世界多発災害
戦いは終わった。
〈神軍〉総大将、奇跡の正天使エリックは俺たちの手によって倒された。おそらく運の要素も強かったとは思うが、勝利という事実には変わりない。
戦いは終わったが俺たちは休んでいられない。
勝利はしたが、エリックの主であるエリクシエルとは未だ接触を持っていない。エリックが死んだことに動揺して攻撃してこないのか、それとも怒りに震えて復讐の機会をうかがっているのか。できることなら前者であってほしい。
現在はヨーランとエリクシエルの足取りを探りながら、復興にいそしんでいる状態だ。
復興。
巨人襲来時のように大型の損害は受けなかったものの、エリックはこの国に多くの傷跡を残した。それを直していくこともまた、俺たちの戦いだと思う。
特にこの屋敷まで襲われてしまったのは……ゼオンの時以来か。奴は用事を済ませてさっさと帰ってしまったけど、エリックはここに来るまで暴れまわったからな。
そして何より俺の聖剣が付けた傷。エリックを倒すときに使ったあれだ。
もちろん後ろの建物の中にいる人間に当たらないよう最善を尽くしたんだが、あの時は状況が悪かった。壁の一部が俺の聖剣によってぶっ壊れてしまっている。
それと、ここに来るまでの道もだいぶ傷ついてしまっている。それはエリック自身が傷つけたものであったり、兵士たちが痛めつけたものであったり俺がやらかしてしまったものでもある。
まあ、専門の業者に頼めばすぐにやってくれるんだけどな。他のところで大忙しのこの時期に、俺が勇者の強権使って呼び寄せてしまうのもどうかと思った。
俺としては珍しく、職人のような仕事をしている状況だ。
勇者の屋敷、庭にて。
俺のせいで傷ついてしまった壁を修復するため、レンガを入れ替えたりしてる。
しかし結構高い位置にあるため、脚立を使って壁の補修をしている状況だ。
「と、悪い乃蒼、ちょっと下の方支えててくれないか?」
「う、うん」
下にいる乃蒼に支えてもらいながら、レンガを入れ替える。
俺でさえこんなに苦労してるのに、町の人たちはもっと大変なんだろうな。美織やひよりみたいに、あとで手伝いに行こう。
壊れたレンガを抜き取り、ボンドのようなものを塗って積んでいく作業。この辺は外側の壁だから、レンガを引き抜いて建物が壊れるような心配はない。外面の問題だ。
さてと、ここはこのくらいでいいかな、次は西側に行こう。
「乃蒼、ここは終わったから、いったん降りるぞ」
「うん」
「うおっ!」
突然の衝撃に、俺は驚いた。
体が、激しく揺れている。いや、俺が乗っているこの脚立が動いてるんだ。
な、なんだなんだなんだ? 何が起こった?
乃蒼が揺さぶった……わけではない。見ると、脚立を必死に抑え込んでる乃蒼自身の体も……ガタガタと揺れている。
それだけではない。俺が補修したレンガの建物も、外の門も、噴水の水も、外の木々も石像も、みんなみんな揺れていた。
地震だ。
このままでは乃蒼が危ないと思い、俺はすぐに脚立から飛び降りた。揺れのせいで着地は不格好になってしまったが、受け身をとれたので良しとしよう。
それほど高い脚立でなくて助かった。
俺の動きを見た乃蒼は、すぐに地面にしゃがみこむ。安定姿勢だ。
しばらくすると、地震が収まった。
今にして思えば、壊れかけの建物の近くなんて危なかったかもしれないな。もっと冷静に判断する必要があった。
「すごい地震だったな。震度四、いや五はあったぞ?」
「う、うん、私もびっくり」
「余震とかあるのかな? みんな建物の中にいるのか? 家具とか倒れてないといいけど」
そんなことを考えながら、玄関に向かおうとした俺は……。
ふと、遠くの山で起こった異変に気が付いた。
「あれ、噴火してるんじゃないのか?」
煙をもくもくと上げるその山は、俺の屋敷から北側に位置する山だった。かなり距離は離れているものの、今日は澄んだ空気だからよく見える。
「周りに住んでる人、大丈夫かな?」
「本当だ、怖いね」
煙がこっちの方に向かってないから大丈夫だとは思うが……危ないなぁ。この屋敷は低地の森を切り開いて作られたから大丈夫だと思うけど……。
ぼんやりと山を眺めていると、屋敷から鈴菜が出てきた。
地震のせいで避難してきたのかな?
「鈴菜、見ろよ。あっちの山、噴火してるぞ」
別に面白がっているわけではない。彼女は大学の研究者で、地学系の学問に関しても精通している。こういった報告は必要なことなのだ。
鈴菜は少し考えるようなしぐさをして、すぐに俺に声をかけてきた。
「魔法大学で災害に関する報告がいくつか上がっている」
「災害? この噴火以外にも何かあったのか?」
「その通りだよ。それも、極めてレアケースな災害がね。噴火に関しても、すでに北の山脈で多く報告が入っている」
うーん、世の中不幸続きってことか?
せっかくエリックを倒したのに、冴えない話だ。
「レアなのか?」
「確かにこの周囲……特に北側には山が多い。しかしこの山々が近年噴火した記録はなく、分類上は活火山ではないということになっている。もちろんそれでも突然噴火する危険性は十分にあるのだが、こうも立て続けに起こるとはさすがに……」
「うーん、確かに。俺もこの世界に来て噴火なんて初めて見たな」
「大きな地震もそれほど起きていなかったはずだ」
「……言われてみれば」
こんな大きな地震、この世界に来て初めてだよな。
「研究者は大慌てだ。最近、僕のところにも災害に関する話題が多い。もちろん知識はある程度提供できるが、それだけで不安が取り除けるわけではないね」
「つぐみも最近屋敷に戻るのが遅いよな。この災害が関係してるのか?」
「山火事や落雷で死んだ人も多いと聞く。匠も何かあったら僕やつぐみに報告してほしい。ある程度は対策を立てられると思う」
「分かった」
この日、俺は初めて不安に思った。
不吉な災害、人の死、暗いニュース。
そしてその漠然とした未来への不安は、すぐに現実のものとなって俺たちに襲い掛かってきた。
ここからがエンジェル・フェザー編になります。




