創薬術の脅威
〈白王刃〉。
一紗から借りた聖剣、〈ヴァイス〉より放たれたこの必殺技は、瞬時に100以上の白い刃を出現させて相手にぶつける。
何人たりとも、逃れることはできない。
加藤は〈白王刃〉をもろに食らって吹っ飛んでいった。その一部は彼の肩を、くるぶしを深く抉っている。
心臓や頭を狙わないように調整はしたが、全く回避されてしまっては攻撃の意味はない。それ相応の怪我はしてもらう。
吹き飛んだ加藤の足が、柱に激突した。
死にはしないだろうが、完治しないレベルの怪我。
「…………」
あんな奴でも、元クラスメイトだ。大怪我をさせてしまったことに心が痛まないわけじゃない。
だがあいつはクラスメイトを自分のものにすると言った。そこにはつぐみはもちろんのこと、乃蒼や鈴菜や一紗だって含まれているはずだ。
そんなことが許されるはずがない。
加藤に薬を使わせないためには、奇襲で一気に畳みかける攻略法が最も有効。生ぬるい手加減なんてすれば、また変な薬を使われてしまう。
執務室の一部は壁が崩れ、レンガの塊が次々と瓦礫を作っていく。
「…………」
俺はつぐみを見た。
彼女は床に倒れこんだままだ。荒い息で汗がすごい。明らかに尋常じゃない。加藤が言っていた例の薬をくらってしまったのかもしれない。
手遅れではあるが、あぶないところだった。あと一歩遅かったら、彼女は加藤の餌食になっていた。
加藤と最初に出会ったとき、俺は奴の薬を吸ってしまった。意識の途絶えそうな中行ったのは、風魔法を使って肺の中にある薬を排出することだった。
無論、体に吸収されてしまったものはもうどうにもならない。少しでも早く目を覚ませるように、と願望に近い気持ちを込めながらの応急処置だ。
結果として、俺は一時間程度で目を覚ますことができた。加藤は城周辺の兵士たちを全員眠らせてからここに来たから、その時間差で間に合ったというわけだ。
「……ぐっ!」
俺は口を押えた。何度か咳をすると、口の中に血がにじんでくる。まるで結核患者か何かのようだ。
肺中の空気を走らせるという強引な手段は、少なからず俺の体を傷つけた。
死にはしないと思うが、あまりいい状態とは言えない。走ってる時、少しだけ息切れするのが早かったからな。
「つぐみ、大丈夫――」
と、声をかけようとしたときに気が付いた。
瓦礫が、動いている。
「下条ぉおおぉお……」
瓦礫の下から、加藤が起き上がった。
血まみれで、羽織っていたマントはボロボロだがそれだけだ。先ほど俺が切り裂いたはずの肩やくるぶしには、全く傷が見られない。
「てめぇ、マジで死刑確定な。同じ世界からやって来た男同士だからよぉ、気ー使ってやったのにな」
「お前……さっきの攻撃は……」
「はっ」
加藤は笑う。しかしそれだけで、答えを言おうとはしない。
言わなくても、想像はできる。
この矛盾を解き明かすための解は、たった一つだけ用意できる。
薬だ。
いわゆる治療薬的なものを使ったんだと思う。
体を回復させる薬。それも傷を元に戻し失った足を再生するレベルの……。
異世界人の男は規格外。つくづく、俺たちの特殊スキルには驚かされる。
「俺の創薬術に死角はねぇ。攻撃も、防御もなっ! 万能無敵の力だぜっ! おらぁっ!」
加藤が瓶を投げつけてきた。赤い液体の入ったそれが、空中で気化していく。
十中八九、毒薬だ。
「風の刃」
レベルが十段階ある風魔法の中で、第三レベルに位置する魔法。風の塊を相手にぶつけて、吹き飛ばす。
とても覚えやすいが、攻撃魔法としては三流。初心者が敵を足止めするのに重宝する。経験を積めばもっといい魔法を覚えるから、使う機会が減る。
しかし、こうして空気を押し出すことに関しては、かなり高い威力を発揮する。加藤の放った薬は俺まで届くことなく、遥か遠くで霧散してしまった。
「ちっ、つまんねぇ奴だなおい。俺の薬がそんなに怖ぇか? 俺とお前、女を賭けた因縁の一騎打ちだろうが。もっと熱くなれよっ!」
「一騎打ちがしたいなら元の世界に戻ってゲームでもするんだな」
「はっ、言ってくれるなおい」
加藤は気分転換でもするかのように髪を掻き上げた。手の奥に輝く鋭い眼光は、こちらを捉えて離さない。
「んじゃ、別の手で行くぜ」
加藤は腰のベルトから新たな薬を取り出した。黄色い液体の入った瓶。
俺は警戒し魔法の詠唱を始める。
「空の戦士――」
「無駄だぜ、この薬はなぁ、毒じゃねーからな」
加藤は瓶の中にある液体を飲みこんだ。
「……っ!」
体を強化する薬か?
「ご……が……ガガが……ががががっ!」
薬を飲んだ加藤の体に変化が生じる。着ていた制服は張り裂け、筋肉は風船か何かのように膨らんでいく。
吐く息は荒く、血走ったその瞳はまるでルビーか何かのよう。滝のような涎が顎から地面へと滴り落ちていく。
「……っ、はぁ、はぁ……」
そして、変化が終わった。
どちらかといえば痩せてスマートな体型をしていた加藤だったが、今は筋骨隆々な武人風の体。
その筋肉を発達させ過ぎた体は、もはや人ではない。魔族か何かと言った方がまだ理解できる。
「――始めるぜ」
加藤が弾丸のように駆け出した。




