聖剣ヴンダー
マルクト王国南部、とある農村にて。
地上への侵攻を開始した〈神軍〉。すでにエリナや小鳥たちが彼らと激突し、戦いの火ぶたは切って落とされている。
俺は、ただ一人の敵と対峙していた。
「…………」
奇跡の正天使、エリック。
長い黒髪を持つ長身の若者だ。背中には翼が生えており、彼が天使であることを最もよく示している。
この激戦地においても、全く動く様子はない。指揮官だからそれは当たり前のことかもしれないが、この男は部下に命令をしたり何か合図をしたりといった様子すらない。
まるで、配下の〈神軍〉が勝とうが負けようが、どうでもいいと思っているようだ。
「――〈白刃〉っ!」
交渉してどうにかなる相手だとは思っていない。まずは先手を打つ。
が、すぐに防がれた。
反射?
いや、反射というには少々斜めに逸れ過ぎていたような気がする。弾いた、にしては軌道が……。
「下らんな」
エリックは軽く失望を覚えたかのようにため息をついたのち、こちらを見下ろした。
「貴様、ゼオンの〈千刃翼〉を受け継いだのは知っている。ならばそれを使い俺に対抗するのが最適解なはずだ。なぜそれが分からない?」
「は?」
「そこに聖剣ヴンダーという剣がある。それを使えと言っているのだ」
聖剣ヴンダー?
〈千刃翼〉とは、かつてゼオンが持っていた千本の聖剣・魔剣のこと。一部は手元にないものの、俺は彼の持っていた剣たちの大半を保持している。
こいつは〈籠ノ鞘〉という収納系魔具の中に保管されており、俺はいつでも取り出すことができる。
だがしかし……そんな聖剣が……。
いや、確かにあった。
かつて整理をしていたころのことを思い出す。確かにその聖剣の名前を見た気がする。効果は確か……奇跡、だったか?
「聖剣ヴンダー、奇跡の聖剣だよな? なぜそれをお前が俺に勧めてくるんだ? 俺がそれを素直に受け入れるとでも?」
「ふん、愚か者め。先の聖剣による攻撃を弾いたのは、俺が導き出した奇跡。俺の『奇跡』を打ち砕くには、同等の『奇跡』で弾き返すしかない。あの魔族――刀神ゼオンは瞬時にそれを理解したぞ?」
「やけにゼオンにこだわるな? 知り合いか?」
「かつて俺とゼオンは互角の戦いを繰り広げていた」
ゼオンと互角の戦い?
聖剣・魔剣はゼオンが生み出したもの。そしてヴァイスやゲレヒティカイトはエリクシエル教のことを知っていた。
天使と魔族の争いの中で、ゼオンとエリックが矛を交えたってことか。互いに陣営の中では最強に近い実力を持つ者たちだ。世界最強頂上決戦みたいなノリだったのかもしれない。
「しかしエリクシエル様が天界に引きこもる決断を下し、俺とゼオンの決着がつくことはなかった。あと少し、ほんの少し時間があれば俺はあの魔族を下すことができた。俺は何の疑いもなく世界最強としてこの世界に君臨することができた」
「…………」
あのゼオンに、勝つ?
想像ができなかった。俺でさえ聖剣たちの力を借りてやっと勝つことができた相手だ。道具がそろっていなければ絶対に負けていた。
「俺は貴様に勝利し、かつての戦いに決着をつける。予言やエリクシエル教など関係ない。俺自身の意思を示す戦いなのだ」
俺には全く理解できないが、エリックの並々ならぬ熱意だけは伝わってきた。それをこちらに向けられても……正直言って困るのだが……。
「さあ来い、勇者下条匠よ! 運よくこの俺を倒すことができれば、天界の天使たちは大いに踏みとどまることとなるだろう! うまくいけばそのまま争いがやむかもしれないぞ?」
ミカエラの話を聞く限り、この男はかなりの有名な実力者。倒されれば天界の天使たちが二の足を踏むというのは、決して嘘や誇張ではないと思う。そうなれば休戦、停戦の交渉も視野に入ってくる。
どうする?
罠、には見えない。むしろ全力で正々堂々と正面から打ち破ってやるという意気込みを感じる。卑怯な感じではないが、しかし自分の力に絶対の自信を持っているのは間違いない。
…………。
…………。
…………。
今のところ、俺には聖剣で攻撃する以外に攻略法を見いだせない。この男が慢心で油断しているというなら、それに付け込んで正攻法で攻めてみるというのもまた……選択肢の一つ。
エリックはゼオンと確執に心を奪われ、油断している。ならばそれを突くことが、勝利につながる可能性もある。
……決めた。
「解放、聖剣ヴンダー」
奇跡を操るその力。試させてもらうぞ!
右手にヴァイス、左手にヴンダー。
「――〈白刃〉っ!」
俺は先ほどと同じように〈白刃〉を放った。ヴァイスより生まれたこの白い刃は、空気を切り裂きながらエリックの元へと向かっていく。
「……ふん」
対するエリックは己の能力――奇跡の聖術を起動し、俺の刃を弾き返す。
よくわからないが、俺の近くに攻撃を反射させることが奇跡なのか? 確かに奇跡的ともいえなくもないが、何とも変な表現だな。
エリックが弾いた俺の刃が再び俺の元へと向かってくる。今度は俺にまっすぐだ。突っ立っていたらもろにその攻撃をくらってしまう。
ここで俺は、ヴンダーの力を使った。
奴流の言い方をするなら、『奇跡的』に180度力を反射させた形だ。
「ふんっ!」
対するエリックは再び刃をはじき返した。
「ふふっ、どうした? ブーメランを投げ合って遊びたいのか?」
聖剣の刃をはじき返しながら、俺は考える。
確かに、このままでは勝てない。もっと多くの刃出せる〈白王刃〉を使えば……。
いや、待て。
これまで見せられたエリックの能力は、明らかにカウンター系。ならばここは下手に前に出ず、様子を見ながら……。
などと作戦を練っていた俺だったが、事態は俺が思いもよらない方向に動き始めた。
「むっ!」
エリックが俺に背を向け、背後へと振り返った。
足元に、矢が刺さっている。
「勇者殿っ! 援護いたします!」
あの鎧は、マルクト王国の兵士か?
どうやら王国側からもこちらに援軍を派遣してくれたらしい。数にして百、いや二百人を超す兵士たちが小高い丘に陣取り、一斉に矢を向けている。
「…………」
興が削がれた、とでも言いたげに不満そうなエリックは、翼をはためかせて空中に浮かんだ。大き目の木、程度の高さで上昇を停止し、兵士たちの様子をうかがっている。
「勇者様に続け! 放てっ!」
「馬鹿っ、止めろっ!」
俺の制止が聞こえなかったのだろうか、兵士たちが一斉に矢を放った。




