神軍発見
それは、洗濯物を干す乃蒼を手伝っていた時のことだった。
風に飛ばされたタオルを追って建物の裏に行くと、そこには予想だにしない光景が広がっていた。
ミカエラがモコと遊んでる。
ミカエラはいつここに来たんだ? 門からじゃなくて空を飛んできたのだろうか? でもそれならなんで建物の裏に?
いろいろと突っ込みたいところがあったが、とりあえずおいておこう。
「ミカエラ?」
びくん、とミカエラの肩が震えた。どうやら自分とモコ以外誰もいないと思い込んでいたらしい。
「し、下条さん。あ、あの、わ、わた、私」
「どうしたんだ?」
「エリクシエル様に……話を……」
「…………」
なんだすごく言いにくそうにしてるな。
エリクシエルに話ってことは、例のエリックの話か、俺の屋敷を襲った話か、そのあたりだろうな。
「いや、いいって。聞かなくても分かるから、無理に言わなくていい。どうせあまりいい返事はもらえなかったんだろ?」
「…………」
身内の悪口は言いにくいよな。
「こういう言い方は悪いかもしれないけど、ミカエラ以外はみんな分かってたことだ。変に責任感じる必要なんてないぞ?」
「ご配慮……感謝します」
これは……相当堪えてる感じだな。だからこそ子犬に癒しを求めていたのかもしれない。
しかしミカエラが色よい返事をもらえなかったということは、例のエリクシエルとかいう神様は相当に敵意を持ってるんだろうな。これは……本当に戦争が始まるかもしれない。
「ま、まあ、戦いになるかもしれないから、しばらくはここで過ごしてるといいと思うぞ? ミカエラは直接戦ったりしないんだろ?」
「……そのような命令は受けてません」
「だろうな。だったらしばらくここいればいい。そこのモコだって、お前がいてくれると嬉しそうだからな」
「アウッ」
素晴らしいタイミングで鳴いてくれたモコ。特に指示していたわけではないのだが……これが以心伝心というやつなのだろうか?
今のミカエラを見ていると不安で仕方ない。自殺したりしないよな? モコで癒されているというならそのまま癒されて欲しい。
「匠っ!」
緊迫した声とともに俺たちの前に現れたのは、つぐみだった。
おかしいな、この時間はまだ大統領として官邸で働いているはずなのだが。
この焦り声、そうか……いよいよ……。
俺はモコと戯れるミカエラから離れ、つぐみのもとへと駆け寄って。
ここからならミカエラに声が聞きとられることはないだろう。というかミカエラからは、盗み聞きしようとかそんな気の利いた気力を感じない。完全にやる気がなくなっているように見える。
変にスパイされたら困るから、今回はそれでいいんだけどな。
「ヨーラン……ひいてはエリックたちの居場所が分かった」
覚悟はしていたが、いよいよ戦いが始まってしまうらしい。
俺は気を引き締めた。
ミカエラ、悪いな。やっぱりエリクシエルとは……戦うことになりそうだ。
「奴はどこにいたんだ? この近くか?」
「マルクト王国北方の雪原地帯に隠れていたらしい。ここを目指している可能性もあるが、今、南下して戦いを仕掛けてきている。今もマルクト王国領内だ」
「戦争ってことか? 例のエリックとかいうやつ一人でか? それとも〈神軍〉とかいう軍隊と一緒に?」
「確認は取れていないが、総大将のように指揮をしていた男の天使がいたという報告が入っている。それがおそらくエリックだろう。本人は戦わなかったらしいが」
「そうか……、エリックが戦ったんじゃないとすると、実際に暴れまわったのは〈神軍〉って奴らなのか? 様子はどうだったんだ?」
「恐ろしい有様だったようだ」
つぐみの声は低い。
伝聞でしか話を聞いていないはずなのだが、それでも相手の恐ろしさが伝わってしまったのだろうか?
「近くの村は虐殺。女、老人、子供、一人残らず殺しつくしたらしい。逃げ惑う者も追いかけて、高笑いをしながら嬲り殺したと報告を受けている。建物には火をつけて、生きたまま隠れてていた住民を焼き殺したなどという……」
「それは……ひどいな」
これまで、ずっと人類は魔族の脅威にさらされてきた。
しかし彼らにとっては戦うことが第一の目標であり、執拗に痛めつけたりなどはしなかった。ただ単純に戦い、殺すだけだ。
逃げれば大抵はどうにかなった。隠れればやる過ごせたこともあった。村や都市は攻め落とされたとしても、命だけは救われた者も多い。
だが今回の〈神軍〉はどうだ? 高笑いしながら殺した? 建物に火をつけた? マルクト王国の人たちに何か恨みでもあるのか? とても人間の仕業とは思えないぞ。
「ひどい奴らだな。半天使ってのは人間のことを何だと思ってるんだ? 俺たちだってさ、この世界で生きているのに」
「そのことなのだが……匠」
「……ん?」
俺は何か変なことを言っただろうか?
「〈神軍〉には、一部人間が混ざっていたらしい」
「笑えない冗談だな。……あ、そういえばヨーランもその中に入ってる計算になるのか。あいつは咲にひどいことをした悪人だからな。他にもあいつの部下がそのまま入ったってことか」
「確かに、ヨーランの存在はエリックとともに報告に入ってた。だが匠、重要なのはそこじゃないんだ」
「……?」
「虐殺を行った〈神軍〉。その軍の中に、異世界人がいるという報告も入った」
異世界人。
俺たち地球からやってきた者たちの総称。優や春樹がいなくなった今となっては、その言葉が示すのは俺と……クラスの女子。
「私たちのクラスメイト、玉瀬美織がその中にいたという報告を受けている」
「美織が? 嘘だろ?」
俺はクラスメイトだった美織を知っている。
それほど話したことはないし、席も離れていたから接点もなかった。ただ周りの人たちとはほどほどに打ち解けて、普通に話ができる女の子だったと記憶してる。少なくても、喜んで人間を殺すような物騒な感じではなかったはずだ。
「でもさっき、虐殺って」
「その通りだ匠。美織は……その中にいた」
まさかベーゼみたいな呪いの魔剣でも握らされているのか? そうとでも仮定しないと納得できないぐらい、違和感があり過ぎる。
いったい、何が起きているんだ?
日付勘違いしてて少し投降時間が遅れてしまった。




