ひよりの気持ち
戦いは終わった。
俺は体を休ませたらすぐに回復することができた。ケガはほとんどなかったから、体力だけ回復できればよかったということだ。
避難していた人たちはすぐに戻ることになった。『やっぱりか』、みたいな反応をしているところを見ると、次に何か悪いことが起こった時が不安だ。
でももう、こんなことが二度と起こらないことを祈る。
戦争自体は比較的コンパクトに終結したと思う。だが、全く被害がなかったわけじゃない。
〈神軍〉によって故郷を追われた人々。
エリックに直接攻撃を受けてしまった人々。
破壊された建物。
そして避難の過程で不幸にも事故、犯罪に巻き込まれた不幸な人々。
出ていく時も混雑してたのだから、戻ってくるときもそうなるのは当然のことだ。むしろ変な犯罪者を入れないよう気を遣う必要がある。
俺は門の近くまでやってきていた。
今回の戦いは大して役に立てなかったから、こういうところで少しでも役に立ちたいと思ったからだ。
ちなみに世間ではエリックは俺が倒したことになっているらしい。正直なところ全然そんな実感はないんだが、止めを刺したのは事実だから否定しにくいところ。
負けまくってたのに称賛され過ぎるこの辛さ。兵隊さんのお手伝いをして少しでも紛らわせておきたい。
「ひより?」
門の近くにはひよりが立っていた。
帰還する避難民たちを誘導する門番。その様子をじっと眺めながら、ひよりはその場に立っている。
おそらく荒事があったときの用心棒として働いているのだと思う。彼女はある程度魔法が使えるからな。
「あ、下条さん」
ひよりがこちらに気が付いたようだ。
「ここで仕事手伝ってたんだよな? 無理しなくていいぞ? 美織みたいに屋敷で休んでてもいいんだ。ここは俺が代わってやるよ」
「私はお姉ちゃんと違って顔が知られていませんので、少しでもみんなをお手伝いしたいんです」
「ひよりはまじめだな。うちの陽菜乃なんて一日中家で遊んでるぞ? 今度家に来て一緒に遊ばないか?」
と、さりげなくひよりを休ませる方向で話を進めたかったのだが、どうやら彼女は別のことを考えていたらしい。
「私にも手を出すんですね?」
「え?」
「そうやって他のクラスメイトを家に連れ込んだんですね? 友達がいるよ、とか島原さんや四家さんを餌にして……。策士ですね」
「ち、違うって。俺とみんなは愛し合ってるんだ。むりやりじゃなくて、合意の上で結婚を……」
「冗談ですよ」
くすくす、と笑うひより。
心臓に悪いことを言わないで欲しい。確かに俺はクラスの十五人を嫁に持つハーレム野郎に見えるかもしれないが、それには深い深いふかーい事情があって……。
「お姉ちゃんとキスしたって本当ですか?」
「……ああ、そうだよな、家族のひよりには報告しておかないとな」
「…………」
「俺たち、付き合うことになったから」
エリックの脅威が迫っていたあの日、俺は美織に告白された。
真剣な彼女の告白と、それに続くキスは横やりが入ってうやむやになってしまった。
エリックとの戦いが終わって、俺は真剣な回答を迫られた。
美織の気持ち、俺の気持ち。ゆっくりとまじめに考えた。どうすれば二人にとって良いか、その答えを見つけようとした。
その結果、俺は美織の告白を受け入れた。
その日、俺たちはキスをして、互いの愛を確かめ合った。
「ふざけてるように聞こえるかもしれないけど、俺たちは真剣なんだ。その……もしかしたらひよりとも家族になるかもしれないから、そこのところはよろしく頼む」
「義理の兄妹ってことですか?」
「まあ、そういうことになるな」
「ひどいですね、私には手を出さないんですか?」
「は?」
一瞬、ひよりが何を言ってるのか分からなかった。
「……何度も言わせないでくれよ。俺はそういう節操なしとは違うんだって」
「私の気持ちは無視ですか?」
「……気持ち?」
「双子ですからね、好みとか考えてること……一緒なんですよ」
それって、つまり?
「せ、性格は違うと思うんだけどな」
「下条さん、私にも……チャンスをくれませんか?」
「じょ、冗談はよしてくれよ。だ、大体さ、今まで俺に惚れる要素あったか?」
「お姉ちゃんはあなたに救われたんです。そして私は、必死に頑張る下条君をずっとそばで見ていました。だから……」
「ひより……」
そういうもの……なのか?
俺だって別に恋愛博士じゃない。何をどうすれば人が人を好きになるかなんて、分かるわけがない。
そもそもひよりが冗談を言っているようには見えない。
なら、俺は答えるべきなんじゃないのか?
美織にそうしたように、彼女にも。
「俺はさ、大した奴じゃなんだ。勇者とか英雄とか、そういうのみんな言い過ぎ。一紗やつぐみの方がよっぽど勇者で英雄してると思う」
「……下条さん」
「でも、もし……こんな俺でも好きでいてくれるって言うなら。ひよりの気持ちに応えたいと思う。それでいいか?」
「はい」
ひよりが頬を染めて、目を閉じた。ほんの少しだけ突き出された唇と、ほのかに温かい吐息。
ああ……この顔、よく似てる。やっぱり姉妹なんだな。
なんて、ちょっと失礼なことを考えながら。
俺たちはキスをした。
一応、人の往来のある門の前だ。あまり激しいキスはせず、少し唇を重ねた程度。
でも、それだけでも……彼女と結ばれたような気分になった。
「美織にも報告しなきゃな」
「うう……私、なんだかそれ話をするの恥ずかしいです。下条さんの方からそれとなく伝えてもらえなせんか?」
恥じらいに頬を赤める彼女を見て、かわいい、なんて思ったり。
あとでみんなに紹介しないとな。
エリックにも勝って、新しい家族も増えて、めでたい事ばっかりだ。
幸せ、ってこういうことを言うのかもしれないな。
こうして、俺とひよりは結ばれた。




