唐突な終わり
エリックが死んだ。
正直、俺には何が起きたか分からなかった。
確かに俺はエリックを攻撃した。その攻撃を受けて怪我をした奴が倒れた。
だけど奴には『奇跡』の聖術があったはずだ。あらゆる攻撃を跳ね返すその技があったからこそ、誰も倒すことができなかった。
俺たちはそのせいで、ミカエラを利用しようなんて考えを思いついてしまったわけだ。
だが今、奴は死んだ。
なぜ? どうしてだ?
死に際に奴は言った。『ミカエラのせいだ』と。
ならこれはミカエラのおかげなのか? 奴がエリックに毒をもったり呪いをかけたりしたのか?
いや……そんなはずはない。
俺たちはその件について苦い経験をしたはずだ。ミカエラは裏切らない。だからこそ俺が無謀にも戦いを挑むことになってしまったんだ。
ならエリックの勘違いか? いや、そもそも俺は奴の聖術について詳しいわけじゃない。何か知らない穴のようなものがあるとすれば……。
「下条君!」
思考を遮ったのは、前から聞こえてきた女の子の声だった。
地面に倒れこんでいる俺は、ゆっくりと首だけを前に向ける。
美織とひよりだった。
二人は俺の判断でいったん屋敷へと避難させていたはずだ。
「大丈夫ですか?」
「立てる? あたしの肩に捕まって?」
俺の戦いを屋敷で見てたのか? タイミングが良くて助かった。助太刀、みたいな形でここにきてしまったら、戦いの巻き添えをくらっていたかもしれない。
「え……エリック様っ!」
エリックを見つけた美織が驚いている。目立つところに倒れているんだけど、一般の兵士か何かと勘違いしていたのか?
でも驚くのは無理もない。かつて主として慕っていた男の死体なのだ。
「う……、ととりあえず、あの岩まで……」
立っていることに耐えられなかった俺は、休む必要がある。そしてふたりにあまり負担をかけてはならないと思い、近くの岩まで運んでもらった。
腰を落としたことにより、わずかに体が楽になった気がする。ベッドでもない土だけの地面は、硬くて不潔だったからな。
「匠っ!」
続いてやってきたのは鈴菜とつぐみ、それから一紗だった。
まだ屋敷に残っていたのか……。
まさかエリックが屋敷に向かってるなんて思ってなかったからな。もしここで足止めできていなかったら、つぐみや鈴菜は犠牲になっていたかもしれない。
「これは……匠が倒したのか?」
「いや、確かに止めを刺したのは俺なんだけど、例の聖術が発動しなくて……。俺にも何がなんだか……」
俺はこれまで起こったことをすべて説明した。
エリックを止めようとして失敗したこと。
奴が屋敷を目指して歩いていたこと。
モコが噛みついたこと。
そして俺の聖剣を受けて倒れてしまったこと。
「…………」
みんな、黙り込んでしまった。
これまで誰も倒せなかったエリックを、こんな形で倒してしまったのだ。不気味過ぎて言葉にできない気持ちは分かる。
「例外設定の話があっただろう?」
そんな中、声をあげたのはつぐみだった。
「それが誤動作を起こしたんじゃないのか?」
「誤動作? こんなに都合よく?」
これまで何度か戦う機会があった。しかし奴はどんな攻撃もはじき返し、勝利をその手に収めてきた。
それが、真剣勝負のこの戦いで都合よくしくじってしまうのだろうか? できすぎた話だ。
「あたしも一緒に戦ってたけど、そんなところ見たことがないなぁ」
「私もです」
美織とひよりはしばらくエリックとともに行動をしていた。そんな彼女たちが見ていなかったのなら、それはかなりレアケース。
「ではやはりあの子犬が……」
と、俺たちはエリックの足元に視線を移す。
そこには、エリックに噛みついて離れなかった……モコがいた。
この子が……俺たちを救ってくれたんだよな?
こんな形で死なせてしまって、俺は乃蒼になんて言い訳をすればいいんだ?
「この子、生きてるわよ」
「ほ、本当か!」
子犬を見つめていた一紗が、突然そんなことを言い出した。
血を流して骨も折れてて、死んだものだとばかり思っていたけど……。よく見ると、ほんの少しだけど胸が動いてる。
「ほら、これ。あんたも早く怪我治したら?」
一紗は乃蒼の聖剣を持ってきていた。
俺のために持ってきたくれたてたのか?
「乃蒼、乃蒼! 起きてるか?」
〝う……ううん、匠君〟
適性の関係で気を失っていた乃蒼が目を覚ましていた。これから、回復の力を使うことができる。
「〈解放〉、聖剣ハイルング」
乃蒼の剣を発動させる。
まずは――
「アウッ!」
あ……危なかった。
モコは元に戻った。乃蒼の聖剣は死ななければ相手を回復させることができるからな。
次は俺。これも慣れたもので難なく終了。
さて……これ以上乃蒼を酷使したらまた気絶してしまう。この辺りで休憩させておこう。
乃蒼は聖剣から元の姿に戻った。
俺とモコの件は解決した。
あとは……。
「こいつ、生き返ったりしないよな?」
俺は地面に倒れているエリックを見ながら不安に思った。
見た目は明らかに死んでいるんだが、死にかけから完全回復したこともあるからな……。そんなことはないと思いたいけど、安心できないのが悲しいところだ。
「絶対大丈夫、とは言えないのが難しいところか」
つぐみも同じような懸念を抱いていたらしい。
「とりあえず匠はもう休んだ方がいい。この天使は私たちが『危険物』として処理しておく」
「……だな。これで復活するようなら、もう……俺にはどうしようもない」
情けない話だけどな。
その後、エリックの死体は郊外に搬送され、そこに捨てられた。
念のため兵士を近くに張り付け、死体の様子をずっと観察していたらしい。
しかしエリックが起き上がることは二度となかった。奴は……死んだのだ。
奇跡の正天使、エリック死亡。
俺たちは……戦いに勝ったんだ。




