奇跡の復活
満身創痍の俺。
意識を失った乃蒼。
俺の前に立つ鈴菜。
そして、血を流し苦しんでいるエリック。
勝敗は、もはや決しているようなものだった。エリックのけがは致命傷ではないものの、明らかに健康に支障をきたすレベルだった。
予想外の光景に茫然としていた俺だったが、すぐに心に余裕が生まれてきた。敵だったエリックがこれなのだから、緊張しようがない。
「一体、どうやって攻撃したんだ? 爆弾みたいなものが投げ込まれたんだよな? それも複数」
炸裂音は数回重なっていたように聞こえた。この周辺の森にはうじゃうじゃと兵士たちが隠れ潜んでいるから、そいつらが一斉に投げたってことだよな。
「炸裂弾みたいなものさ」
と、鈴菜が答える。
「途中で爆発させて、細かい破片を飛散させる。すると一個の爆弾だった攻撃が、複数に膨れ上がるというわけだ」
「……なるほど」
散弾、じゃないか。手りゅう弾みたいなものの破片で数を補ったってことか。
なるほど、それなら確かに五千以上の兵士がいなくても同時攻撃の関門をクリアできるかもしれない。一人が爆弾を投擲するだけで、攻撃数が何倍にも膨れ上がるのだから。
でも……。
「でもさ、それっておかしくないか?」
俺は一つ、疑問に思ったことを口にする。
「爆弾が破裂するまでは一個に収まってるんだから、その時点で反射されたら終わりだろ?」
兵士たちは五千個の爆弾を一斉に投擲したわけじゃない。数としてはどれだけ多く見積もっても四百がいいところだろう。
途中で爆発すれば破片が飛び散ってその数は膨れ上がる。でも、その前はただの一個の爆弾だったのだ。その時点で跳ね返されたら、エリックでも十分処理しきれるほどの数になってしまうはず。
「それはありえない」
「なんでそう言い切れるんだ?」
「奴は遠くの攻撃を跳ね返せないからだ」
「……あぁ」
それには、俺も思い当たる節があった。
エリックは攻撃を引きつけてから跳ね返す。もし遠距離から攻撃を跳ね返せるのだとしたら、俺が聖剣を放った瞬間に攻撃が戻ってきてしまう。そんな一瞬で動きを変えられたらさすがの俺でも防ぎようがない。
考えるに、能力を使用できる距離が決まってるんじゃないだろうか?
「奴の『奇跡』には二つの範囲が存在する。対象を認知して確率の計算を行う『演算範囲』と、実際に能力を発動させる『射程範囲』の二つだ。『演算範囲』内の攻撃弾が奴の処理能力を上回れば能力が無効化される。そして実際に自分が能力を発動させる『射程範囲』での数はカウントされない」
「う……ううん……? ん?」
なんだか頑張って説明してくれようとしているのは嬉しいが、頭が一般人の俺にはよく理解できない。
「匠の攻撃だって五千以上がすべてエリックのところに届いてるわけじゃないだろう? でも過去にゼオンはそれでエリックに攻撃できていた。不思議に思わなかったか?」
「ま……まあ、それはな」
聖剣や魔剣の攻撃って結構大きいからな。エリックのところに到達する前に重なったりぶつかったりして、実際奴のところに届く数は相当数減ってると思う。
それでもエリックは必死になって攻撃を防ごうとしていた。
つまり、聖剣・魔剣の複数攻撃が、互いに邪魔し合って数を減らさないほどの離れた距離で……エリックの攻撃数カウントが始まっているということだ。
多分能力で機械みたいに計算してるんだろうな。処理能力が限界を超えるまでは。
とにかく、兵士たちと鈴菜の力でエリックは倒せてしまったわけだ。
「……勇者形無しだな。俺、結局一人で一生懸命修行して、それだけだった」
「匠のおかげで攻略法が見つかったんだ。その点は誇ってもいいと思うが」
「……まあ、その辺で自分を慰めるしかないよな」
うう……家に帰ったら待機組の嫁たちになんて説明しようか……。小鳥や美織にも迷惑をかけてしまった。
っと、まだ帰ったときのことを考えるのは早いな。
俺は地面に座り込んでいるエリックへと目線を移した。
「こいつ、どうする? 致命傷には少し足りないと思うけど」
「もう一度攻撃を加えておこう。匠、少し距離を取ってくれないか?」
「分かった」
破片を撒き散らす爆弾なんだよな。近づいたら俺まで巻き添えを食ってしまう。
体に突き刺さった破片、乃蒼の力で体外に排出されるのだろうか? 傷だけ治って異物はそのまま……なんてことになったら寿命が縮みそうだよな。
この世界では手術とか検査がまだまだ未発達。異物を摘出することだってかなり難しいと思う。
要するに余計なケガはしたくないということ。
俺は鈴菜に言われるがまま、エリックから離れた。
再び鈴菜が手を挙げて、兵士たちに合図を送る。
爆弾は同時に正しく投擲しなければならない。そうしなければエリックの奇跡の許容数を超える攻撃にならないからだ。
距離とタイミング。それがそろって初めて奴に攻撃が通る。
鈴菜が手を振り下ろすと、再び爆弾が投擲された。今度は俺も話を聞いていたから、何が起こっているのかよくわかった。
森の中に潜んでいた兵士たちが、一瞬のうちに手りゅう弾のようなものを投げつけたのだ。
手りゅう弾はエリックに到達する前、約三メートル離れた地点で破裂している。例の演算範囲を考慮した結果だろう。
目には見えないが、複数の破片がエリックに向かっているに違いない。たとえ小さな粒であろうとも、奴を傷つける攻撃であれば……おそらくは確率操作の対象に入る。
爆弾は跳ね返らず。
エリックは避けることもできず。
攻撃は……完全に決まった。
「…………」
飛び道具で卑怯だとは言わせない。これは戦争なんだ。勝つか負けるか、ただそれだけだ。
やがて、砂埃の晴れたその先には……
「な……」
エリックが立っていた。
「…………」
まるで、さっきの聖剣・魔剣で攻撃したときの焼き増し。奴は服に血を残しているが、傷が治っているように見える。
「な、なんでだ! お前、あの攻撃くらって死にかけてたじゃないか! どうして普通に立ってるんだ? あの時の怪我はどうした!」
「……怪我、怪我か。ふふふ」
不敵な笑いのエリック。
「確かに、貴様の言う通り……俺は死にかけていた。おそらくそのままでは、九十九パーセント死んでいた。『奇跡』でも起こらない限りな」
「は……?」
ま……まさか……。
「俺の『奇跡』は運命すらも退ける。『奇跡』的に自然治癒した俺は、こうして無傷の復活を遂げたということだ」
「……へ、屁理屈だ! そんなこと絶対ありえないだろ! 万が一一命を取り留めることがあっても、怪我が治るなんて絶対ありえない!」
「世の中、ありえないことなどないのだ人間よ。貴様たちの偉人もよく似たようなことをほざくだろう? 『不可能はないとか』、『夢は叶う』とか。俺はそんな天才が何十年かけてつかみ取る成果を、この『奇跡』で得ているだけだ」
何、言ってんだこいつ。
不可能だ……。
「これが『奇跡』の正天使エリックの実力。俺は魔族に勝てぬことはあっても決して敗北はしない。ましてや人間になど勝利以外はありない!」
そんな……こんな屁理屈が認められるなら……どうやっても倒せない。
奴は死にかけたらいつでも復活できる。ゼオンみたいに剣の力で復活させてるわけでもなく、俺たちみたいにバッジを消費してスキルを使用しているわけでもない。
完全に何もないところで使える『聖術』という技だ。
それを自動で? 意識もなく復活?
俺も、そして鈴菜も改めて絶望に打ちひしがれた。
こんな奴、いったいどうやって倒すんだ?




