ダグラスの回心
結局、その日は適当に周囲を散策して、一日を終えた。
ダークストン観光、二日目。
泊まった宿は豪華で、夕食も朝食も豪勢だった。
こんなにも贅沢していいのだろうかと不安だったが、これも復興の一環だとつぐみや村長が説得してくれた。『こうやって地方の特産品を消費することがこの地域のため、みんな高価な贈り物ができて喜んでる!』などと言っている。
こんな風に腐った政治家が生まれていくのかなぁ、などと庶民の俺は考えてしまうわけだが……気のせいだと思いたい。
いつまでも宿に留まっていても意味がないため、朝食が終わったあと俺たちは外に出ることとなった。
「今日はどこに行こうか。町から少し離れたところがいいよな」
この辺は俺の石像ばっかりあるからいやだ。こいつらの見えないところに移動したい。
「有名な自然とか川とか海とか、その辺りがいいんじゃないか?」
一紗と璃々はお腹に子供がいるからな。登山とかそういうレベルの重労働は避けておこう。
「ダークストンはかつて港町としても有名だった。復興が始まった今では、マルクトとの交易も盛んになっている。港の方なら珍しい食べ物や交易品があって楽しめるんじゃないか?」
と、つぐみが提案してきた。
ふむ。
海沿いなら俺の石像ないよな? きっとそうに決まってる。
「じゃあ海岸に行こうか」
ここからでも海は見える。移動距離は二キロ前後といったところだろうか。
俺たちは歩き始めた。
港に近づくにしたがって、徐々に人の往来が激しくなってくる。州都の中心地が観光名所であるのに対し、こちらは貿易重視の港町のようだ。
ふむふむ、予定通り石像が少なくなってきた。やはり人が住んでる場所にまであんなもの建てないよな。予想通りだ。
まあ……時々建ってるのは目を瞑ることにしよう。
活気にあふれる大通りを歩いていると、ふと、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「あれは……ダグラスさん」
魔族、ダグラス。
かつて悪魔王イグナートの配下として、この州へ侵攻した高位魔族。魔族大侵攻終結後は、この州の復興に全力を注いでると聞いていたが。
広場の中心に立つダグラスは、おそらくは観光客らしき多くの人々の前で何かを話している。
昨日あった州知事さんみたいに、観光案内みたいなことをしているのか?
ここの地域に貢献している姿は、本当に喜ばしいことだ。
「僕は悪魔王イグナート様の配下として、この地にやってきました」
……なるほど。
経験者として、あの戦争を解説する役割を担っているらしい。
かつての彼であったら、ひどく恨まれていたかもしれない。しかし今はすべての敵魔族が駆逐され、平和な時代になった。
人は現金なものだ。どれだけ悲惨な事故や戦争の話も、時間がたてば経験の伴わない物語と化してしまう。地球でも多くの戦争や災害が物語や観光のネタにされてきた。
不謹慎だ、と言えばそれまでかもしれない。
でもそれすらも復興に利用としようという、ダグラスの必死さが伝わってきた。別に魔族の侵攻を賛美しているわけじゃないから、これでいいんだ。
彼の話を聞いて、俺もあの日の思い出に浸るとしよう。
「多くの魔族を率いて、戦場を駆けました。グラウス共和国率いる大軍と僕たち魔族の戦闘は熾烈を極め、多くの犠牲が払われました」
そう……だな。
俺たちは無事だったが、多くの兵士が犠牲になった。何も生まない、死ぬための戦いであったような気すらする。
それに比べて、今は平和そのもの。彼と戦った日のことは、まるで遠い昔のようだ。
「奮戦していた僕のもとに、突然、天からの眩い光とともに下条匠の声が聞こえました」
ん? なんだぞれ? 突然創作っぽい展開になってきたぞ。
そ……そういえば、後で聞いた話だが、ダグラスさんは俺の言葉で目が覚めてイグナートに反乱を起こしたらしい。
えっと、確か『なぜ自分の命を大切にしない?』だったか?
「『ダグラス、ダグラスよ。なぜ私(たち人類)を迫害するのか?』。あれは確かに下条匠の声でした」
…………おい。
なんだその神が心に語りかけるみたいな発言は? それ完全に俺じゃねーだろ。
「そして僕は突然、両目が見えなくなりました」
俺TUEEEEEEEEEEE! 呪いの力で魔族の副官を戦闘不能にしたぞ。そんなことできるなら初めからやっておけよ……。
「その後、聖女亞里亞様の祈りで目からうろこが落ちて見えるようになりました」
目……目からうろこって……。
「匠様名場面集――『ダグラスの回心』。教団の間でも人気のシーンですわ」
自慢げな亞里亞。
いやお前が捏造したんだろ。そんなシーンはない。もうこのやり取りは何度かあったため、俺はいちいち反論する気力をなくしてしまっていた。
「うおおおおおおおおおお、匠様っ!」
「魔族すらも回心させてしまう我らの神、やはり偉大なお方」
「匠様はいつも我々を見ています。平和に仇なす者は罰せられるのです」
めっちゃ捏造なんだけど……ものすごく受けてる。
この様子だと、この話がダークストン州の観光にかなり役立ってるんだろうな。今更嘘です捏造でって言って水を差したら、悪者になるのは俺なんじゃないのか?
ああ……全知全能の神なのに何もできない俺。
その後、しばらくして話を終えたダグラスに声をかけた。
適当に話をしていたら、ダグラスからこの周辺を案内しようかという申し出を受けた。
あまり仕事に忙しいダグラスを拘束してしまうのもあれだが、少しの時間なら付き合ってもらってもいいだろうという結論になった。
ここで俺と一緒にいることは、魔族という異種族である彼にとってもプラスになると思うから……。




