ミカエラの決意
〈神軍〉は小鳥やエリナの活躍でほぼ無力化することができた。
あとは俺がエリックを倒すだけ。
だけど、あの奇跡と呼ばれる聖術に俺は勝てなかった。千近くの聖剣・魔剣を同時使用すれば対抗できたのに、それを俺ができなかったからだ。
人間の限界を超えた力。今の俺には、それが求められているんだ。
勇者の屋敷近郊、森の中にて。
〈千刃翼〉を極めることは、エリックへの勝利につながる。そのため俺は……修行していた。
修行、というほど残された時間は多くないのだが、何もしないでいるとそのまま奴がここまでやってくる。ぼんやりしているよりは、ずっとましだった。
「〈解放〉っっ!」
あの時と同じように、約千の聖剣・魔剣を同時起動させる。
瞬間、激しい光とともに俺は意識が遠くなるのを感じそして――
…………。
…………。
…………。
「……大丈夫?」
目覚めてすぐに聞こえてきたのは、そんな優しい声だった。
乃蒼だ。
乃蒼は聖剣〈ハイルング〉という癒しの能力を持つ剣に変化することができる。こいつがあれば気絶状態の俺を回復することができるのだ。
「匠君、もうやめようよぉ~。こんなの無茶だよ」
若干泣きそうになっている小鳥が、乃蒼の聖剣の所持者として俺を回復させている。二人が俺をすぐに元に戻し、再び聖剣・魔剣の限界使用へ修行を重ねていく予定……だった。
しかし、もうこれで五回目だというのに、未だ成功の糸口を掴めずにいた。
「また失敗か……。やっぱり、俺には無理なのかもしれないな」
「匠君、無理しないでね」
「ありがとう乃蒼。でも、こいつをしっかり使いこなせるようにならないと、俺も……この国も全滅なんだ。頼む、二人とももう一回だけ付き合ってくれ」
「……うん」
「……わかったよぉ」
俺には、がむしゃらに頑張ることしかできなかった。
再び聖剣・魔剣を同時起動しようとしたちょうどその時、近くの木が揺れるのを感じた。
未だ成功してはいないが、もし大量の剣が一斉に解放されれば、それだけですさまじい威力になることは容易に想像できる。乃蒼や小鳥たちは当たらない位置に控えてもらっているが、安易に観客を増やしたくない状況なのだ。
「誰かいるのか?」
「…………」
ゆっくりと木の陰から顔をだしたのは、ミカエラだった。両手で子犬のモコを抱えている。
完全に忘れてしまっていたが、どうやら彼女はあの時から屋敷でずっと大人しくしていたらしい。まあ、今更どちらについても悲しいだけだもんな。
関係者として、事情を説明しておくべきだったか……。
「俺は……エリックに負けたんだ」
別に、敗北を隠す理由などない。俺が負けたことはエリクシエル側だって知っているはずだ。
「例の〈神軍〉は聖杯のせいで暴れまわっていた。俺たちはあいつらを無力化することには成功したんだけど、エリックは倒せなかった。あいつは本当に強かった。俺は……あいつに勝つために修行しなきゃならないんだ」
「…………」
「ミカエラ、ここは聖剣・魔剣の余波で危ないかもしれないから、少し後ろに下がっていてくれ」
「私は……愚か者ですね」
と、ミカエラが悲しそうに言った。
どうやらミカエラにも何か話をしたいことがあったらしい。正直なところ時間がないのだが、彼女が何を悲しんでいるのか……少し気になった。
「あなたは大切な者を守ろうとしている。家族と、そしてこの国のために命を投げうって戦っている。それなのに私は……。裏切られた、戦いたくないとここに引きこもって、子犬と遊びながら時間を潰して、現実から目を逸らして……」
「よせよ。誰にだって立場があるんだ。難しい立場のミカエラは、ここに立ってるだけど十分貢献していると思うけど?」
少なくとも、敵として立ちはだかる展開よりはずっとましだと思えた。
「ありがとうございます。下条さんは優しいですね。エリクシエル様もエリックも、下条さんのような優しさがあれば……」
話を聞いている限り、あの二人にはそんなことは期待できないと思う。ミカエラだってそれは分かっているはずだ。
いや、だからこそこんな愚痴をつぶやいているということか。
「私は……もう十分癒されました。だから今度は……私も……頑張ってみる番だと思います」
「ミカエラ……?」
「勘違いしないでください。私にとってエリクシエル様は絶対です。でも、今のエリックが行っている行為はあまりにひどすぎる」
〈神軍〉の件には、ミカエラも心を痛めているらしい。
「この世界には人も、動物も、魔族も住んでいるのです。唯一神を崇めるには、あまりに数が多すぎる。エリクシエル様は焦り過ぎたのです。もっと時間をかけて、ゆっくりみんなと分かり合って、手を取り合っていく……そんなやり方もあったはずです」
あくまで……エリクシエル教を否定することがないその姿勢。はっきり言ってしまえば俺たちの敵なのだが、強硬路線のエリックよりは好感が持てる。
「エリックを止めてくれるってことか? あまり無理をしない方がいいと思う。俺も戦って少し話をした相手だから分かるけど、ミカエラが何かしても無駄だと思う。ここで大人しく休んでいてくれれば、俺としては十分助かるんだけど」
「ありがとうございます、優しい下条さん。でも、私だけ何もしないなんてことはできないんです。あなたのためにも、そして……この子のためにも……」
「アウッ!」
ミカエラに抱かれた子犬――モコが返事をするようにそう鳴いた。
よく見ると、ミカエラは胸にネックレスをしていた。中央に骨が飾ってある、変に安っぽいアクセサリーだった。
あの骨、見覚えがあるな。確かモコの小屋にあったものだ。
ゴミかと思って捨てようとしたら、すごい勢いで噛みつかれたのを覚えている。あの犬が……宝物をミカエラにあげたのか?
仲のいい友人を守りたい、そういうことなのか?
「ミカエラ……」
止める理由なんてない。
でも、俺はこの時猛烈な不安を感じたんだ。
まるで、ミカエラがそのまま死んでしまうんじゃないかというような、そんな不吉な悪寒だった。
「…………」
でも、俺は何も言い出せなかった。
決意に燃えるミカエラはあまりに強く、それはまるで死地に赴こうとしている俺を見ているようで……。
止めることなんて……できなかった。




