして子種を注ぎ込むのだ」
うわ……聞き間違いじゃなかったよこれ。
「えっと、ミカエラ……死んでるんですけど? 死姦?」
「頑張れ。我ら天使も応援しておるゆえ!」
応援って……。何言ってんだこのおっさん……。




