ミカエラの絶望
ミカエラと夕食を楽しんでいた俺たちは、突然の来訪者たちによって攻撃を受けてしまう。
半天使、と呼ばれる彼女たちはミカエラと同じく天界の出身者。エリクシエル、そしてその配下である正天使エリックに仕える者らしい。
「みんな、大丈夫か?」
目のくらむような光が収まった後、俺はみんなに呼びかけた。
強烈な光の割には周囲にこれといった被害は見られない。テーブルに並べられた料理も、椅子も、食器も何もかも無事だ。ただ驚いた何人かが地面に倒れこんでいたり、あるいは椅子を蹴って立ち上がっていたりなどしている。本人がケガをしている様子はない。
見くらまし? だったのか?
まさかいきなり攻撃されるなんて思っていなかった。もし殺傷性の高い攻撃であったら、軽いけがでは済まなかったかもしれない。
見ると、ミカエラが手を広げて何かを構えるしぐさをしていた。何かの魔法を放った時の格好に似ている。
どうやら先ほどの光魔法っぽい攻撃は、ミカエラが防いでくれたらしい。類似の攻撃で弾いたりしたのかな。
実際にくらっていたらどうなってしまっていたか、想像したくもない話だ。
「申し訳ありません下条さん。おそらく何かの手違いでこのようなことが……。エリクシエル様は決してこのような……」
「…………」
ミカエラのエリクシエルへの忠誠は理解している。しかし今回の一件、ミカエラが防いでくれていなかったら怪我人が出ていた。
彼女の気持ちは尊重したい。けど……。
「……ミカエラには悪いけど、もう交渉の余地なんてないと思う。ここまで激しく攻撃されたんだ。俺たちにとって、もう宣戦布告されたようなものだ」
「そ、そんな……」
ミカエラは顔を青くして後ろに下がった。最悪の結末になってしまったからな。彼女の気持ちを考えると心が痛む。
ふらふらとしたミカエラは、すがるように半天使たちに近づいていく。一人の肩を軽く掴んで、何かを懇願するように揺さぶった。
「今すぐ彼らに謝罪してください。エリクシエル様はこのような醜い争いを望んではいません」
「私たちを裏切り者扱いですか? 違うでしょう? 私たちはエリクシエル様に人間を害するなとは命令を受けていない。それに比べてミカエラ様は明らかにエリック様の不興を買っています。お分かりですよね……、あなたこそが裏切り者なのです」
びくん、とミカエラの肩が揺れた。
理解してるのだ。自分が劣勢であると。
「この件はエリック様に報告、いえ、もうすでにあの方であれば事態を把握しておられるでしょう。簡単な懲罰程度で済めばよいのですが……」
「死刑の可能性も考慮に入れねばならないかと」
俺たちを助けてくれたのは反射的な行動。ミカエラが天界を裏切って俺たちに味方してくれる義理はないし、そんな決断力もないと思う。
ミカエラは固まって動けなくなってしまった。彼女には期待できない。
俺は一歩前に出て、半天使たちに剣を向けた。
「お前たち、何が目的だ? どうして俺たちを攻撃した?」
「我らが主、エリック様はあなた様の死を望んでいます」
「死? 俺を殺すってことか?」
ミカエラは言っていた。予言書の内容を現実のものとするため、エリクシエルは動いているのだと。そのためには俺が必要であるとも。
ならば俺を殺しては意味がないはず。俺がいる予言は俺がいなければ成立しない。このまま俺がこの天使たちに殺されれば、予言が成就しなくなってしまうんじゃないのか?
矛盾してるよな? ミカエラが騙されてるのか? それともエリックというやつの独断?
「俺を殺して何の得がある?」
「答える必要はありません」
だろうな。こっちも答えてくれるとは思っていません。
「創世神エリクシエル様に仕える最強の軍団――〈神軍〉。総大将のエリック様を筆頭に、いずれも精鋭ぞろい。あなたも、そしてこの世界のいかなる住人も敵わない者たちが、今、戦の準備を始めています」
〈神軍〉。
天界の軍隊。おそらく普通の人間よりもかなりスペックの高い集団なのだろう。そんな奴らが戦争を仕掛けてくるっていうのか?
この世界は……また……。
「先陣を切る私たち二人は、まずはこの首都を襲いましょう。ここはあなたが守っていますが、果たして町の中まで守れますか?」
「ふふふ……」
そう言って、天使たち二人は窓を割って外に出てしまった。向かう方向は首都。夜に差し掛かる時間帯といっても、まだまだ午後七時前後で人も多い。
このままでは……町が……。
「待てっ!」
俺は駆け出した。
奴をここで逃がすわけにはいかない。
森に囲まれた道。首都へとつながるその道は、近衛隊の警備のためか随分と静かだった。
空の天使たちはそれほど速度を出していないものの、少しずつ首都に迫っている。例の魔法はもう射程圏内に入っているかもしれない。
「〈白じ――」
と、聖剣の技を放とうとしていたまさにその時、俺は後ろに下がった。
「これは……」
金属質の刃物、日本でいうなら苦無に似た武器だ。こいつが俺に当たる軌道で投げつけられたため、避けるしかなかった。
「まさか……本当にのこのこ一人で現れるとはな」
現れたのは、忍者のような恰好をした黒装束の男だった。
「誰だお前はっ!」
「我が名は黄泉。〈黄昏〉の副頭領にして、お前を殺す者の名である」
〈黄昏〉?
なんだそれ、聞いたことのない名前だな。
でも、こうして攻撃をしてくるということは、俺の敵に違いない。




