国王と咲
国王が復帰したマルクト王国は、何の問題もなく日常を取り戻した。
すでに俺や軍の人々によって治安は維持されていてからの引継ぎ。もともと政治手腕も悪くない国王だ。敵のいない今となっては、障害となるものなど何もなかった。
そしてしばらくのち、俺たちがそろそろグラウス共和国に戻ろうとしたとき、城の国王から呼び出しを受けた。
マルクト王国王城、玉座の間へと続く廊下にて。
兵士たちに先導されながら、俺とつぐみとエリナは廊下を歩いていた。
「なんだろう。褒美でもくれるのかな?」
「警戒しておいた方がいいぞ匠、罠かもしれない」
「…………」
つぐみ、咲のこと好きじゃないみたいだからな。罠なんてあるわけないのに。
「あたしはもっと大活躍したかった! 北の方に逃げたラスボスを追っかけたい! 追いかけたい追いかけたい追いかけたい! うおおおおおおおっ」
と、今にも駆け出していきそうなエリナの髪を掴んで引き留める。
す、すまん。痛かったかもしれないが、マジで困るからやめてくれ。
「やめてくれよエリナ。俺たちは他国の軍なんだ。これ以上深入りしなくていいと思うが……」
「マルクトにはマルクトのプライドがある。匠の言うとおりだ。これ以上余計な口を挟まない方がいい」
つぐみも同意見だったらしい。
ともかく、もうすぐ咲のいる部屋へと着く。気を引き締めなければ。
「勇者様っ!」
「うおおおおおおっ! 今の見たか? 本物の勇者様だっ!」
「今、俺と目があったぞ!」
「勇者さまああああああっ! こっちを向いてくださいっ!」
時々、すれ違った兵士たちから熱狂的な声援を受ける。
うーん。ものすごい人気だ。
どうも俺が今回の事件で大活躍したことになっているらしい。確かに咲を救出したのは俺だけど、別に反乱全部を潰したわけでも国王を助けたわけでもない。ヨーランは逃がしてしまったしな。俺の役割なんて全体の一割かその程度。将軍や国王の方がよっぽどいい働きをしてる。
兵士たちの声を聴きながら、俺たちは玉座の間へと入った。
広い部屋に待ち受けていたのは、二人の人物。
国王、アウグスティン八世。
王妃、阿澄咲。
他はいない。
咲は例のクラゲのような透明ドレスを身に着けている。だから……ホント目に毒だからやめてくれって。下着も紐みたいになってるし、完全に露出狂じゃないか。
俺はすぐさま片膝をつき、頭を下げた。何度もやらなくていいと言われているが、一応筋は通しておきたいからだ。あと咲から目を逸らすためでもある。
「???? 匠君どーしたの? お腹痛いの?」
おいエリナ。偉い人の前だからお前もやるんだよ。つぐみはともかくお前もやらなきゃいけないんだぞこれ。
「かか、畏まらなくてよい勇者殿。そなたはこの国にとっても英雄。むしろ余の方が頭を下げるべきかと」
「……はい」
この手の不毛なやり取りはもう飽きた。国王自身がそういうのなら、俺も無理を通すつもりはない。
国王は玉座から立ち上がり、こちらに向かって歩き始めた。
俺と面と向かって何か話をしたいのか?
……などと考えていたが、突然、アウグスティン陛下が地面に倒れこんだ。
「陛下?」
病気か? と思いすぐに駆け寄ろうとしたが、どうやら違うらしい。
土下座だ。
猛烈な勢いで頭を下げて、床に頭を付けただけだった。
「勇者殿おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! どうか余の願いを聞いてほしい」
「は? はぁ?」
「この願いを聞いてもらえるなら、余はどのようなことでもして勇者殿に報いると誓おうっ!」
「あ……あの? なんだか分からないんですけど、とりあえずどんな願いか言ってもらえないですか?」
「咲を……抱いてくれないか?」
「は?」
瞬間、俺の時間が停止した。
咲を、抱く?
この場で、まさかこんな発言をされるとは思っていなかった。
「どういう……意味ですか?」
「勇者殿と咲の間に生まれた子を、余の子として育てたい」
ゆっくりと、陛下の言葉をかみ砕く。
俺に、子種だけ提供しろってことか?
「俺にヨーランと同じことをしろということですか?」
「……き、気を悪くしたなら謝る。しかしこれ以外に穏便な解決法が残されていないのだ」
必死に説明する国王。軽い冗談で流せるような雰囲気じゃない。
「す……すでに咲の子種候補が続々と名乗りを上げている。しかし王家の傍流にそう都合よく人材がいるはずもなく、無能な愚か者か性欲に身を任せた男のみ。老人も多い。若くても容姿が優れない場合も……。どれだけ子が必要だと言っても、咲が嫌がる男に預けるわけにはいかない」
「まあそれは……確かに」
「そっ、その点勇者殿であれば眉目秀麗一騎当千。英雄として名声も国民が喜んで国王に迎えるレベルに達している」
いや、俺はそれほど優秀ではないと思うが……。容姿も普通ぐらいで……。まあ、確かに名声だけは分不相応に上がってるとは思うけど……。
「余が女であれば勇者殿に抱かれることができた! しかしこの身は男。勇者殿と余では行為はできても子供を産むことはできない」
き……気持ち悪いこと言わないでくれ。
困ったな。この国王本気だぞ? 普通自分の妻を抱いてくれなんてお願いするか? これも狂気の〈勇者教〉のなせる業か? それとも追い詰められているだけなのか?
「咲、咲はいいのか? 国王こんなこと言ってるぞ。少しは反論しないと……」
「うふふ……」
妖艶な笑みを浮かべる咲は、流れるような動作で俺の腕に抱き着いてきた。
あ……当たってる。例の薄着ドレスから露出してる胸が……俺の腕に。
「わたくしを助けてくださった勇者様。あの日のことを思いだしながら、毎日一人で自分を慰めていたわ……。んっ」
彼女の熱い吐息が、俺の首筋に当たった。
「ねえ下条君、わたくし、あなたのこと好きよ。一緒に……気持ちよくなりましょう? この場でしてもいいのよ? ねぇ」
そう言って、咲は俺の下半身に手を当てた。撫でるように、愛でるようにゆっくりと体を押し付けてくる。
気持ちいい……。
これが国王をたぶらかした咲の実力か? まずいぞ……このままでは俺の理性が……。
「…………はぁはぁ、咲、勇者殿」
ちょ、陛下! 何ちょっと興奮してるんですか! あなたの妻が浮気してるんですよ! もっと怒り狂って奪い返してください!
「下条君、好き。愛してるわ。わたくし、下条君の子供が欲しいのぉ」
「嘘つけこの淫乱女がっ!」
と、俺の理性が吹っ飛びそうなったちょうどその時、声を荒げる者がいた。
グラウス共和国大統領、赤岩つぐみ。
忘れていたわけじゃないけど、エリナとつぐみも一緒に来てるんだよね……。
どうすんだ、これ?




