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遭遇、加藤達也

「勇者の兄ちゃん、今日は助かったぜ」 

「おっさん、今日はありがとな」


 おっさん冒険者に別れを告げ、俺は冒険者ギルドを立ち去った。


 迷宮に潜らない間、俺は各地でアンデッド狩りに奮闘していた。金を稼いで町の人を助ける、とてもいい仕事だと思う。

 でも、もう終わりだ。

 雫やりんごも退院したことだ。そろそろ冒険者ギルドから離れて迷宮潜りに戻る頃合だと思う。

 

 そんなことを考えながら、夕暮れの小道を歩いていたその時――


「下条! お前下条じゃねーかおい!」


 懐かしい声が聞こえたから振り返ると、そこには一人の少年がいた。

 刈り上げた金髪が特徴の、不良っぽい男。しかしその格好は、マントを羽織っていかにも異世界の旅人風。


「加藤……君?」

 

 驚いた。

 元の世界でクラスメイトだった加藤達也が、俺の目の前に現れたのだった。


 加藤は俺に駆け寄ってくると、親しげに肩を叩いてきた。


「ははっ、お前マジでこの都市いたんだな。やべぇ、意外過ぎて笑えてくるわ! どうよ異世界? エンジョイしてるか? 魔物とか人間とかぶっ殺したりしてんの? なぁ、話聞かせろや」

「…………」


 俺は加藤のことが苦手だ。


 この男は不良だ。授業態度もよくなかったし、なによりクラスメイトの御影君をよく虐めていた印象がある。

 

 俺の友人――園田優はその件に関して何度も何度も加藤を怒っていた。もちろん俺だって何度かそれとなく注意したのだが……たぶん彼は俺の文句なんて覚えてないんだと思う。

 誰しも、声が大きく目立つ人間に目が行くものだ。俺と優が同じことをすれば、どうしても優の方が注目を集めてしまう。

 加藤にとっての敵は優なのだ。俺なんて、あいつに引っ付いているモブキャラの一人でしかない。敵意なんて向けてないんだ。だから、こうして懐かしい知り合いに会ったような反応を示してくる。


 ともあれ、俺はそういう経緯で加藤が苦手だ。 

 妙に明るく馴れ馴れしい感じも、ちょっとだけ肌に合わない。


 俺は加藤と適当に話をした。それほど詳しくなく、でも適当に必要な情報を混ぜて。


「お前さ、スキル持ってんだろ?」


 ふと、話の途中に加藤がそんなことを聞いてきた。


「スキル? ああ……持ってるが……」


 そうだ。

 俺たちは誰に召喚されて異世界にやって来た? 加藤がここにいるということは……、つまり、俺たちと同じように呼ばれたということ。

 旧貴族、すなわちフェリクス公爵たちの力によって。


「はっ、聞いたぜおい。あの貴族たちとやりあったんだってな。ま、俺もあいつら大好きってわけじゃねーから、気持ちは分かるがよぉ」

「…………」


 貴族たちは加藤を召喚したのか?

 俺たちの件で異世界人と倫理観の差があると、貴族たちは理解していたはずだ。なのになぜまた異世界人を召喚した? しかも、よりによもって倫理観の欠片もないような……、つまり『貴族たちと仲良くなれる』可能性の高いクラスメイト、加藤達也を。


 偶然か? いやあまりに、出来過ぎている。

 誰かが入れ知恵したのか? 『この男は男尊女卑に賛同してくれる』と……。


「俺のスキル、〈創薬術〉っつーんだけどよぉ」


 加藤の言葉に、俺は思考を中断した。

 〈創薬術〉?


 加藤がその手を突き出した。するとその指先から、乳白色の液体が染み出してくる。汗ではない。甘い香りのする……何かの香料や薬のようなもの。


「まあ、こんな感じで体から好きな薬を生み出すことができるわけよ」


 薬を作れる?

 かなり応用が利く、便利なスキルだ。難病の人に薬を売りつければ、大金持ちになれるかな? 若返りとか、傷を治したりする薬作れたりするのかな? 

 スキル使用に必要なバッジは、マントの中に隠しているのか?


 加藤はニヤニヤがしながら、ポケットから瓶を取り出した。ピンク色の液体が入った、小さな瓶。 


「この瓶の中には媚薬が入ってる。女が男を欲しくて欲しくてたまらなくなる、そーいう薬だぜ」

「は?」

「こいつをよぉ、あの赤岩に嗅がせてやるんだ」


 一瞬、思考が止まった。

 加藤が何を言っているのか、理解できなかったからだ。

 動揺する俺を、加藤はただ下卑た笑いを浮かべながら見守っている。


「媚薬? え、加藤君、そういう薬作ってたの?」

「そりゃな。男の夢だろうが。一回嗅がせりゃ、女はもう発情したメスイヌ。這いつくばって男の言うことなんでも聞きやがる。傑作だぜ!」 

「それを、つぐみに?」

「はっ、想像してみろよおい。あの糞フェミ女がよぉ『加藤、頼む、お前の×××が欲しいんだ! 早くしてくれ!』って泣きながら哀願してくるんだぜ! 最高じゃねーか!」


 こいつと赤岩、水と油みたいな関係だからな。教室内でも何度か反発しあってるところを見たことがある。

 手に入れた能力を使って、復讐したいってことか。いや、これは復讐なんかじゃなくただの欲望だ。

 放っておいたら……恐ろしいことに……。


 加藤はもう一個の瓶を俺に差し出してきた。さっきの奴と同じ、ピンク色の液体が入った瓶だ。


「お前にもこれを貸してやるからよ、長部に使ってやれよ」


 一紗?


「あ……いや、なんでここで一紗の名前が?」

「あの女が欲しかったんだろぉ? あの園田優の手前じゃ何もできなかったがな、今あいつはここにいねぇ。いるのは俺と、お前と、長部だけだ。な? 何も考える必要はねーだろ? あいつの金髪も、胸も、尻も、全部全部お前のもんだぜ。まあ、今この場にある薬は、効果時間が一日っつー制限があるんだがな」


 俺は体の震えを堪えるのが精一杯だった。


 こいつ……ヤバイ。

 元から危なっかしいやつだとは思っていたが、ここまで欲望むき出しの奴だとは……想定外だった。

 女性に効く媚薬。あの瓶の容積、そして一回吸わせるだけって言うなら何百人にも効果を出せる……。もし本当に加藤が言うレベルで強力なものだったら、女性が兵士、大臣を務めるこの国は終わってしまうぞ?

 加藤一人でこの国を……転覆できる!

 

 この男は、間違いなくフェリクス公爵たち旧王国側の手先だ。

 こんな話、断るしかないじゃないか。でもこの場で加藤を逃がすと面倒なことになる。

 どうする? 

 

 変に反発して逃げられたらまずい。まずは――


「一紗にそれを、か。試してみたくはあるけどな……」

「なんだ、使わねーのか?」

「加藤君さ、異世界来て舞い上がってるんだと思う。少し冷静になった方がいいと思うよ」


 努めて冷静。反感や焦燥を表に出さないよう、俺はゆっくりと話を始めた。


「つぐみは大統領だ。偉そうに周りに取り巻きの兵士を囲んでさ、隙はないと思う。男は城の周りうろついてただけで締め出されるからな」

「マジか?」


 実際そこまでひどくはないのだが、多少脅しも含めておこう。


「もちろん、ここでも強姦や違法薬物は犯罪だ。女が魔法使えたりする分、無理やりっていうのも難しい。加藤君、考え直した方がいいよ」

「……ちっ、赤岩の奴、偉そうに取り巻きなんか作りやがって。気に入らねぇな……」


 よし、なんとかなりそうな気がしてきた。


「そうだ、クラスの奴がウエイトレスしてる酒場があるんだ。今から一緒に飲んだり食ったりしようぜ。俺がおごるよ! クエストでさ、さっき臨時収入があったんだ」

「酒かよ! いいねぇいいねぇ! 異世界のうめぇもん、味わわせてくれよ」


 クラスメイトがウエイトレスをしているというのは本当。酒を飲ませて酔っぱらせて、つぐみに相談しよう。

 俺は加藤の腕をひき、大通りへと出ようとした――が。


 突然、転んでしまった。


「あ……れ……」


 か……体が、動かない。

 意識が……朦朧として……。

 加藤は茶色の液体が入った瓶を持っていた。中の液体が空中に気化している。これは……薬? しびれ薬か?


 俺はなすすべもなく倒れこんでしまった。もはや筋肉を自在に操るだけの力は残っていないようだ。


「お前ほんっとつまんねー奴だよなぉおい。教師も警察も親もだーれもいねーのに、何いい子ちゃんぶってるわけ? わけわかんねーから」


 加藤の笑い声が聞こえた。

 まずい……俺の考えなんて、こいつにはお見通してだったってことか。


 俺は必死に体を動かそうとするが、無駄だった。


「安心しな、お前用に一人か二人、残しといてやるからよぉ。次、目覚めたらクラスメイト半分以上俺のものだから、覚悟しとけよっ!」


 くっ、乃蒼……つぐみ……。


 立ち去っていく加藤の足音を聞きながら、俺の視界はブラックアウトしそして――


ひどいキャラだな加藤君。

まあ、それを書いてるのは作者なんですけどね。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういった狡猾なワルが居てこそクラス転移は盛り上がる
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