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クラスの女子全員+俺だけの異世界召喚  作者: うなぎ
黄昏編

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324/410

エリクシエルの予言書考察

 ここは天界。地上のはるか上に君臨する、天使たちの楽園。

 山頂の神殿には、エリクシエルが立っている。創世神としてこの世界で最も古くから生き、そして世界の支配者にふさわしい女性。


「…………」


 神殿の巨大水晶では、地上の動向を逐一確認することができる。ヨーランが起こした反乱の顛末も、エリクシエルたちは委細承知していた。

 

「ミカエラ……」


 と、エリクシエルは呟く。

 エリクシエルはミカエラが嫌いだった。神を崇めるためだけの存在である人間に情をかける彼女の考え方が……多くの天使たちと相いれなかった。彼女を下条匠が暮らす異世界に送り付けたのも、厄介払いを兼ねていた。

 だが彼女は必要な存在なのだ。切り捨てるわけにはいかない。


「……ままならないものですね、クリストファー」


 エリクシエルは隣に座っていた天使に話しかけた。


 色の白い少年だ。

 その長い白髪は目どころか鼻すらも隠れてしまうほど。白い衣から漏れ出る白い手足は、そのまま背景の雲と一体化して見えてしまってもおかしくない。

 猫背で椅子に座り込んだ彼は、ぼんやりと白紙を眺めている。左手に持たれた筆は全く動かない。何かを描こうとしているが、迷っているようにも見える。


「トゥー、トゥー、トゥトゥトゥ」


 この少年は未来の正天使、クリストファーである。

 彼は今、言葉をしゃべれる状態ではない。数多くの未来をその身に受け、理性が崩壊してしまったかのような印象を受ける。

 

「トゥー、トゥトゥトゥ」


 この奇妙な言葉は彼が未来を受信している時に発せられる言葉だ。何らかの意味を持つものなのか、それともただ単に声が漏れているだけなのかは分からない。


 今から約十年前、クリストファーによって示された未来予知――予言書バイブルは想像を絶するものだった。

 魔王と三巨頭の死、勇者の活躍。

 かつて『聖魔戦争』のおり天使たちを退け、地上の支配者となった魔王率いる魔族たち。その圧倒的な強さを誇る強敵が、この世界から姿を消すというのだ。


 エリクシエルは歓喜した。

 かつて聖魔大戦のさなかに失われてしまった、神としての地位。人類は創世神であるエリクシエルを崇拝し、、多くの神殿や石像が建設されていた。

 エリクシエル教は世界最高にして唯一の宗教であり、その神であるエリクシエルは絶対だった。

 魔族に倒されるまでは。


 しかし、魔族の滅亡はエリクシエルの復権を示唆している。

 すべては予言通り。そしてこれからもまた、予言書バイブルに基づいた未来が描かれていく。


 エリクシエルはその手に持っていた予言書バイブルを開いた。これはクリストファーが白紙に描いた絵をファイリングしてまとめたものだ。

 ミカエラがヨーランに渡したものは模写であり、こちらが原本である。模写には必要最低限の絵しか載せていない。

 

 エリクシエルは予言書バイブルを眺めながら、過去と未来に関する考察を行う。


 ――巨人の襲来とその迎撃。

 翼の生えたものたちの特徴から、これが勇者と称される下条匠たちであることはすぐに分かった。対する巨人の正体は不明だったが、魔族滅亡後なので魔剣か聖剣による仕業と推測。

 エリクシエルは静観する。

 後に描かれた予言により、人類文明が滅んでいないことは確認されている。巨人は何らかの方法で撃破・あるいは無効化されて問題が解決したということだ。

 この予想は正しく、勇者たちによって巨人が倒された。


 ――玉座に座るヨーラン、地に伏せる王と王妃。

 この絵に描かれた男がヨーランであることはすぐに特定された。彼は十年前の時点でも優秀な王家の傍流であり、野心深い軍の高官であった。

 エリクシエルは彼を支援することにした。それは自らを頂点とする宗教――エリクシエル教をヨーランの建国した国で国教にするためだ。

 しかしこの目論見は、下条匠によって破綻する。そしてその原因を生み出したのは、味方であるミカエラだった。優しすぎる彼女が、国王にすら情けをかけたのは最大の誤算だった。

 エリクシエルは戦略の見直しを迫られる。それと同時に、改めてミカエラに深い失望を覚えた。


 ――中央に描かれた天使と、それを取り囲む多数の針。

 この絵は奇跡の正天使エリックを示している。

 当初はヨーランの新王国に加担し、エリックを介して神の威光を示すはずだった。しかし前述のクーデターは失敗。エリクシエルは戦略の見直しを迫られる。

 今後は彼が地上侵攻軍としてヨーランを支援する予定だ。彼の力であれば魔王と三巨頭以外のあらゆる敵を倒すことができるはず。

 エリックの勝利に疑いはない。


 ――椅子に腰かける人間と天使、そして机に並べられたカード。

 これは天界の遊戯――〈エンジェル・フェザー〉を示している。

 エリックは最強であるが、すべての人間を屈服させることは不可能。彼の能力は大軍を倒したり拠点に侵入することには向いているが、逃げる敵兵を追撃するには不向きだ。

 前述のエリック戦で倒しきれなかった不穏分子。それを一網打尽にするために、〈エンジェル・フェザー〉が催されるようだ。

 

 そしてこの遊戯に参加する人物――


「下条匠とミカエラ、それに正天使ホワイトと……」


 〈エンジェル・フェザー〉は六人で行われる遊戯だ。ここからは立ち位置の関係で参加者の四人しか確認できないが、他にも二人いるということ。


「最後に……この子供」


 椅子に座る四人目の女性は、下条匠の嫁だ。そして彼女が抱えている赤子は、下条匠と嫁の間に生まれた子供。

 万全を期すならこの絵を忠実に再現する必要がある。したがってミカエラは必要な存在であり、下条匠たちも殺してはならないということ。


(…………)


 しかし現状の敵は下条匠ただ一択。彼を殺さないことに意味があるのかと、エリクシエルは時々悩んでいる。


 エリクシエルは次の絵を確認する。

 そこから先は単純明快。


 大地に巨大なエリクシエルの像が建設される絵。

 エリクシエルを称え百人のいけにえが海に投げ込まれる絵。

 人々が天使の前にひれ伏し、その姿を見ながらうれし涙を浮かべる絵。


 いずれも天使たちがこの地の支配者として君臨する、ユートピアの絵だ。エリクシエルの望んでやまない正しい世界が、クリストファーの未来地図に描かれている。

 この未来を完全なものにするため、エリクシエルは絶対に予言通り事を進めなければならない。ミカエラもヨーランも、そのための駒でしかない。


 エリクシエルは敵である下条匠を倒し、この世界の王として君臨するのだ。


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