神軍との戦い、作戦会議
〈神軍〉率いるエリックとヨーランの居場所を聞いた俺たちは、すぐに現地へと向かうことになった。
わざわざ共和国に来るまで待ち構えている必要はない。奴らが道中の村を焼いているというなら、たとえ他国だとしてもそれを救うのも俺たちの仕事なのだから。
メンバーは俺、つぐみ、咲、エリナ、小鳥、それから月夜。加えて選りすぐりの聖剣・魔剣・魔法使いたち総勢五百人。
戦闘要員は妊婦を除いてすべてそろえた。月夜は情報収集がメインで、つぐみと咲は兵士の取りまとめ役。前線には出ない。
ミカエラは屋敷に置いてきた。変に連れてきて戦いの邪魔をされたら困るからな。あそこには一紗や雫もいるから、監視をしながら守ってくれると信じている。
〈神軍〉の暴れる村の近くに集まった俺たちは、様子を見ながら攻撃の機会をうかがっている状態だ。
今にも暴走しそうなエリナを宥めていると、ふと、見覚えのある人物が俺たちのもとに近づいてきたことに気が付いた。
玉瀬ひより。
美織の双子の妹だ。
「久しぶりだなひより。少し、美織のことについて聞きたいんだけど」
「お姉ちゃんが……」
ひよりが話を始めた。
謎の液体――〈聖杯〉をエリックから与えられたこと。
それを飲んだ姉が正気を失い狂ってしまったこと。
同じように狂った人々とともに、村を焼いて虐殺を働いたこと。
〈聖杯〉とかいう謎の薬品の話を除いて、すべてつぐみから聞いた報告と一致する。
「謎の薬品で洗脳か……。ひよりは大丈夫だったのか?」
「わ、私は飲んでないんだけど。あのぉ、お姉ちゃんは、止めたんだけど、一気に……」
美織ならそうしそうだな。
「……お姉ちゃん」
報告通りなら、美織も虐殺に加担してるってことだよな。
ひよりが目を伏せた。最愛の姉がああなってしまった姿は、彼女にとって耐えがたいものだったのかもしれない。
「あとは俺がなんとかしてみせる。ひよりは疲れてるんだろ? つぐみたちのいるキャンプで休んでてくれ」
「お願い下条君。お姉ちゃんを……」
付き添いの兵士に連れられ、ひよりはこの場から立ち去った。
「…………」
聖杯、と呼ばれる謎の薬に侵されてしまった美織。常軌を逸したその行動は、実の妹であるひよりですら受け入れられないものだった。
それにしても、高笑いしながら虐殺してたとか……。
「小鳥のベーゼに似てるな。そういえば、ヨーランと戦った時も黒い靄みたいなやつが……」
と、そこで俺は気が付いた。
剣が揺れている。
俺の持つ剣――聖剣ヴァイスは何か伝えたいことがあるときにこうして意思表示をする。俺には〈同調者〉という剣の声を聞く能力があるためだ。
「何か言いたいことがあるのか?」
俺はすぐに聖剣ヴァイスに力を使った。すると剣が幽霊のような白い少女に変身する。これが彼女の本来の姿だ。
〝――弟は聖杯の影響でああなってしまったのです〟
「ベーゼのことか?」
〝エリクシエルは私たちの敵なのです。どうか、あなた方に勝利を……〟
どうやら因縁の相手らしい。
いろいろと話を聞きたいが、もう戦いのときが迫っている。今更長々と身の上話を聞いている暇はない。
と、ヴァイスをしまい込んだところで、今度はエリナの剣が揺れた。
「うわっ! なに? 何これ?」
そういえば、エリナには剣のこと話してなかったな。
申し訳ないんだけど、この子ちょっと信用できないんだよな。俺が口止めしてもすぐに言いふらしてしまいそう。
「あ、あっちに敵がっ!」
「なに、うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺の嘘を信じてエリナが駆け出した。しかし勢いだけの彼女は、俺の手に収まった聖剣のことを完全に忘れている。
よし、これでいいな。
俺は〈同調者〉としての力を使い、エリナの聖剣ゲレヒティカイトを人間化する。この剣の元となった人物が白っぽいじいさんとなって現れた。
「じいさんも? 何か言いたいことがあるのか?」
〝エリクシエル教は人類の敵。今はもう忘れられてしまったほどに遠い昔、エリクシエル教はああして人類を扇動していた。多くの民が犠牲になった。もう、あの悲劇を繰り返してはならない〟
「分かってる。俺たちだってあいつの悪事を目の当たりにしてきたんだ。必ず、追い払わないとな」
〝頼む〟
どうやら、因縁の相手を前に一言言わずにはいられなかったらしい。
昔を知る聖剣一同は、エリクシエル教に否定的か。やはり大昔に相当ひどいことがあったんだろうな。気を引き締めていかなければ……。
俺は小高い丘の上に立ち、周囲を俯瞰した。
距離にしておよそ500メートル先。
村だ。
赤い血と、炎。暴れまわる〈神軍〉の悪鬼たち。
見るも無残なその惨状に、俺は軽く吐き気を覚えてしまった。
その中に、俺たちのクラスメイト……美織がいた。
確かに、高笑いしながら兵士を嬲り殺している。
そんな変化が見られるのは人間だけ。半天使と呼ばれる天界の人々には変化がない。身内には聖杯を飲ませなかったか?
確かに狂っている。かつての小鳥を思い出させるな。
だが小鳥ほどに強いようには見えない。呪いの魔剣ベーゼがそれほど強力だったのか、あるいは小鳥自身の魔剣適正や身体能力が原因なのかは分からないが、かつての〈黒き災厄〉と魔族たちに恐れられた彼女に比べれば、それほど脅威を感じない。
これなら、俺じゃなくても十分止められると思う。
「作戦は決まったな」
現場の指揮官は俺。皆に命令を下さなければいけない。
ちょうど戻ってきたエリナに剣を返し、俺は話し始める。
「エリナと小鳥は軍の人たちと一緒に〈神軍〉の人たちを止めてくれ」
「ジャスティス!」
「分かったよぉ」
こくり、と頷く二人。
「俺はあのエリックとかいう男と戦ってみる。うまく頭を叩けばこの軍自体が潰せるかもしれない」
危険は承知の上だ。俺も、そして他のクラスメイトたちも。
だがここまできたんだ。世界の平和は俺たちが守って見せる。
「行くぞっ! 俺たちの手で、この世界の人たちを守るんだ!」
「正義の突撃っ! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「一紗ちゃん、みんな……。私が……守るっ!」
俺たちは駆け出した。
こうして、天界と人類の戦いは始まったのだった。




