エリクシエル教の影
咲と俺の関係が決まり、一件落着。
話はそれで終わりかと思っていたが、咲にそのつもりはなかったようだ。
「西崎さん、少し席を外してくれるかしら?」
エリナを名指しする咲。
「えー、なんでなんで? あたしいらない? 邪魔者?」
「特別にあちらの部屋に豪華な食事を用意してあるわ。そちらの兵士に案内してもらって」
「わーい! 食べる食べる」
性欲ほどではないが食欲もそれなりに旺盛なエリナだ。咲の申し出に喜び、兵士について行った。
「どうしてエリナを外したんだ?」
「なるべく少人数で話をしたいからよ。西崎さんは口止め難しそうよね」
「まあな……」
理性的な話は難しい。それがエリナというキャラだ。
エリナと別れた俺たちは、近くにあった貴賓室へと入った。
「あ……つぐみ」
そこには、先ほど退場扱いされていたつぐみが座っていた。暴れるわけでもなく、叫ぶわけでもなく、しっかりとした背筋で椅子に腰かけ、何かを考えているように見える。
「…………」
なんだなんだ?
さっきのギャグっぽい退場とは打って変わって、随分とシリアスな顔つきだ。何かあったのか?
俺たちの来訪に気が付いたつぐみは、すぐにアウグスティン陛下に目線を向けた。
「アウグスティン陛下、もう一度お聞きしたいことがある。窮地のあなたを助けた女は、『ミカエラ』という名前で間違いないのだな?」
ミカエラ。
外国出身の俺たちのクラスメイト。
ミカエラが国王を助けたのか?
「……余は異世界人ではないからな。そのミカエラという人間が咲と同じ異世界人であるかどうかは知らない。しかし余を助けてくれた女はミカエラと名乗っていた。見たことのない魔法のような力を使い、兵士たちを催眠……あるいは洗脳していたように見える」
「投降したヨーラン派の兵士から聞き取りを行ったわ。証言をもとに似顔絵を作ったものがこれよ」
咲はそう言って一枚の紙をテーブルに置いた。
そこに描かれていたのは、ミカエラとよく似た女性だった。ほぼ本人と言っても間違いない。
つまり――
「ミカエラは俺たちに協力して国王を助けてくれたのか? あとでお礼を言っておかないとな」
「事はそう単純な話ではない。匠……」
美談で終わる話ではないらしい。つぐみが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「そもそもミカエラは敵だらけのこの城にどうやって侵入した?」
「それは何かの魔法を使ったんじゃないのか? その催眠みたいな魔法で味方だと思わせれば自由に出入りできるだろ?」
「魔法を使わずヨーラン派と親密に話をしていたと報告を受けている」
まあ、誰にも見つからず全員に催眠魔法を使ったっていうのも無理な話だよな。使う前から出入りできた、と考えるのが自然か。
もしミカエラがそんな大規模魔法を使える味方なら、この醜いクーデター自体を止めてくれてるはずだ。
というか普通の人間は精霊に属する自然っぽい魔法しか使えない。催眠・洗脳なんて性質の魔法は魔族の扱う純魔法のカテゴリだ。それを扱える時点で少し怪しい……。
「つまりミカエラがこのクーデターにかかわってるってことか?」
「かかわっているだけならまだいい……」
「ヨーランは野心深かったけど優秀で慎重な男だったわ。わたくしがあの男を西のへき地へ左遷した時も、内心では激怒していたでしょうにしっかり現地に向かってくれたのよ。あそこで反乱を起こしてくれていれば……話は単純だったのに」
ヨーランは咲によって左遷扱いで貴族の監視任務に就いていた時期がある。単純バカならその時点で反乱を起こしたり抗議したりしていたはずだ。
ある程度は我慢したり感情を抑えたりする力のある人間。俺と対峙したときはもう敗北寸前だったから、無駄だと悟って内心をぶちまけていたのかもしれない。
俺は背筋に冷たいものを感じた。
嫌な想像をしてしまったからだ。
「……ミカエラはこのクーデターを扇動した疑いがある。たとえそうでなかったにしても、ヨーランにそれを決意させるだけの何かを示していた」
「赤岩大統領の言う通りよ。実際、あの女がヨーランの屋敷に出入りするようになってから、わたくしの仲間も殺されてるわ。新興宗教、エリクシエル教の司祭を彼女は名乗ってたわ」
「エリクシエル教……」
その言葉、つい最近聞いたぞ。
「そういえばヨーランが言ってた。エリクシエルについて……」
「なんて言ってたのかしら?」
「『何がエリクシエルだ』って。信じてたのに裏切られたとか、期待外れだったとかそういうニュアンスだったと思う」
あれだけ怒ってたんだ。まさか変な駆け引きとかで嘘をついていたとは思えない。あれは本心から出た言葉だ。
そしてミカエラがエリクシエル教を信じていることは俺も知っている。結婚式の前に屋敷に来て、少しだけその宗教について話を聞いた。
まあ、亞里亞の乱入でその話はうやむやになってしまったが……。
「決まりね、ミカエラさんを国際的な犯罪者として指名手配。この国の冒険者ギルドに通達するわ」
「共和国でも対応しよう」
「……ちょっと待ってくれよ。いきなり指名手配なんて……。問答無用で殺されたりしないよな?」
「もちろん殺さないように念押ししてね。それなら問題ないわよね?」
「まあ……それなら」
俺は考えをまとめる。
かつて亞里亞はアスキス教に肩入れしていた。しかし彼女は教皇に利用されていただけであり、あの国や宗教の実態を全く知らなかった。
しかしミカエラはそうでない。単純な下っ端とか無知な人間ではなく、何か大きな意思のもとに自分の考えで行動しているように見える。しかもミカエラは不思議な力を使って国王を助けた。俺たち普通の人間が使うことのできない、特殊な力だ。
ミカエラは亞里亞のように利用されているだけというわけではない。明らかにこの件にかかわるメインプレイヤーの一人。
ミカエラが本当の敵……なのか?
「ヨーランの屋敷を捜索してみましょう。何か見つかるかもしれないわ」
「同感だ。匠も来てくれ」
俺、つぐみ、咲はそのままヨーランの屋敷へ。国王はいったん玉座へと戻ることになった。
ヨーランの屋敷。
そこにはいったい、何が隠されているのだろうか?
とりあえず規定違反の件は解決しました。
でも平日の月曜日にメッセージが来たため、若干投稿ペースが乱れてしまうかもしれません。




