謎の子供、その正体
最後のカードを娘に選ばせる。
すべてを決めることになるかもしれない、その一手。
リンカが引いた……その……カードは。
「かが……み」
鏡。
攻撃力500。
特殊能力、銀鏡反射は後攻の敵攻撃を完全に無効化し、ダメージの四分の一を跳ね返す。
しん、と静まり返る広場。
すべてが、まるでスローモーションの動画みたいに感じてしまう。
俺は……注意深くその説明文を目に焼き付けた。読まなくても、鏡という文字を見ただけで十分だった。でも、不安で……怖くて……何度もその特殊能力を確認せざるを得なかったのだ。
しかしやがて……もはや何の反論も許されないほどに……理解してしまった。
俺たちは、勝ったのだと。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺は叫んだ。
叫ばずにはいられなかった。
鏡のカードは、今、俺が最も引きたかったカードだ。ゲームオーバーを引き延ばす『再生』のカードと違い、こいついさえ引いてしまえば、もう俺の勝利は約束されたもの。
ありがとうリンカ。
そして娘を抱いてくれた鈴菜も、一緒にゲームに協力してきたつぐみも、リンカの世話をしてくれていた乃蒼、俺を見守り……応援してくれていた息子と嫁たち。
みんな……今までありがとう。
俺は……やった。
今日、ここで……この場所で、俺は……勝ったんだ!
「特殊能力、銀鏡反射を発動するっ!」
どれだけ、この宣言を妄想しただろうか?
宣言と同時に、この広場に投影されていた立体映像に変化が生じる。俺たちの正面に、銀色の薄い膜が張られたのだ。
これが銀鏡反射の効果なのだろう。
こうして、敵ターンが始まった。
開始直後、エリクシエルの孵化が発動する。
エリクシエルたちの背後に控えていた巨大な卵から、赤い竜が出現。そいつの吐き出したブレスが、俺たちに迫ってくる。
だが、そこまでだった。
銀色の膜に接触した瞬間、ブレスの四分の三は消失。量を減らした四分の一は、エリクシエル側へと跳ね返っていく。
銀色の鏡が、攻撃を跳ね返す。
攻撃を跳ね返されたエリクシエルになすすべはない。強化された孵化の攻撃は8000で、その四分の一は2000。HP150の敵なんて、完全に吹き飛んでしまう。
結果……エリクシエルのHPはゼロになった。
俺たちの完全勝利だった。
「馬鹿なっ!」
敗北を理解できなかったのだろうか? エリクシエルは椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。
「あ……ありえないっ! ありえませんこんなことは」
「…………」
ありえない、か。
確かに、奇跡のような展開だった。でも……それでも俺たちは……勝ったんだ。
「俺は考えた! どうすればお前たちの未来予知を打ち砕くことができるか! 家族の愛と絆が、この勝利を掴みとった。予言に打ち勝ったんだ!」
「それがありえないと言っているのですっ!」
エリクシエルは懐から数枚の紙を取り出した。
「これを見なさい! ここに戦いのすべてが記されています! お前たちはここで負けるはずだったのです!」
例の予言書か?
「……?」
え?
そうなの?
そこには、確かに描かれていた。鈴菜が赤ちゃんを膝の上に乗せている姿。というかその前のカードの流れまで……完全に記してある。
予言書って……もっといい加減な予言じゃなかったのか? 最後のターンどころか最初から最後まで……テーブルに置かれてるカードが描かれてるぞ? こんな詳細に未来予知されたら……勝負にならない……。
いや、他のターンの絵があったことはとりあえず置いておこう。問題は、最終決戦となった孵化前の絵だ。
俺は予言を打ち破ったと思った。子供に任せるなんて、神ですら思いつかない奇策だと考えたからだ。
だが、予言書はそれすらも織り込んでいた?
ミカエラの死すら問題ないと判断するエリクシエルだ。子供の一人や二人、問題にならないことは理解していたということか? 俺がこんな宣言をすることもまた、予定調和の一つだった?
俺は決意に身を震わせていたつもりで、予言書通りに踊ってしまった。これで敗北してたなら、ただのピエロ。
でも俺は勝利した。それはなぜだ? やはり俺の決断が未来を変えたのか? それとも、ここにいる誰も気が付いていないような、奇跡のような出来事が起きていたのか?
わ、分からない。
「と、とにかく、俺たちの勝利には変わらない! 約束を守ってもらうぞ! 地上から手を引いてくれ」
「ふ、ふざけないでください。このような勝利は……あ……ありえ……」
お、おいおい、こいつ……約束を反故にするつもりか?
今は気が動転しているだけだよな? この神様、なんだか目を回してるし、顔が真っ青で唇が震えてるし。
もう、自分が勝利すると確信してたみたいだからな。反動もものすごかったんだと思う。
でも、その気持ちは理解できる。
俺でさえ信じられないんだ。
こんなに未来を正確に描写できているのに、どうして一番重要な最後の最後だけミスったんだ? 別にこの予言で勝敗を覆す気なんてないが、それでもどうしてこんなことが起こったのかは気になる。
「この絵……少々おかしくないかい?」
俺と同じようにその絵を見ていた鈴菜が、そんなことを呟いた。
彼女が指さしてるのは、自分が抱いているリンカの絵だった。
「……ん?」
改めてその絵に集中する俺。変なところなんて……。
「そーいえばこのリンカ、ちょっと変だな。背、高すぎないか?」
この絵のリンカは鈴菜の膝の上で立っている状態だ。その状態で鈴菜の頭を覆うぐらいまでの背の高さになっているが、実際のリンカはそれほどではない。鈴菜の頭半分程度が見えていてもいいはず。
「それに顔つきにも違和感を覚える。リンカはもっと利発そうな顔つきをしているはずだよ」
「鈴菜みたいだよな」
荒い絵だから最初は気が付かなったが、確かに表情には違和感を覚える。
「ひょっとして、別の赤ちゃんとか? エドワードの方か?」
「それなら匠かつぐみが抱いてるはずだろう? まさか赤の他人?」
いや、なんで他人の子供をここに連れてきてるんだ? まさか予言書を破るためにそこまで予想外の戦術を?
意味が分からない。俺、そんなことやってないからな。
しかしこの子供。この大人しそうな顔。誰かに似ているような……。
雑な絵をぼんやりと眺めていた俺。ほんの少しだけ抱いた疑問を……わずかな可能性へとつなげていく。
……いや、まさかな?
でも、それ以外の結論が出ない。
本当に……『これ』で正しいのか? だとしたら……俺は……。
「匠、どうしたんだ? どこか痛いのか?」
つぐみに言われてはっとする。
気が付けば、俺は涙を流していた。
絵の中で鈴菜が抱いている子供は、リンカじゃない。もちろんエドワードでもない。そして赤の他人でもない。
なら……答えは一つだ。
「……これ、俺と乃蒼の……子供なんじゃないのか?」




