屋敷で過ごそう
例の毒殺未遂事件から三日が経過した。
幸いなことに乃蒼の力によって全員が健康を取り戻し、何不自由なく日常生活を送っている。後遺症みたいなのが残らなくてよかった。
しかしすべてが終わったというわけではない。つぐみの読みが正しいなら、まだ、俺たちを狙う何者かが息をひそめているに違いない。
したがって、俺たちは身を守るため、しばらく屋敷で過ごすことにした。
といっても、つぐみは大統領官邸だ。彼女の仕事はそう簡単に代えが効かないからな。
要職に就くつぐみには毒見役が付いている。官邸で食べる食事には必ず彼女たちによって一旦食され、しばらくしてから彼女の元に送られる。遅効性の毒でなければまず問題ないだろう。
俺はそれを見て『やり過ぎだ』と苦笑いしてたのだが、今回の件で認識を改めなければならないようだ。
つぐみに関しては問題ないと思う。
問題は俺たちだ。
自白した犯人は鈴菜やつぐみを狙ったと言っていたが、彼が犯人でないと仮定するならどこまで信じていいか分からない主張だ。狙われていたのは一紗かもしれない、亞里亞かもしれない、そしてもちろん俺かもしれない。
身を守らなければならないのだ。
この屋敷は安全だ。
魔族が攻めてきたり巨人がやってきたりといったレベルではそうでもないのだが、少なくとも人間同士での争いならかなり信用が置ける。周囲の森は見通しが悪いものの、敷地の中は綺麗に芝が整えられた見通しの良い場所。不審者がいればすぐに発見できる。
そもそも近衛隊が警備しているこの状況だ。万に一つも問題は起きないと思う。
したがって、俺は家で過ごすことになった。もちろん他の女子たちにも事情を説明して、俺と一緒にいてもらう。いつまでもこの状態でいるわけにはいかないが、しばらくは休憩ということで余暇を楽しむことにしよう。
などと思っていたのだが……。
「暇だな……」
勇者の屋敷、自室にて。
すでに時刻は昼頃だ。俺は部屋の中で体操したり少し廊下に出たり腕立て伏せしてみたりいろいろと試してみたのだが、この空虚な時間を埋めることはできなかった。
平和な時代と言えど、冒険者ギルドには依頼が絶えない。俺はそういった困ってる依頼主を助けることによって、勇者としてのアイデンティティを保っていたような気がする。
そして暇なのは俺だけではないようだ。
特に何をするというわけでもないが、みんな俺の部屋でぼんやりとしている。もともと子猫と乃蒼を除き、ほとんどが平日にはどこかへ出かけている。こうして家で待機などということをいきなり言われても、暇なのだ。
「うーん、リンカとエドワード」
かわいい娘と息子たち二人と戯れることにしたいのだが……。
なんとなくみんなが集まっている俺の部屋に連れてきているのだが、息子たちはすぅ、すぅ、とかわいらしく寝息をたてている。
数時間前まではうるさくて大変だったのだが、今はすっかりと眠りについている。まだ体のリズムが整っていないらしく、昼に寝て夜に泣き叫ぶこともよくある。忙しい時には忙しいのだが、こうして寝てしまったら余計な刺激をしない方がいい。
むむむ、家で過ごすというのもなかなか難しいものだな。この世界にはテレビもゲームも漫画もないからな。
「童心に帰って鬼ごっこでもやってみるか?」
「一人でやってろバカ」
雫が俺に冷たい。ちょっと冗談言ってみただけじゃないか……。
「じゃあお前何か対案だせよ」
「なぜ私がお前に命令されなければならない。自分の無能を棚に上げて他人に頼るのか?」
「…………はいはい、分かったから他に何か案はあるか?」
俺は他の子たちに話を振ってみた。
「ミーナさんを着せ替えて遊びましょう」
「りんごがケーキを作るから、みんなで一緒に食べよー」
「みんなでセッ〇スっ!」
「みんなでネコと遊ぶにゃ。かわいくてもふもふで幸せにゃ」
「わたくしが提唱する〈勇者教〉公認の修行を行いましょう。悟りを開けば神への道が……」
「おままごと! みんなでおままごとしたいのっ!」
「うふふふ、野外プレイなんてどうかしら? ここの敷地には使用人も多いわ。中庭なら必ず何人かに見つかって……」
数人論外な奴がいるけど、まあまあ有意義な意見が集まったのではないかと思う。とはいえみんながバラバラなのは調整が難しいところか。
「時間はあるんだから、一つずつ(まともなのを)消化していくか。りんごがケーキ作りたいっていうなら、材料を……」
不意に、俺は言葉を止めてしまった。
深い意味のない動作だった。野外プレイなんて咲が言うものだから、なんとなく……中庭を見てしまっただけだ。
「ミカエラ?」
窓の外、ちょうど庭のあたりに立っているのは、桃色の髪の少女――俺のクラスメイトであるミカエラだった。
先のヨーラン反乱事件で最も重要な参考人として、指名手配されている。俺たちの敵である可能性もある。
(敵? 攻めてきた?)
瞬時に警戒心を上げた俺だったが、すぐに冷静になる。
曇り空の中、俯くように庭に立っているミカエラは、とてもではないがこれから戦いを仕掛けるような様子に見えなかった。何かを悩んでいるような、あるいは悲しんでいるような、そういった負の雰囲気を身に纏っている。
「ここから、聖剣で攻撃すればいいんじゃないかしら?」
俺と同じように彼女の様子を見ていた咲が、物騒な発言をする。確かに今この場で攻撃をしかければ、完全に不意を付けるだろう。
しかし――
「よしてくれよ。まだミカエラが悪人って決まったわけじゃない。敵意を見せてないなら、普通に事情を聞くだけだ。みんなは危ないからここにいてくれ。俺が一人で事情を聞いてくる」
俺は部屋の外に出て、ミカエラのもとへと向かった。




