恩寵
9ターン目。
孵化という強力な攻撃を控えたこのターン。一撃で俺たちを沈めるほどの威力はないものの、攻撃力4000というのはそれなりに脅威だ。
敵のHPはあと150。この敵ターンをしのいで、次のターンでこのゲームを終わらせてしまいたいところ。
天使たちと俺の家族が固唾をのんで見守る中、エリクシエルたちがカードを引いた。
「ふふ……、『加護』ですね」
「聖盾」
加護。
攻撃力1000。
特殊能力、恩寵は次ターンに発動する特殊能力の回復・攻撃値を二倍にする。
エリクシエルの引いたそのカードには、そんな説明文が記載されていた。
特殊能力が二倍?
ま、待てよ。
次の敵ターンに発動する孵化の攻撃力が4000。もし……この二倍強化が適応されたとしたら……俺たちへのダメージは……8000?
満タンHPの五分の四を吹き飛ばしてしまうほどの強烈な一撃。 俺たちのHP7350なんて一回で消え去ってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってくれっ!」
俺は思わず席を立ってしまった。何か考えがあったわけではないが、焦りのあまり体を動かさずにはいられなかったのだ。
「こ、これは……そのターンに引いたカードだけか? 発動中の特殊能力が二倍になるなんて……そんなことはないよな?」
「匠……」
俺の肩を叩いたのは、つぐみ。顔は青く、死相が出ているといってもよいほどだった。
「そのカードは孵化にも適応される。ルールブックの48ページを見てくれ」
…………。
たしかに、ルールブックにも書いている。カードの説明ではない。細かい注意書きが書かれた文字だけのページだ。ターンを跨ぐ攻撃の強化、無効化に関する説明だった。
俺も一度は目を通したが、文字だけが多すぎてすべてを記憶に残すことはできなかった。
鈴菜やつぐみは反論していない。これは……最初から示されていたルールなんだ。俺だけが、覚えていなくて驚いている。
「皆、聞きなさい」
声を張ったエリクシエルは、観客席の同胞に向けて言葉を放つ。
「二対三、絶体絶命のこの状況で引き当てた、素晴らしいカード。これは私の勝利ではありません。死してもなお母に愛を捧げた――エリックの起こした奇跡っ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「エリック様が、俺たちを見守ってくれているんだ」
「エリクシエル様万歳! この神聖な戦いに喝さいをっ!」
こ……こいつら。
死んだ仲間をダシにして、喜んでいる。あのエリックは人でなしだったし、そもそもお前たちが攻めてこなければそのエリックも死ななかったのに。
自業自得だ。
しかし観客席の歓声は留まることを知らない。起死回生の一手をその手に掴んだエリクシエルは、彼らにとってまさしく英雄なのだろう。
「ふふ、この暖かい観客の声援をもって、人類に捧げる鎮魂歌としましょう」
俺たちは……どうなるんだ。
「……嘘、だろ? なあ、つぐみ。本当にもう、俺たち終わりなのか?」
「私だって嘘だと思いたい。しかし……」
「俺たち、あと一歩で勝つところだったんだぞ? こんな終わり方ってあるのか? い、いきなり二倍になって逆転なんてさ、バトル漫画じゃないんだぞ? この世界の人たちは? 国は……」
「見苦しいですね」
苦言を呈したのは、エリクシエルだった。
「勝負の結果は真摯に受け止めなさい。このゲームで負けたからといって、あなたたちの命を取るつもりはありません。もっとも、多くの人間が死ぬ結果になることは、否定しませんが。寛大な神として、あなたたちがこの天界に住む許可を与えましょう。地上が落ち着くまでの間……ですが」
「例の災害を再開するのか? お前は……」
「〈エンジェル・フェザー〉は神の国で行われる神聖な遊戯。この世界に選ばれなかったのは、あなた……ということ。もっとも、すべての母である私より愛された生き物など、この世界に存在しないのですがね」
「俺たちはあんたのことを愛してない。他の人間だってきっとそうだ……」
「……ふふ、少し気の早い発言でしたね。まだゲームは終わっていません。一縷の望みを胸に抱き、宿敵として相応しい最後を迎えなさい」
……そ、そうだ。
……お、落ち着け。
まだ終わったわけじゃない。
敗北を回避する方法は、ある。それも俺が思いつく限り、三通りも。
一つは回復。
その後のことを考えるとかなり厳しいが、回復してHPが8000以上になれば即死は免れられる。
エリクシエルのHPの低さを考慮するなら、そう悲観するレベルでもない。
ただしその条件は厳しい。最強の即時回復は再生による『超回復』で1000。そのほかは軒並み600以下の回復……だったと思う。俺たちのHPが7350だから、再生のカードかもしくは二つ以上の回復系カードが出ないと逃げられない。
もう一つは孵化の無効化。
孵化は1000ダメージ以上を与えると無効化される。しかし現状のままではこのダメージよりも敵のHPの方が低いから、おそらく無視していいやり方だ。
そしてもう一つは、エリクシエル側のゲームオーバー。
今ターンのホワイトはおそらく聖盾の絶対防御を発動させるから、次ターンの俺たちの攻撃はすべて無効化される。何らかの特殊能力で奴の特殊能力を無効化、あるいは間接的にダメージを与えて……あるいは……。
俺の頭ではここまで考えるのが限界。
「特殊能力、恩寵を発動します」
「特殊能力、絶対防御を発動する」
迷うまでもない。エリクシエル側の行動は予想通りだった。
この後、俺たちはどうなるんだ?




