癒されるペット
……咲に逆レ〇プされた。
悲しい。
適当に俺を使って楽しんだらしい咲は、朝になる前にすぐに鎖を解いて解放してくれた。俺は拘束が解けるとともに自らの痴態を恥ずかしく思い、そのまま逃げるように自分の部屋へ閉じこもってしまった。
が、いつまでも引きこもっているわけにはいかない。今日も新しい一日を始めるとしよう。
「あ」
「む」
「たっくん?」
一紗、りんご、雫と廊下で鉢合わせする。
「一紗、今日は大丈夫か?」
「ええ、今日はね」
つわりで苦しんでいた記憶が新しいものの、今日の体調は良好なようだ。俺は良く知らないが、波のようなものがあるらしいな。
「あんた昨日の夜一人で寝てたんだって? 雫が寂しがってたわよ」
「べべべべべ別に寂しくなんて思っていない! 私は孤高を愛する大人の女だ!」
「あ~、しずしずかわいいな」
俺は旅やら子供の世話に疲れて一人で寝ていたことになっているらしい。咲の工作は万全だったというわけか。
マルクトのスパイに関してつぐみに報告しておいた方がいいかな?
いや、俺が余計なことを言えば争いの種になることは目に見えている。そして咲のことだからすぐまた新しい人物を送り付けてくるだろう。
平和に過ごしたいなら、黙っておくのがベストか。
……などと決意していたちょうどその時、廊下の先から新たな人物が現れた。
阿澄咲。
昨日俺をあんなに弄んだ美女。
「あらあら、下条君と長部さんたち。おはよう」
「おはよう」
咲と一紗たちはそれほど接点があるわけではない。挨拶も適当だ。
雫に至っては居心地が悪そうに目を逸らしている。こいつ俺や一紗たち以外がいるといつもこれだよな。
「うふふ、下条君。昨夜は楽しかったわね」
「……何の話かな」
「王妃様にそんな口を聞いていいのかしら? そんなに強がっても、体にしーっかりと調教したから無駄よ、ほら」
咲がその美脚を俺の前に突き出した。
「ペロペロペロペロ」
はっ!
王妃様……じゃなかった咲のハイヒールを舐めてしまったじゃないか!
……か、一紗たちが見てたぞ?
「く、靴が汚れてたからつい舐めちゃったよ! 俺って綺麗好きだからな!」
「…………」
「…………」
「…………」
く……苦しい。この言い訳は苦しすぎる。なんだその言い訳……。
「下条君はわたくしの美貌に虜となった奴隷よ。前妻の皆様方には悪いけど、彼のM心を刺激したわたくしの勝利ね」
「誰がMだ! そういうのじゃないから。な? みんなもそう思うだろ?」
確かに、さっきは反射的に失態を犯してしまった。
でもみんな、俺のこと信じてくれるよな?
と、俺は純真な瞳で一紗たちに訴える。
「そういえば……雫に罵られて喜んでたような……」
「かずりんに叩かれて嬉しそうにしてるところ、りんごも見たよ」
「小鳥にあんなにひどい目にあって喜んでるのは、愛を超えた性格の問題。私はお前のためを思って罵ってるんだ。クックックッ」
一紗、りんご、雫の援護射撃が俺を突き刺した。
………………。
めっちゃ信用なかった。いや俺が本当は喜んでますというその謎設定やめてくれないかな? 痛いものは痛いし辛いものは辛い。それが世界の真理だろ?
「…………」
どうやらここに俺の味方はいないらしい。俺は現実逃避するように、窓の外を眺めることにした。
はるか遠くに広がるのは巨大な王城。それを取り巻く城壁と、その外に広がる森。そして屋敷周辺のごく近い距離にだけ存在する、庭。
「モコ~、ご飯だよ」
空鍋をおたまで鳴らす音が聞こえた。庭を見ると、乃蒼が子犬に餌をあげている。
ドックフードなんてものはないから、基本的に残飯をあげているようだ。ただ鈴菜から話を聞いて、タマネギみたいにイヌにとって毒性のあるものは控えるようにしている。
もぐもぐとご飯を食べる子犬と、それを眺める乃蒼。
ああぁー、子犬はいい。
見てるだけで癒される。世話をすることを考えると億劫だけど、こうして眺めているだけならなかなかほんわかしてていい光景だ。
一紗たちに傷つけられた心が、少しだけ回復したような気がした。
「匠君っ!」
と、俺を呼ぶ声が背後から聞こえる。
振り返ると、そこにはネコミミ少女――須藤子猫がいた。
「何か用か?」
「匠君が疲れるって聞いたにゃ。私たちが癒しを与えるにゃ。ゆけ!」
にゃー。
にゃー。
にゃー。
と三連続で流星のように俺の体へダイブするネコたち。子猫が飼っているクロ、シロ、ミケだ。
とっさのことで、避ける余裕がなかった。
「……ぐっ」
猫の体重でどうにかなるはずはないものの、爪が引っかかって少し傷ができた。
イタタタタ。ネコは嫌いじゃないんだけど……こいつらは……。
「……子猫、気持ちだけは受け取っておくから、少しこの三匹をどこかに遠ざけてくれないか?」
「…………」
この世の終わりのような顔をする子猫。
何ショック受けてんだよ……。
「あのイヌに負けるにゃ! イヌは敵にゃ! お前たち! この屋敷の主に失望されてただで済むと思うにゃ! これは戦いにゃ! 誰がこの地で一番かわいくてかしこくて尊い存在か、思い知らせてやるにゃ!」
「「「にゃっ!」」」
びしっ、と敬礼したように見えなくもない子猫たち。今度は三匹で円陣を組み、じりじりと俺との距離を詰めていく。
「…………」
なんなんだこいつら? 俺と戦闘したいのか?
「いやいや、そういうのいいから一人にしてくれ」
「…………」
黙ってる子猫たち。退く気はないようだ。
結局、その後ネコたちと「むむむ」とうなりながら神経戦を行った。何の意味もない疲れるだけの時間だった。
なんだったんだあいつら……。




