奇跡の考察
つぐみに連れられてやってきたのは、俺の屋敷だった。
すでに近衛隊たちは避難しているらしく、俺の嫁以外いないようだ。その中でも完全な非戦闘員である子猫や亞里亞もまた都市の南に向かったと報告を受けている。
内密な話をするにはもってこいということか。
「アウッ!」
おっと、モコ。お前がいたか。
乃蒼と一緒に連れていくつもりだったんだけどな……。乃蒼は俺の手の中で、完全に逃げるタイミングを失ってしまった形か。申し訳ない。
一階の応接間へと移動した俺たち。
そこには鈴菜が座っていた。
「……さて、話を始めようか」
時間は……ない。
そのことを鈴菜もつぐみも承知しているのだろう。余計な雑談は不要だ。
「匠。あの時、エリックの頬に傷がついたのを覚えているかい?」
「あのときって……」
鈴菜の質問に、俺は思い出す。
エリックの頬に傷? 奴は俺の攻撃なんて全く効かなくて……。
あ、いや、確かミカエラと話をしてた時に……。
「ああ……ミカエラがエリックを止めようとしてた件だな。災難だったよな。中途半端にあいつを傷つけて、もっと怒られて……」
ミカエラが気の毒でならない。
「おかしいとは思わなかったか?」
「何の話だ?」
「エリックは攻撃を反射する。これまでずっと、僕たちの攻撃はすべて防がれてきた」
「だよな……」
俺たちだって、ただ手をこまねいていたわけじゃない。
俺は〈千刃翼〉、鈴菜は爆弾、そして多くの兵士たちが足止めのため戦った。盾を用意していたものの、運悪く流れ弾が当たって犠牲になった者もいる。
その防御は絶対。どんな攻撃も無効……だったはずだ。
「……そういえば、妙だな。あの時ミカエラの攻撃は確かに当たっていた。殺すつもりのない、敵意のない攻撃だからか?」
「それなら跳弾や石礫だって当たっているはずだ」
「た……確かに」
奴の能力は自動的なように見える。
偶然、兵士に殺意がなかったら? 偶然、石や木が飛んで来たら? 野生動物や害虫の危険だってある。
爆弾も聖剣も、派手な攻撃だ。副次的な攻撃は枚挙にいとまがない。その一つ一つに殺意なんてあるのか?
事故案件はこれまで何度かあった。だがエリックはその可能性をすべて否定して、ここまでやってきている。
殺意とか偶然とか、そんなレベルの問題じゃない。ミカエラの攻撃は、何らかの要因によってエリックに害をなしたということ。
「つまりエリックの味方とされた者は、能力無効の対象になる……と、僕は考えている」
「それは……ありそうな話だよな」
エリックはエリクシエルの部下だ。そしてすべての正天使は神であるエリクシエルより聖術を与えられている。
もしエリックが本当にあらゆる攻撃を跳ね返すことができるのだとしたら、神であるエリクシエル自身もエリックを止められなくなってしまう。
エリックはエリクシエルに忠誠を誓っていたが、一方で我の強そうな様子も垣間見れた。俺との戦いやゼオンへのこだわり、そしてミカエラとの確執からもそれを推測できる。
エリクシエルの意のままに動かないことも、十分にあり得る。
仲間、友人、同族。おそらくそんなカテゴリーで、制約が課せられている?
身内殺しを防ぐための、エリクシエルがエリックに枷を嵌めているのか?
味方なら、殺すことができる。
ここまで情報がそろってしまったら、さすがの俺でも二人が何を言いたいのか……なんとなく分かってきた。
「……じゃあ、鈴菜やつぐみの言いたいことって……まさか」
「ミカエラに協力してもらって、奴を討つ。これ以外の方法は残されていない」
と、つぐみが断言した。
ある程度予想していたことだが、その言葉を聞いた瞬間……俺は胸が重くなっていくのを感じた。
この意味を理解できないほど、俺は馬鹿じゃない。
「……確かにさ、ミカエラはエリックのことを快く思っていないと思う。あと、俺たちに対しても少し同情してくれてる」
反論しても無駄なことは分かる。
時間が押しているこの状況で、やってはならないことだと理解もしている。
「でも、それと裏切りとは別の話だ。仲間のすべてを敵に回して、俺たちに協力してくれるとは思えない」
俺は言わずにはいられなかった。
何度も、ミカエラと話をした。
彼女の優しい心と、主への忠誠はよく理解している。
この話は、ミカエラを苦しめる。
「あの子は裏切られてもエリクシエルを信じていた。多分何を言っても無駄だと思う。そのうえ、裏切れなんてこと……俺には言えないよ」
「何もミカエラに殺意を抱かせようという話じゃない。ほんの少し、ささいな誤解が悲劇を生むこともある」
「…………?」
「殺意がなくても人を殺せるという話だ」
…………それは。
「それって、ミカエラを騙すってことか?」
「まあ、そういう言い方もできる」
「それは、ミカエラがあまり――」
いや、違う。
俺の言い分なんて所詮子供のわがままだ。かわいそうだとか、悪いことだとか。そんな世の中じゃないことぐらい、ここに転移したてのころ嫌というほど思い知ったはずなのに。
それに比べて、つぐみの決意は本当に立派だ。
これが国の指導者。人の上に立つ者。
本当の英雄とは彼女のような人材なのかもしれない。俺みたいに剣を振るって技を叫んでるだけの奴はただの三流役者。何処にでもいるただの人間だ。
同情に胸が圧し潰されそうになっている俺の、なんと弱々しいことか。
「匠は手を汚さなくていい。ただその場に同席してくれていればそれだけで場が和み、信頼の増すことがある。有名な政治家や芸能人の名前があるだけで、箔が付くこともあるだろう?」
「……い、いや待ってくれ! 奴は死にかけても自分の体を治せるんだ! ミカエラに攻撃させても意味なんかないだろ」
「それも『奇跡』の一つなんだろう? ならミカエラがいるだけで無効化される可能性もある」
「されないかもしれないだろ?」
「試してみる価値はある。そして理解しておいてほしい。もうこれ以上あの時のように爆弾は用意できない。これしか……手がないんだ」
「…………」
そう、だよな。
別に大きな工場も材料もあるわけではないんだ。急に何百個も爆弾を量産できるはずがない。俺の〈千刃翼〉と同様に、あの攻撃もまた回数制限があるということ。
「匠は何もしなくていいから適当に話を合わせてくれればいい。話は私が進めるから、ここは――」
「…………俺は」
「おーい」
一紗だった。
「ミカエラさんが来たわよ。ここに連れてくればいいのよね」
「ああ、頼む」
もうここに連れてくる話はついていたのか。
つぐみはそれ以上何も言わなかった。おそらくもう二分もたたないうちにミカエラはここにやってくるだろう。
反論も説得も、時間切れだ。
こうして俺たちは、ミカエラと話をすることになった。




