海に来た
海に来た。
ここはグラウス共和国、とある海岸。白い砂浜の広がるビーチである。
旧王国の貴族が所有するプライベートビーチだったらしく、今は国が直属で管轄している国有地だ。俺たち以外誰もいない。
俺や一紗だけだったらどこか適当な海岸でもよかったのだが、鈴菜はそういうわけにもいかない。未だに狙われている可能性があるからな。彼女の安全性を確保するためにも人気のない海岸が必要だったのだ。
「…………」
ぼんやりと海を眺めている俺。女の子たちは着替えるのが遅い。
足音がしたので、ゆっくりと振り返る。
乃蒼がこちらに歩いてきていた。
かわいい!
乃蒼はフリルっぽいワンピースタイプの水着を身に着けている。体の小さい彼女であるなら、変に胸元やお尻を強調した水着よりもこっちの方がずっと似合ってる。いやむしろ似合い過ぎといってもいいぐらいだ。
「あ、あの、どうかな? に、似合う、かな?」
はぁ、可愛すぎだろこの子。こんな子が俺のこと好きなんて、これは夢か幻か。
「似合ってる、すごい似合ってるよ乃蒼」
「そう、えへへ」
笑う乃蒼の頬に、俺はそっとキスをする。
「乃蒼、俺のこと好き?」
「世界で一番好き」
「俺も俺も」
えへへ、こいつはヤバイ。俺たちなんか馬鹿みたいじゃないか。真夏の太陽がなくても蕩けてしまいそうだな、なんて口にしたら周りに笑われてしまうか……。
「おーい、匠、乃蒼ちゃん」
次に駆け寄ってきたのは、鈴菜だった。
彼女は露出の多いマイクロビキニを身に着けていた。
「君がこの前気にしていた水着だ。しょ、少々着るのは恥ずかしかったが、喜んでもらえただろうか?」
た、確かにあの水着を眺めてはいたが……まさか本当に着てくれるとは思わなかった。
うん……エロい。エロいとしか言いようがない。肌の面積が……ヤバイ、ヤバすぎる。
俺の抑えつけていた煩悩が解放されてしまう。あまり凝視してはいけない。
俺は思わず目線を逸らした。
その先には、一紗がいた。
「匠、競争するわよ競争。あっちの島まで」
一紗は腰にレースのパレオを身に着け、ビキニタイプの水着を身に着けている。鈴菜よりは肌の露出が少ないものの、ホルターネックのトップスは胸元を強調する仕様になっている。
歩み寄ってくる彼女の金髪が、太陽の光を反射してキラキラと星のように輝いていた。
正直に言おう。めっちゃきまってる。かわいいとかきれいとか、そんな陳腐な言葉で言い表せないようなセンスを感じた。
でも俺はそんな風に一紗を褒めたくない。子供みたいな言い訳で恥ずかしいのだが、昔からの幼馴染を、女として称えるのはこそばゆかったからだ。
しかし、そんな様子で目を逸らしていた俺を、一紗は逃してくれなかった。
「どうかしら匠? あたしの水着姿。悩殺されちゃったかしら?」
「うああああああ、目が、目がああああああああああああ腐るっ! 一紗の水着姿で目が腐るっ!」
俺は大げさに目を抑えた。
「ちょっと、何よあたしだけ! ホントは綺麗すぎて言葉を失ったくせに、口を開けばそんな言い訳? 子供ね子供。もうちょっと考えてから言いなさいよね」
「ここここ、こどもじゃないし。俺は幼稚な言い訳なんてしない。ホントに目が腐ったって思ったんだしっ!」
幼稚な言い訳ですまん。他に思いつかなかったんだ。
俺の幼稚な言い訳など、一紗にとっては予想の範囲内だったのだろう。スキップして駆け寄ってきた彼女は、そのままの勢いで俺の腕に胸を押し付けた。
「ほーら、あたしって割と美少女系じゃない? 人気ランキング一位キャラ、SSR正ヒロインの一紗ちゃんよ。 ん? 少しぐらいなら揉んでもいいわよ?」
官能的なポーズをとる一紗が、俺との距離を詰めてきた。
健康的な肌に、少しだけ汗の乗った胸元。
俺は無意識のうちに手を伸ばそうとして……そっとひっこめた。
「あはっ、興奮した? 襲ったら魔剣で返り討ちにしてあげるから」
「うっせ早く離れろ」
あー止め止め、一紗を意識するなんてありえないし。
などと一紗と変なやり取りをしていたら……。
「…………」
「…………」
乃蒼と鈴菜の目が冷たい。
え?
俺、もしかして一紗と仲良くしちゃ駄目なの? いや、別にこいつとはそういうのじゃないから。ここに来る前からこんな関係だし。
などと言い訳は湯水のように溢れてくるが、何を言っても逆効果かもしれないと思った。
俺は空気を読んで一紗から離れた。せっかく海に来たんだ。ここは海水浴を楽しもう。
俺は海の方へと向かった。
冷たい。
ひんやりとした海水が太陽の光で火照った体にしみこんでいく。
遠くでは乃蒼と鈴菜が一紗と話をしている。珍しい組み合わせだ。俺の事でも話しているんだろうか?
あ、今一紗が俺を指さした。
『あいつ、どーしようもないやつだけどよろしくね』とでも言ってるのだろうか? 俺は君の弟か何かかね?
ううぅ、一紗は俺の昔を知っているからな。恥ずかしい思い出を吹き込まれたらどうしよう。
ぼんやりと太陽を眺めていた俺の背中に、ぽん、と何かが当たった。
浮輪だ。
浮輪を身に着けた雫がいた。
雫はタンクトップとスパッツっぽい水着を着ている。
隣には競泳っぽい水着を着たりんごがいる。
りんごや俺ぐらいの背の高さなら、ここで浮輪は必要ない。腰ぐらいだからな。
さっきから執拗に雫が浮輪でタックルしてくる。別に痛くはないのだが、若干うざったさを感じる。
「なんだよ?」
「お前の目は節穴か? この超絶美少女雫ちゃんの水着姿を見て、何か言うことはないのか? 嗚呼……私は恐ろしい。この姿をお前に晒してしまったら、もう夜も眠れないだろう。一人の青少年の健全な日常を奪ってしまった……」
「…………」
「心臓に悪いからな。『雫は一日一時間』。くっくっくっ、良い子は守るように」
そのベッドで一人悶々としているという発想がすでにおかしい。俺は乃蒼や鈴菜と……なんてこいつに話できるわけないか。
確かに雫は可愛いかもしれない。
水に濡れた銀髪はまるで貴金属か何かのように綺麗な光沢を放ち、その人形のように整った顔を一層際立たせている。幼さを残す体つきは、まるで人形か何かのようにかわいらしい。
幼稚園のお遊戯会でこんな女の子を見つけたら、我が子のように全力で応援したくなる……そんな美少女である。
でも俺の中では乃蒼の方が上。雫が天使だとしたら乃蒼は女神だ。
はぁ、乃蒼かわいいなぁ。
「おい」
雫が浮輪で俺に体当たりをしてきた。
「ほ、ホントに何も感想ないのか? は、ハードル上げたことは謝るから、ほら、何でも感想言ってみろ」
「しずしず、たっくんにあんまり無茶言ったら駄目だよ。似合ってるよ。あんなに頑張って水着選んでたんだもん。たっくんに褒めてもらいたかったんだよね?」
「りっ、りんごは意味の分からないことを言うっ! カスタマーの意見をふぃーどばっくするのは常識! りんごは憶測と悪戯でおかしなことを言っている。天誅だ。くらえ必殺ヒトデあたっくっ!」
「ひゃああああああああっ!」
雫は水中に転がっていたヒトデを掴み上げ、りんごへと投げつけた。
運悪くそのヒトデはりんごの胸あたりに張り付いてしまった。相当気持ち悪かったらしく、りんごは震えながら海水へと倒れこむ。
なんて非情な女だ。あの怒りの矛先が俺に向かないよう、さっさと退散して……。
「くらえ必殺イソギンチャク!」
べちょ、と水に濡れた何かが俺の肩に乗った。見ると、そこには薄黄色のイソギンチャクが……。
う、おおおおおおおおおおっ! きもきもきもきもきもおおおおおおい!
こいつを投げたのは雫じゃない。いつの間にかここに駆け寄ってきたらしい一紗だった。
「おっ、お前、なんてことするんだ。毒があったらどうするんだ!」
「治してあげるわよ、回復魔法のヒールで」
「そんな魔法はないっ!」
ありそうでなかった魔法、回復・蘇生魔法。
許さん、許さんぞ一紗!
「くらえ必殺ナマコっ!」
「きゃっ、ちょっとやめなさいよ! 気持ち悪いじゃない」
「死ねええええええええええええええ」
俺は怒った。
もう一紗なんて知らない、ナマコに塗れてエロ同人の触手プレイみたいになってしまえばいいんだ。
「あの、匠君。私たちのこと、無視、かな?」
「君のために一生懸命水着を選んできたのに、この仕打ちは予想してなかったな。一紗とはずいぶんと楽しそうにしてるね」
鈴菜と乃蒼が俺にイソギンチャクを投げてきた。
無視してたわけじゃない。俺は一紗から離れた、ただそれだけなんだ。それに一紗と仲良くしてたわけじゃない。乃蒼や鈴菜に『死ね』なんて言えないし……。
「え? ええ? なんで乃蒼や鈴菜まで?」
「こうすれば、匠君が喜ぶって。一紗さんが教えてくれたの」
「ふふっ、そうだね乃蒼ちゃん。喜んでくれるよきっと」
あ、鈴菜のやつ俺が嫌がってるってわかってるな。分かってわざとやってる。
その後、みんなして俺にイソギンチャクやナマコ、ヒトデを投げつける遊びが続いた。
気が付けば10万字を超えました。
文庫本一冊分ぐらいか。




