月夜と二人
勇者の屋敷、近郊の森にて。
日隠月夜は木の葉の上に座っていた。
隣では下条匠が眠っている。大量に解毒剤を摂取した彼は、今、体の毒と戦っている最中だ。直にすべての浄化が完了し、目を覚ますだろう。
「…………」
月夜は思い出す。
先代が死に、月夜が〈黄昏〉の長になったその日のことを。
先代は月夜や黄泉同様に優秀な暗殺者であり、〈黄昏〉を良く率いていた。あれほど月夜に不満を持っていた黄泉も、何の抗議もしていなかったことを思い出す。
だが人は老いれば弱り、鈍っていく。
それはある日の夜。月夜たちは集団で仕事を行っていた。
アスキス神聖国南方。とある地方のとある領主。教皇の横暴に呼応するように、箍が外れてしまったようだ。民に重税を課し、気まぐれに無意味な法を生み出し、年若い女を無理やり屋敷に連れ込んでいたらしい。
まさしく暗殺されてよい対象。依頼者は複数の農民であり、報酬はそれなりだった。
月夜たちは集団で暗殺を行おうとした。だが、悪徳領主は自らの人望に不安を感じ、護衛を増やしていたらしい。
暗殺自体は成功したが、大量の矢を浴びせられる結果となった。
その矢を、先代は受けてしまった。
珍しい、月夜の目にも初めて見る失敗だった。
アジトに戻ると先代が苦しみ始めた。矢には毒が塗ってあったようだ。
毒の種類も分からぬまま、治療をすることは難しい。藁にもすがる思いでいくつかの解毒剤を飲ませてみたが、一向に回復する気配はない。
誰もが、先代の死を覚悟した。
「――次代の長は、月夜とせよ」
最後を悟った先代は、そう遺言を残した。
月夜は首を横に振って否定した。自分の実力が認められていたのは嬉しいことだが、それでも……人を率いるような重圧に耐えられるとは思っていなかったのだ。
「よいのだ」
しかし、先代はそれでも月夜を押した。
「国を跨いでの活動も、限界がある。誰を長にしても荒れるだろう。ならば……新しい風を……この組織にも……」
新しい風。
何が言いたいのかよくわからなかった。しかし、先代が軽い気持ちで月夜の名を挙げているのではないことだけは理解できた。
こくり、と月夜は頷いた。
月夜は黄昏の頭領となったのだ。
しかし少女、それも異世界人が長であったことに反発もあった。表立って文句を言ってくる人間はいなかったが、つい先ほど倒された黄泉のように内心快く思っていない者は大勢いたに違いない。
もともと、異世界で平和に過ごしてきた自分だ。
元来、暗殺者には向いていなかったのかもしれない。
今、この地で下条匠と触れ合いながら、そう思った。
女としての自分。
彼に触れられるたび、達せられるたびに女を感じずにはいられなかった。
「…………」
心地よかった。
「…………」
寝ている彼の顔を見ているだけで、頬が熱を帯びていくのを感じる。
月夜は理解した。
彼に、惚れているのだと。
********
解毒のために月夜と行為に及んで、ひと眠りしてしまった俺。
すっかり治ってしまった。
もうあの時の毒が嘘のように消えている。
もう俺を遮るものは何もなかった。月夜と一緒に町まで走ることにした。
本当に、町は無事だった。
近衛隊が防いでくれたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。初めから争いなどなかったということだ。
だが疑念は残る。あいつらは『町を襲う』と言ってた。だから俺は一人で必死に追いかけてきたんだ。俺という邪魔者がいなくなったのに、どうして町までいかなかったんだ?
俺をおびき寄せるために、町を襲うって嘘をついたのか? あの暗殺者に、俺を殺させるため?
なんでそんな回りくどいことをしたんだ? 確かにあいつはレアな毒を持っていたし、それなりに強そうな感じだった。でも単純な戦闘力でいえばあの半天使とかいうやつの方が上だったと思う。
分からないな。
「……月夜」
とりあえず分からないことを考えていても仕方ないと思い、俺は改めて月夜に向き直った。
「今回は本当に助かった。お前がいてくれなかったら、あの忍者のおっさんが使った毒のせいで俺は死んでいたと思う」
「……気にしなくていい」
あまり俺のやったこと、思い出してほしくないのかもしれない。命がかかっているとはいえ、随分と失礼なことをしてしまった。
でもだからこそ、恩を返しておきたいんだ。
「とりあえず今日は屋敷にきてくれ。いろいろ話を聞きたいこともある。俺からもお礼をしたいからな。夕食とかおやつとか用意するからさ。……俺が作るんじゃないけどな」
「…………」
「いやすまん。そうだよな、俺がちゃんとお礼しなきゃいけないんだよな。月夜は何か欲しいものとかあるか? 料理とかそういうのは無理だけど、金はそれなりに持ってるぞ。あと月夜は知らないかもしれないけど、今の俺はいっぱい聖剣持ってるんだ。もしかしたら夢みたいなお願いも叶うかもしれないぞ? ……ま、まあ、さすがに人を生き返らせるとか時間を巻き戻すとかは無理だけど……」
「…………」
「月夜?」
不意に、月夜が腕に抱き着いてきた。
「責任」
「?」
「……責任を取ってほしい」
責任、か。
解毒のためとはいえ随分と無茶をしてしまったからな。確かに何らかの責任を取らなきゃいけないとは思っていた。
「具体的に、俺は何をすればいいんだ?」
「……我を、嫁にしてほしい」
「え?」
え?




