ダークストン州訪問
ダークストン州へ行くことになった。
かつて悪魔王イグナートによって壊滅的な被害を受けた共和国第二の都市、ダークストン。究極光滅魔法の恐るべき威力は、今なお復興中の都市に深い傷跡を残している。
しかし最近は魔族大侵攻が終結して、世の中は平和な雰囲気になった。ダークストンもその例に漏れず、多くの人々に笑顔が戻ったらしい。
俺たちがここに向かうのは、復興を確認するためでもあり、招待を受けたためでもあるが、単純に観光的な意味合いもある。思えば屋敷のクラスメイトも増え、結婚式まで開いて、新婚旅行的なものが何もなかったからな。
ミカエラの件といいヨーランの件といい、平和だったはずの世の中に不穏な気配を感じるようになってきた。直に忙しくなるかもしれないから、今のうちに英気を養っておこうと思ったのだ。
「そろそろか?」
家族全員で馬車に揺られながらの旅。首都からそれほど距離はないものの、なかなか窮屈な旅だった。
さて、窓の外はダークストンだ。
俺は新鮮な空気を吸うために、馬車の窓から顔を出した。
どうやら州都の門までたどり着いていたらしい。門、といっても防壁のような立派な建造物ではなく、ぼろぼろの石壁跡に木の柵で補強された程度。復興途中だからこの辺りは仕方ないだろうな。
そしてその門に掲げられている旗を見て、俺は驚きのあまり息をのみこんだ。
「ゆ……〈勇者教〉……だと」
聖剣をモチーフとしたそのシンボルは、〈勇者教〉のもの。俺を神として崇めるが俺の言うことを何一つ聞いてくれない邪教である。
「勇者様ああああああああっ!」
「どうかこの町に祝福を」
「奇跡を……」
住民たちの熱狂が聞こえる。
「ふふふ、信心深い皆様からの熱烈な歓迎ですわね、匠様。信者を増やしたかいがありましたわ」
ドヤ顔の亞里亞。何がそんなに誇らしいのかと……。むしろ自重してほしい。
な……なんということだ。魔族の侵攻に住まいを失った心弱き人々に付け込む邪教――〈勇者教〉。お前たちに人を思いやる心はないのかっ! か弱い信者たちをお布施で搾取する悪魔どもめっ!
……いやお布施とかあるのか知らないけど……。
うう……ううううぅ、頭が痛くなってきた。ここではどんな邪悪な儀式が行われているんだろうか?
中央広場に泊まった馬車。俺が降りるとともに、歓声は一段階強くなった。
ああ……乃蒼と雫がふらふらしてる。とはいえ気持ちは分かる。こんなに人に囲まれたら俺でも倒れてしまいそうだ。
「ようこそようこそ、勇者様とその奥方様」
出迎えてくれたのは、身なりのよい初老の男性。この都市の権力者だろうか?
つぐみが前に出た。
「お久しぶりです州知事殿。以前の合同結婚式以来ですか? 出迎え感謝します」
「大統領閣下におかれましたは、毎日多忙な日々を過ごされていると拝察いたします。田舎者の拙いもてなしでございますが、勇者様や閣下のお気に召すよう誠心誠意……」
か……硬い。この人大丈夫か? 不敬罪で死刑になるなんて思ってないよな? そんなことないぞ。もっと軽く考えてほしい。
州知事は民主主義的に選挙で選ばれるものの、最後に任命をするのはつぐみだ。急にクビにされたりすることはないとは思うけど、権力者にご機嫌を取っておこうということか。
しかしこうも緊張されては今後の旅行に支障がでるな。一言言っておかなきゃ。
「あ、あまりかしこまらなくていいですよ州知事さん。今日は勇者も何も関係なく、ただ観光にきただけですから。案内とかもいらないので」
「……助かります」
多少は効果があったかな?
「では簡単な説明だけして、退散しようと思います」
州知事は後ろを振り返ると、少し離れた位置にある石像を指さした。
俺の……石像?
「こちらは勇者様方の威光を称えるため、各地に設置した石像になります。中でも村のモニュメントとして建造された10M級石像は、この都市の観光になくてはならない存在です」
町の中心部を眺めると、建物の合間を縫うようにその石像が立っている。間違いなく、俺の像だ。でかいやつ以外にも……門の前や噴水の中心や公園の入り口や……いろいろなところに置いてある。
いやいやいや、俺はどこの独裁者だよ。そのうち革命が起こって、この像が引きずりおろされるんじゃないだろうか。
「なにこれーお兄ちゃんの彫刻がいっぱーい! きゃははははははは」
陽菜乃が石像の一つに駆け寄った。何をするのかと思ったら、クレヨンで落書きをしていた。
ひでぇ……。
「こら陽菜乃、公共の建造物に落書きをしてはいけません。バイロンさんに言いつけるぞ?」
「……はい、ひなはいい子になります」
素直でよろしい。
だが悪い子は一人だけではなかったようだ。さっきの陽菜乃と同じように、今度はエリナが石像へと悪戯をしている。
「エリナ、俺の頬にチ〇コ描くのはやめろ……」
「…………」
「いやコウノトリでも駄目だから……」
描く内容の問題ではない。
「あ、あたしの像がある」
よく見ると、俺の像と並んで一紗の像があった。
「わ、私の像まで」
「りんごもだー」
俺だけでなく一紗、雫、りんごの石像まで建てられていた。小鳥の像が見当たらないのは、時期的にまだ仲間になっていなかったからか。
弓を構える雫の石像は、今にも動き出しそうで躍動感があり芸術的だ。俺の偉人独裁者っぽい構図の奴よりも出来がいいような気がする。
雫のくせに生意気な……。
「この雫の石像、少し盛り過ぎじゃないか? こんなに凛々しくないし、背だって高くないし胸だって……」
「お前の石像もバカ面を再現できてないと思うがな」
「でも本人の偉そうなところには忠実よね」
雫、一紗、お前たちは俺の悪口ばっかりだな。生まれる前から一紗の子供にこんなことを聞かせてしまって大丈夫なのだろうか?
結局、その日は適当に周囲を散策して、一日を終えた。




