百羽鸛
ダークストン州での観光を終えた俺たちは、そのまま屋敷に戻った。道中馬車で揺られていたが、大きな問題は何も起きなかった。
知り合いへ適当に土産を配り、特に何事もなく日常へと帰ることとなった。
今日も新しい朝が始まる。
「う……ううぅん、う……ん」
朝。
遠出の疲れも未だ癒えない、そんな旅行帰りの翌日。俺はいつもの巨大ベッドでクラスメイト達と一緒に一夜を共にした。
旅行疲れを感じさせない夜の営み。しかしその後はさすがに疲労がたまったのか、死んだように寝てしまっていた。
さて、たまには早起きでもしてみるか?
カタカタカタカタッ!
……と、今まさに起きようとしていた俺の耳元に、聞きなれない異音が響いてきた。
な……何の音だ? 誰かこんな歯ぎしりする奴がいたのか? ちょ……ちょっと引いてしまうレベルなんだが。
……いや歯ぎしりやいびきなんて関係ない。俺は彼女たちを愛しているんだ。ありのままの嫁たちを受け入れてみせるっ!
俺は目を開けて、その音源を確認することにした。
そこには、コウノトリがいた。
「は?」
一匹ではない、数十匹、いや百匹近くいるかもしれない。俺の寝室はとてもとても広いのだが、動物園の檻じゃない。床やテーブル、果てにはベッドの中にまで侵入してきたコウノトリは、所かまわず土足で歩き回り、フンをして、くちばしでつついていた。
カタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタ!
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッッ!
と、コウノトリは自分のくちばしを叩いて鳴らしている。先ほどまでの異音は、どうやらこれだったようだ。
…………。
…………。
…………。
「な……なんだこれええええええええええええええええええええええええっ!」
思わず、そう叫んでしまった。
尋常ではない俺の叫び声に、クラスメイトたちは次々に目を覚ました。
「きゃああああああああっ!」
「え? え? ええ?」
「……〈グリューエン〉、焼き鳥にして(ムニャムニャ)」
「にゃあああああ、私のネコミミが……」
「まさかこれが神の奇跡? 匠様が目覚めると、大地から鳥が生まれ……伝説ですわね」
嫁たちも大騒ぎなんてもんじゃない。いや分かる。俺だって朝っぱらからこんな光景を目の当たりにしたら気が狂ってしまいそうだ。
とはいえ大騒ぎしてもどうにもならず、この数を剣や魔法で虐殺していくわけにもいかない(寝ぼけて焼き鳥にしようとした一紗は俺が止めた)。俺たちはベッドを最後の拠点として、籠城するしかなかった。
なぜこんなことになったのか?
考えるまでもなく、俺は犯人が分かっていた。こんな非常識かつ大胆なことをしでかす俺の身内は、たった一人しかいない。
「お前かあああああああああああっ!」
西崎エリナ。
すでに起床したその金髪少女は、俺たちとコウノトリが戯れている様子に満足だったらしく、満面の笑顔だ。
おまけに着ている服も泥だらけで、手には縄や大型の虫取り網を持っている。どうやらコウノトリを捕まえてきたらしい……。
ぐうの音も出ないほどの問題児。
そういえば昔、俺の股間に火をつけようとしてたことあったよな? 比喩じゃなくてマジで。頭のおかしい女の子だと思ってはいたが、まさかここまでやるとは……。
「何やってんだよエリナッ! ここは動物園じゃないんだぞ! 捨てコウノトリ百匹偶然見つけて持って帰ったのか? そんなわけないよな?」
「あたしが昨日の夜集めたっ!」
びしっ、と鼻を高くしながらポーズを決めるエリナ。一体どういうつもりなのかは知らないが、彼女の中ではとても誇らしいことになってるらしい。
わ……わけが分からない。
夜に百匹集めたのか? あり得ない……いろいろありえないがこいつのことだからやってしまったのだろう。
問題は……。
「どうしてこんなにコウノトリを集めたんだエリナ? まさか俺たちに嫌がらせをするためじゃないよな?」
「みんなが匠君の子供を授かれるように、コウノトリを連れてきたっ!」
「え?」
「コウノトリは子供を運んでくる! あたしはみんなが子宝に恵まれるように、コウノトリをいっぱいいっぱいここに集めた!」
エリナ……。
俺たちの夫婦が子宝に恵まれるように、コウノトリを集めてくれたのか?
くそっ、なんていい子なんだ。乃蒼の件でいろいろと思うところがあるからな。千羽鶴みたいに(一桁少ないけど)コウノトリを……。
カタカタカタカタ!
カタカタカタカタカタカタカタカタ!
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッッ!
うるさいいいいいいいいいいいいいいいっ!
ダメダメダメダメ! ちょっと俺を感動させても絶対に許さない! 野生の鳥がうじゃうじゃ部屋にいてフンとか羽毛とか撒き散らして、おまけに外を飛んでた鳥だからそれなりに臭う。……ちょっと気持ち悪いんだが……。
「気持ち悪い……」
……と、手元に口を当てる雫がいた。
「ほら、雫だって気分悪くなってるじゃないか。エリナ、何事にも限度があるんだよ」
「匠君! すごい! 雫さんがコウノトリの力で妊娠した!」
いや……確かに漫画とかで吐き気があったらそれ大体妊娠だけどさ……。今お前が引き起したこの状況がすでに気分悪くなるわけで……。
俺も今若干気持ち悪いんだが……。
「……んなわけねーだろ。いいから早くこの鳥を野生に返してくるぞ」
この後、俺たちは野鳥を野に返す作業&部屋の掃除に追われたのだった。
鳥のせいで吐き気を催した雫。
その時は、そう思っていた……のだが。
その日の午後、雫の妊娠が発覚した。
もちろんコウノトリのせいじゃない。自然の営みの結果だ。
現在妊娠四週目とのこと。例の鳥事件がなかったら発見がもう少し遅れてたかもしれないな。
雫には体を大事にしてほしい。冒険者ギルドでの仕事も少し控えてもらう。
ちなみにエリナは地下の牢屋で一日反省することになった。これを機に真人間に更生してほしい。
まぁ、無理だろうけどね。
※プライバシー保護のため、音声は加工しています。
闇深き小説、『クラスの女子全員+俺だけの異世界召喚』に新たな疑惑が!
被害を訴えるS原N蒼さんに、本紙がインタビューを行いました。
――例の小説に実在のクラスメイトの名前が使用されている、とのことですが。
N蒼「はい、私と同じクラスの女子の名前がそのままです。キャラクターの外観や性格も少し似ていると思います」
――勝手に名前を使われて不快であると?
N蒼さん「名前を使われること自体はそれほど抵抗がありません。ただ、私の同じ名前の女の子がスカートたくし上げたり、『ぎゅってして』とか『あんあんあんっ』とか、最後には妊娠までして……もう本当に気持ち悪くて……」
――S条君とはどういったご関係ですか?
N蒼さん「話したことありません。あの人休憩時間いつも机に伏せてて、友達いないんじゃないですかね? ただ、時々ニチャァっと笑いながらこちらを見てるのが……」
――M影君みたいですね。
N蒼さん「はい。あれが彼本来の姿なんんじゃないかと思います」
――最後に、本紙を通してS条君に何かメッセージを。
N蒼さん「S条君、女の子は道具じゃありません。嫉妬もします、恋人を選ぶ権利もあります。同性の私から見て小説上のN蒼はオタク向けゲームのキャラクターみたいです。あなたはもっと人とコミュニケーションをとって、まともな人間になってください」
※この物語はフィクションです。




