エリクシエルの考察 完全勝利の未来予知
天界にて開かれた、人類と天使たちの最終決戦。
〈エンジェル・フェザー〉によるカードバトル。
HPを三分の二削られてしまったエリクシエル。この状況の中彼女が考えていたことは、それまで起こった出来事の考察だった。
一ターン目。
人類側カード、毒、愛、土。
エリクシエル側カード、愛、糸。
赤岩つぐみ、『博愛』の特殊能力を指定。
ホワイト、『糸壁』の特殊能力を指定。
人類側HP9900。
エリクシエル側HP9350。
二ターン目。
人類側カード、正義、卵、未来。
エリクシエル側カード、棘、薬。
大丸鈴菜、『孵化』の特殊能力を指定。
人類側HP9900。
エリクシエル側HP9350。
三ターン目。
人類側カード、棘、正義、剣。
エリクシエル側カード、影、縄。
ホワイト、『縄張り』の特殊能力を指定。
人類側HP9300。
エリクシエル側HP7450。
以上が、これまで起こった出来事。
この状況を思い出し、エリクシエルはこう思った。
(……素晴らしい、完全に予定通りですね)
そう、すべては完全に、予定通りだった。
これはエリクシエルの鋭い洞察力が相手のカードを見破ったわけではない。かといってゲーム自体に不正があるわけではない。
答えは単純だ。
エリクシエルは、未来を知っている。
と、話をすると、下条匠たちは思うかもしれない。『予言書には付け入る隙がある! 未来はまだ決まっていない!』と。
確かに、予言書の弱点はエリクシエルも熟知している。これまでエリクシエルは何度かその場面に遭遇しており、ヨーランの件もまたその話の一つだ。
絵、のみでそれ以外のことに自由な余地を与える未来予知。もともと欠陥を孕んだ仕様なのだ。
したがって、エリクシエルは決断した。
完全未来予知による完全勝利を。
エリクシエルはすべてを知っている。それは予言書の絵で結果だけを知っているという意味ではない。このゲームの一ターン、場にどのカードが出ていてHPがいくつか、そういった具体的な情報を含んだ完全な情報を入手している。
存在を秘匿されたその予言書は、全部で二十枚。敵と相手の両ターン、その時テーブルに出されたカードとHP、加えて特殊効果の出現まで完全に描かれている。
これは予言が描かれた十年前。完全勝利を求めてエリクシエルによって生み出されたものだ。
未来の正天使クリストファー。本来であれば朧げな未来しか記せない彼の能力は、エリクシエルの聖術――『強化』によって著しく向上し、詳細な未来を描ける領域まで一時的にではあるが発展した。
そもそも聖術とはエリクシエルが正天使に分け与えた能力である。今は五十一種類を天使たちに授けているが、それ以外の有象無象の聖術はすべて彼女の元に眠っている。創世神でありすべての母である彼女にとって、未来を知ることなど造作もないのだ。
したがってエリクシエルは今後起こるすべてのことを知っている。ここで卵による孵化で大ダメージを受けることも、もちろん未来予知の結果通りであった。
絵から言葉や動きは拾えない。しかしHPの変化や背後に控える立体映像の様子から、どんな特殊能力が発動したかを推測するかは容易い。中でもHPを大量に削る特殊能力は限られているため、この時点で『孵化』が発動したのは自明の理であった。
すべてを知るエリクシエルに隙はない。あとは定められた未来にしがたい、カードを選んでいくそれだけでいいのだ。
敵味方合わせて二十枚分のターン。すなわち10ターン。
カードは五十一種類あるが、そもそも51ターン分の絵すら必要ないのだ。予言書が指し示す未来は、このゲームが10ターンで終了することを宣言している。
――むろん、エリクシエルの勝利で。
(愚か者たちよ、私の手の上で踊りなさい)
そもそも、このような予防線を張らずともエリクシエルの勝利はほぼ確定していた。もともと予言書にそれが書かれているのだから、本来であれば細部を詰めるような作業などしなくてよい。
百歩譲ってこの勝負に負けたとしても、それは予言書によくある微細なエラーの一つ。その後のエリクシエルの繁栄は保証されている。
しかし、それでは良くない。
たとえ未来が定まっているとしても、敗北という汚点を付けることは好ましくないと判断したのだ。
それは戦いとは関係のない、エリクシエル個人の事情であった。
(創世神としての存在意義にかかわる問題ですからね)
エリクシエルが危惧しているのは、天界の主としての自分の立ち位置だった。
この世界はエリクシエルが生み出した。剣も魔法も魔族も聖術も、すべて彼女が与えたもの。世界のすべては彼女に感謝すべきであり、崇め奉るべきなのだ。
だが母親というだけで皆が愛して尊敬してくれるわけではない。現にエリクシエルより生み出された魔族の王は、巨大な力を持ち自分に反逆した。天界に逃げ帰っていなければ、レオンハルトはエリクシエルを殺してすらいただろう。
魔族、人類は言わずもがな、天使とて絶対服従とは言えない。
エリックはその最たる例であった。忠誠は誓っているものの、細かい意味でエリクシエルに従順とは言えなかった。
そしてミカエラもエリクシエルの意に背く行動をとるときがあった。他の天使たちも同様だ。おおむねエリクシエルに好意的ではあるが、時に反抗心を抱くことも珍しくない。
かつて魔王がそうであったように、いつかは反旗を翻すかもしれない。
意志を持つ生き物の性。喜び、悲しみ、時には不満を抱き暴力に身を染めることもある。それは仕方のないことであるが、エリクシエルはいつまでも世界の神であり母でありたかった。
エリクシエルはこの戦いを鮮やかに勝利し、証明したかった。自分が指導者としてふさわしいことを。この世界の母であり、王であり神であるということをあらためて世界に示したかった。
そしてかつてエリックが死んだときにできなかったこと、天界人への娯楽の提供をもまた忘れていない。白熱の戦いで、ぎりぎりの勝利を飾る。このゲームは神聖な戦いであり、見世物でもあるのだ。
予言書の完全予知未来を知るのは、エリクシエルとこれを描いた未来の正天使クリストファーのみ。ここに詰めかけている観客の天使たちはもちろんのこと、隣で試合に参加しているホワイトにすら見せていない。
エリクシエルは実力で勝利し、天界人を沸騰させる。選ばれた神の奇跡を目の当たりにし、天使たちは忘れていた畏怖の心を思い出すだろう。
(予言書のあの絵が完成したその時、私の勝利は世界に証明されるでしょう)
エリクシエルは思考を戻し、改めてゲームに向き直った。
選ぶ必要はない。考える必要はない。
完全なる未来予知は、もう完成しているのだから。




