リンカの選択
「このカード、俺以外の人間に選ばせてもいいか?」
天界、闘技場風の広場にて。
敵の致命傷がこのターンに発動してしまうという絶体絶命のピンチ。選んだカードが勝敗を決めるというこの状況で、俺は決断を迫られていた。
運命を切り開くために俺の下した決断は、人任せと言う無責任な手だった。
「匠……どうするつもりだ? 何か考えがあるのか?」
事前に相談をしていたわけではないから、つぐみは不思議そうに首を傾げている。下手をすれば人任せの責任逃れだ。ちゃんと理由を説明したいところだが……。
「あそこにいる俺の娘に、カードを選ばせたい!」
俺が指さしたのは、乃蒼が抱きかかえている俺の娘――リンカだった。
俺が選んでは予言のまま。
鈴菜やつぐみに決めてもらう、これもこれまでやってきたことと同じ。
ならば第三者、子供に選ばせるというのはどうだ?
もちろん、まだ幼い赤ちゃんにカードを選ぶなんて高度なことができないかもしれない。ただ、それでも目の前に座らせれば、指を指したりカードを掴んだり、前に進んだりと何らかのアクションを示すはずだ。
俺はそれに従って、選ぶカードを決めればいい。
愛する娘が決めたことなら、俺にだって後悔はない!
予言の想定を打ち破るには、これしかない!
「愛する家族に運命を託す。戦いの終末にふさわしく美しい決断でしょう。おかしな不正をしないのであれば、多少の動きには目を瞑ります」
エリクシエルも承諾した。死んだミカエラを座らせるなんてルール違反すれすれのことをしている彼女だ。多少の無理には目を瞑る義務がある。
「僕たちの娘が世界の命運を決める……か。悔いのない結末になりそうだね」
「私の息子が選ばれなかったのは残念だが、少しでも成長している方が良い判断ができる……かもしれない。先人に花道を譲るとしよう」
鈴菜、つぐみも 納得してくれたみたいだ。
これですべての条件は整った。
俺は席から立ち上がり、そのまま後ろにいる乃蒼の元へと駆け寄った。彼女は俺と鈴菜の間に生まれた子――リンカをその腕に抱えている。
「聞いてたか、乃蒼。子供を利用するようであまりいい事じゃないかもしれないけど、俺には……これしか思いつかなかった」
「これで……最後なんだよね。頑張ってね」
俺は彼女からリンカを受け取った。
リンカ……どうか俺たちを導いて……。
「うええええええええええん!」
リンカが泣き出した。
「…………」
む、娘よ。こんな時ぐらいパパと仲良くしてくれ。せっかくの決意が台無しになってしまうじゃないか?
「匠、ここは僕が」
鈴菜が抱くと、リンカは泣き止んだ。
うそ……だろ?
俺は怖い顔をしていたか? あ、いやしてたかもしれない。重要な戦いの場面だからな。緊張が顔に出てしまったのかもしれない。
「僕がその席に座ろう」
鈴菜が俺の席に座った。
エリクシエルは何も言わないから、多分ルール的にもOKなんだと思う。
「あーうー、あ」
鈴菜の膝の上に乗ったリンカは、目の前に並べられたカードに興味深々といった様子だ。玩具か何かと勘違いしているのかもしれない。
やがて、娘は一枚のカードをその手に掴んだ。
「これだっ! 俺はこのカードに決めた!」
リンカが握ったままのカードを、俺は指さした。
後悔はない。
見たかエリクシエル、これが俺……俺たちの未来を掴む一手だ!
**********
10ターン目、人類側のターン。
最後にして最大の決断を娘に託した下条匠たちは、彼女の掴んだカードに運命を委ねると決意したらしい。
奇想天外。人類側も、そして天使たちもこんな暴挙に出るとは誰も想像していなかっただろう。
ただ一人――エリクシエルを除いて。
(……ふふふ)
エリクシエルは心の中で笑っていた。
席に着いた鈴菜と、その膝の上に乗る子供。
この構図!
すべてが、予言書に示された最終決戦を示す絵そのものであった。
(まさかあの子供にそのような意味があるとは……。やはり予言書はすべてを見据えた完全なる未来予知)
予言の絵には子供の姿が描かれていた。
エリクシエルはその絵を見て、疑問に思っていた。なぜこの女は子供を自分の膝に座らせているのだろうか? まさか参加者でもあるまい。それほどまでに子供の世話をしたかったのだろうか? このような重要な試合中に?
エリクシエルは創世神であり、自分が母であると豪語している。しかし本当の意味で彼女が子を孕み、お腹に宿して産んだことはない。
正直なところ、人間の赤ん坊などどれも見わけがつかない。うるさく喚き散らすだけのうっとおしい存在だ。そんな邪魔者を大事な試合に連れてくるこの状況自体が、エリクシエルにとって理解できないものだった。
だが、わざわざ止めるほどのことでもない。予言書が関わっているとなればなおさらだ。
(予言書は完成しました。あとはただ、定められた運命に従い世界が動き出すのみ……)
すべての構図を整えたエリクシエルに、もはや抜かりはない。綿密な未来予知によって、この後起こるべき出来事はすべて理解している。
この後、赤ん坊が引いたカードは――雪。
攻撃力100、特殊能力も使えない雑魚カードだ。下条匠は涙を呑み、しかし己の決意に満足したまま絶望する。
エリクシエルは勝利を宣言。天界の天使たちはエリクシエルの偉業を称えるとともに、勇敢なる勇者たちにも喝さいを送る。
その後、新たに編成された新生『神軍』が地上に降り立ち、人類に下条匠の敗北を伝える。
激化する災害と匠の敗北を知った世界各国は、エリクシエル教の信仰を条件に降伏。世界は正しい神を崇めるようになった。
おお、創世神エリクシエルに栄光あれ。信仰の証に供物を捧げよ。神殿には肉、野菜、果物、そして生贄とする人間の奴隷。
自らをもって信仰の尊さを証明する人間たち。それがエリクシエルの望んだ世界。かつて魔王が破壊した正しい文明なのだ。
(…………)
エリクシエルは考えるのを止めた。
妄想より、現実だ。
すべては定められた未来通り。
下条匠の娘――リンカは一枚のカードを掴んだ。




