届かぬ攻撃
天界、闘技場風の広場にて。
俺たちは神とカードゲームをしていた。
周囲の観客席に座っているのは、天界の天使たち。そして俺の近くには嫁と子供たちが控えている。
初めて子供に見せる戦いだ。必ず勝利しなきゃな。
7ターン目。
エリクシエルを倒すまであと一歩。
うまくいけば、このターンですべてが決まる。
俺たちは山札からカードを引いた。
雲、か。
前回のターンでつぐみが取ったカードだよな。攻撃力100、特殊能力は使えない雑魚カード。エリクシエルのHPを少しでも減らしておくのがベストかな?
つぐみと鈴菜のカードは、っと。
槍。
攻撃力600。
特殊能力、『槍衾』は攻撃力を三倍にする。ただし効果を発動するためには、同ターンの味方カードに攻撃力600以上のものがなければならない。
聖盾。
攻撃力0。
特殊能力、『絶対防御』は次ターンの敵の攻撃をすべて無効にする。
「俺は攻撃」
「私も攻撃だ」
「僕は、特殊能力の絶対防御を発動する」
俺とつぐみの攻撃力を合わせれば、700。
それは本来であればエリクシエルを倒すのに十分すぎるほどの数値。
だが……。
エリクシエル側のHP400→300。
……くっ。
少し前のターンで発動した『確率操作(回復)』が、最後の最後で邪魔になった。エリクシエルへの致命傷となる一撃だったのに、寸前で回避されてしまった形だ。
だが、これで奴は丸裸も同然。
続いてはエリクシエルたちのターン。
カードを引く。
「沼、ですか」
「檻」
沼。
攻撃力100。
特殊能力、『底なし沼』は次ターンに敵カード一枚の攻撃力をゼロにする。
檻。
攻撃力200。
特殊能力、『牢檻』は次ターンに敵カード一枚を無力化する。
防御重視のカードを引いたな。
「特殊能力、底なし沼を発動します」
「特殊能力、牢檻を発動する」
これで……次のターンはやりにくくなった。あと一歩なのに、ゴールがほんの少しだけ遠のいていく感覚だ。
でも、それでも……前には進んでいるはず。
8ターン目。
さあ、今度こそ。
俺たちは山札からカードを引く。
「聖盾」
「雲だね」
「雷光」
どれも一度出たことのあるカード。
「特殊能力、底なし沼に雲のカードを指定します」
「特殊能力、牢檻に雷光のカードを指定する」
と、言われてしまった。
これで雷光のカードは完全に無効化。雲の攻撃力100もゼロになる。聖盾はもともと攻撃力なんてないから、もはや完全に俺たちの行動は制限されてしまった。
「特殊能力、絶対防御を発動する」
「特殊能力、雲隠を発動する」
つぐみは何もできないから発言はない。
こうして、何も成すことができず俺たちのターンが終わってしまった。
まあ、特殊能力である程度妨害ができるというだけましか。
続いて、エリクシエルのターン。
エリクシエルたちが山札からカードを……。
ん?
どうしたんだ?
エリクシエルの手が止まった。
どうした? 負けそうで緊張でもしたのか?
「エリクシエル様?」
隣の天使ホワイトが訝し気に彼女を見ている。
「まさか、ここまで追いつめられるとは思っていませんでした」
まさか、神を名乗るこの女神がこんな弱音を吐くとは思っていなかった。
しかし、誰がどう見ても劣勢だ。ため息の一つでもつきたくなるほどに。
「私は世界に愛されているのです。志半ばで倒れたエリックの意思を継ぎ、ここまできた私が……この天界の長である神が、負けて良いのでしょうか? いいえ、そんなはずはありません。忠義を示してくれた彼の意思は、私の中で生きています」
エリクシエルは、カードを取った。
「エリックの意思が、奇跡を導いてくれると確信しています!」
叩きつけるようにして、場に出されたそのカードは……。
卵。
エリクシエルを今の窮地に追いやった、あのカードだ。
まさか、本当に強力なカードを当ててしまうなんてな。
一方のホワイトは愛のカードを引く。
「特殊能力、『孵化』を発動します」
「特殊能力、『博愛』を発動する」
……やはり、こうなるか。孵化は厄介だ。
だが、まだ大丈夫。
このカードは4000ダメージを与える極めて強力なカードだが、それでもなお俺たちのHPを削りきるには足りない。
そしてなにより能力発動の条件がシビアだ。
加えて奴らは虫の息。うまくいけば次のターンですべてを終わらせることもできる。
奇跡が起きても勝てないこの状況。
俺たちは、負けるわけにはいかない。
9ターン目。
俺たちは山札からカードを引いた。
「星、だな」
「召喚」
「沼だ」
俺が星、鈴菜が召喚、つぐみが沼か。
星
攻撃力1000。
特殊能力、『隕石』は次ターンの敵カードをすべて破壊する。ただしこの特殊能力はゲーム開始後5ターン以内でしか使用することができない。
召喚。
攻撃力100。
特殊能力、『異次元召喚』は山札の好きなカードを一枚引き、このカードと交換する。ただし再び山札から引いたこのカードは、この特殊能力を使えない。
「特殊能力、異次元召喚を発動する」
鈴菜が特殊能力を使用した。
すると、山札のカードが突然動き出した。裏になったまま一枚一枚が整列し、取りやすい形になっている。
自分の山札から好きなカードを抜き取るこの能力、裏になっているカードの中身を見ることはできないが、もし、良いカードがでてくれればここで戦いは決着……。
ゆっくりと、鈴菜が山札からカードを引く。どうするか悩んでいたようだったが、適当に真ん中あたりを選んだようだ。
そのカード……は。
葉。
攻撃力50。
特殊能力、『恵』は自陣営のHPを200回復させる。
「くそっ!」
俺は思わずテーブルを叩いてしまった。
火力が足りない。
孵化の発動を防ぐためには1000ダメージ。否、そもそもエリクシエルたちのHPは残り300しかないのだ。
攻撃力1000を誇る俺の星カードは、まず間違いなく前の敵ターンに発動した『博愛』によって妨害される。俺たちの行動より相手の特殊能力が優先されるルールだから抵抗はできない。
交換した鈴菜のカードが攻撃力50、つぐみの沼カードの攻撃力が100。合わせて150。
三人いるのに……この低さ。呪われてるとしか思えない……。
なぜこれで勝てない! 奴を倒せない!
まさか本当に……エリックの奇跡が起きたとでもいうのか?
「特殊能力、『博愛』に星カードを指定する」
ホワイトの無慈悲な宣告が、俺の予想を裏付ける。
博愛、は攻撃を無効にする。そして星カードの特殊能力は開始5ターン目までしか使えない。
よって、このターンの俺は動きを完全に封じされてしまう。
「攻撃する」
「攻撃だ」
二人が攻撃、エリクシエルのHPが削られる。
エリクシエル側のHP300→150。
……落ち着け。
まだ、俺たちが負けたわけじゃない。
もう奴らのHPは150。弱小カード一枚の攻撃力で吹っ飛んでしまうレベルだ。何を焦る必要がある? 俺たちは圧倒的に有利なはずなんだ。
なのに……何なんだこの不安は?
まるで……漫画とかで主人公に戦いを挑む悪役のような……。相手を追い詰めるだけ追い詰めて、最後の最後で逆転されてしまう、そんな運命が待ち構えているみたいな。
……いや、考え過ぎか。
次こそは、勝ってみせる。
そう、自分に言い聞かせることしか……できない。




