迫りくるエリック
勇者の屋敷近郊、森の中にて。
美織の見舞いと休憩を終えた俺は、すぐに修行を再開した。
あまり気は進まなかったが、美織に手伝ってもらっている状態だ。
休憩を終えて試しに一発やってみたが、結果はやはり失敗。
俺は意識を失って倒れこんでしまった……らしい。
その後は前と同じように美織に回復してもらって、今に至る。
聖剣〈ハイルング〉によって回復した俺は、再び剣を発動させようと……立ち上がった。
「下条さん、こんなの無理ですよ。同時にいくつも聖剣を使うなんて、そんなことは普通の人間にはできないです」
控えていたひよりが、心配そうに俺へと駆け寄った。
さっきの小鳥や乃蒼と同じだ。どうやら俺は……よっぽど無茶をしてるように見えるらしいな。
確かに、彼女の主張はもっともだ。俺も複数同時に聖剣・魔剣を使える人間なんて聞いたことがない。
やはり……俺には無理だったのだろうか?
「…………」
「匠」
後ろから声を聞こえたので振り返ると、そこにはつぐみがいた。
「悪いニュースだ」
深刻なその表情を見て、俺はすぐに事情を察した。
今、この状況において悪いニュースなんて、一つしかない。
「エリックが近づいてきた。この都市から北方50kmメートルの地点だ。付近の村を一人で潰しながらここまで来たようだ」
「そんなところまで、来てたのか。時間がないのは分かってたけど……」
「森に阻まれて都市を視認することは難しいが、道がある以上……ここまでやってくるのは時間の問題かもしれない」
…………。
そう、だよな。
奴は強いから足止めできない。いくら徒歩でも、道に不慣れでも、歩けばいつか……この都市についてしまう。
俺は間に合わなかったんだ。むしろ少ない日数でも修行できたのだから、運がよかったのかもしれない。
覚悟していたこととはいえ、これは堪える。
「くそっ!」
俺は近くの木を殴りつけた。
悔しかった。
何もできない自分が、こうして修行と称して体を痛めつけているだけの状況が。
「……おそらく、次が最後のチャンスになる。首都圏の農村と都市との間を結ぶ、森林地帯で奴を迎え撃つ」
「……この国の軍人か?」
「可能な限り聖剣・魔剣使いをそろえている。一般の兵士にも弓や矢、それに最近研究が進んでいる銃のような武器も。魔族も敵国もいない今、私たちの総戦力ということだ」
銃、なんてものが世の中に出ていたのか。
平和な世の中だと、屋敷でのんびりすぎしてたけど、いつの間にか技術が進んでたんだな。
「エリックは攻撃を跳ね返すみたいだぞ? この前みたいに矢を跳ね返されて攻撃されたらどうするんだ?」
「急ごしらえだが全員に盾を装備させた。以前のように多くのけが人がでることはないだろう。……それでも、何人かの犠牲はやむを得ないとは思うが……」
そう、だよな。
これは戦争だ。
犠牲がでることは、仕方ない。
「……俺も行く」
「いいのか匠? このまま、首都で迎え撃つことにして待っていてもいいんだぞ。あるいは避難の指揮をとるという抜け穴も……」
「そういうお飾りの大将みたいな役は嫌なんだ」
修行しててみんな死にました、なんて残酷な結末は誰も望んでいない。
たとえ負けるかもしれないにしても、俺がそこにいるだけで何かの役には立てるかもしれない。
前線に立つ兵士たち、村を追われた人々、後方で指揮をするつぐみ、そしてこの都市の人々。
みんなが頑張って、苦しんで今があるんだ。俺だけぼんやりしているわけには……いかない。
*********
下条匠が必死に修行する、そんな森の中。
玉瀬ひよりはずっと彼を見ていた。
千の聖剣・魔剣を同時使用するということは、同じく聖剣を使える彼女から見ても明らかに無謀だった。
そして……倒れた。
失敗だ。
美織は聖剣ハイルングで匠を回復させた。
目を覚ますまでしばらく時間がかかる。
「ねえねえ、ひより」
そんなタイムラグの合間を縫って、美織はひよりと話をする。
「なあにお姉ちゃん?」
「下条君、カッコ良くない?」
「え?」
「こう、使命に燃える横顔? 必死になって頑張ってる姿? 見てて、胸がキュンってならない?」
「お姉ちゃん……」
ひよりは一瞬だけ呆れてしまった。この状況で浮いた話を考えている姉のことを、不謹慎だとか失礼だとか思ったのかもしれない。
だが、途中で思い直す。
(お姉ちゃんの言っていること、分からなくもないかなぁ)
と、匠の横顔を思い出しながら脳内で付け加える。
「……これはきっと運命の出会いなんだわ」
「私たちもう元の世界で出会ってるけどね」
「……あっ、違う違う、運命の再会なのよ!」
「運命じゃないと思うけど、下条君がいてくれて本当に良かったね」
下条匠がいなければ、魔族たちは倒されていなかった。小鳥もエリナも、みんな救われずにここにはいなかった。島原乃蒼もゼオンにさらわれたままだったかもしれない。
そうなれば聖杯に頭を支配されていた美織は、元に戻すことができない。そして〈神軍〉の勢いを止めることができず、美織は今も暴れまわっていただろう。
彼がいなければ今の自分たちは存在しない。そういう意味で言うなら、確かに運命の人と評することは正しいのかもしれない。
「あ、島原さん」
ひよりはよく理屈を知らないが、クラスメイトの島原乃蒼は聖剣となることができる。回復の能力を持つ彼女は、己自身にその力を使うことによってもとに戻れるらしい。
「……玉瀬さん」
「はい」
二人とも『玉瀬』なので、どちらに声をかけられたか不明だ。でもとりあえずひよりが返事をしておく。
「もしこのお屋敷にお部屋を用意するなら、一緒の部屋がいいですか?」
「……はい?」
意味深な質問に、ひよりは首をかしげるのだった。
乃蒼「この人たち……来る!(確信)」




