ヨーランの力
「ぐあああああああああああああああああああっ!」
自らの体の変化に苦しんでいるのだろうか? ヨーランは歪な悲鳴を上げながら、鎧を掻きむしっている。
「…………」
俺たちは、ただ唖然とするだけだった。
この男に一体何が起きているのだろうか? 変な病気? あるいは異世界にしかない諸刃の剣系必殺技? まさか悪魔にとりつかれた、なんてことはないと思うけど。
「がああああぁあああぁああああああ」
苦しみ悶えながらも、ヨーランはこちらへの殺意を収めていない。再びこちらにその剣を向ける。
魔剣ドルン。
先ほどまでの戦闘を見るに、おそらく茨を出現させ相手にたたきつける魔剣。一度退けた武器だ。〈真解〉でも使われない限り俺に勝てるはずがない。
だが今、体を変化させたヨーランに呼応したのだろうか、魔剣自体もその性質を変化させているようだ。
ヨーランは先ほどと同じように、魔剣ドルンを使って茨を出現させた。
黒い茨だ。
どす黒く変色したその茨は、まるで腐った肉。汚い汁を周囲に撒き散らしながらも、その独特の棘は健在だ。
見ているだけで気分が悪くなってきそうだ。毒でも持っているんじゃないだろうか?
「ヨーラン、お前……いったい何をした?」
普通、魔剣や聖剣の性質は常に一定だ。ヴァイスなら光、グリューエンなら炎、フルスなら流れる水といったように、その剣自体が持つ力に連なる技しか生まれない。
魔剣・聖剣は元となる人間の性質に依存する。そんなものはちょっとやそっとのことで変わるわけないから、剣の力は大抵同じものが維持されるに決まっている。
ならこの黒い茨は何だ? 毒々しいこの汁は? こんなものは前の魔剣ドルンにはなかったぞ?
幾多の魔剣・聖剣使いを見てきたが、ここまで著しくその性質を変化させる使い手を初めてみた。ヨーランはいったい何者なんだ? ただの将軍に……こんなことができるとは思えない。
「死ねやあああああああああああっ!」
再びヨーランが俺を攻撃してきた。腐った茨が一斉にこちらを向き、距離を詰めてくる。おまけに汚い毒液付きだ。
対する俺は――
「〈白王刃〉」
冷静に、〈白王刃〉を放った。
驚いた。
そこだけは素直に認めよう。ヨーランの体も、魔剣の性質が変わったことも俺にとって全くの予想外だったからな。
でも、それだけだ。
多少力が底上げされた程度で、勝てるほどの実力差ではなかった。
聖剣ヴァイスの必殺、〈白王刃〉はいくつもの白い刃を同時に出現させて一斉に攻撃する技である。
刃は盾となり、あらゆるものを通さない。
ヨーランの放った黒い茨は、白の刃に阻まれ原形をとどめないほどに切断されてしまった。それは彼の変身によって魔剣ドルンの性質が変わる前と同じ結果。
防がれたことがショックだったのだろうか。ヨーランは先ほどから微動だにせずこちらをぼんやりと眺めている。
いや、わずかに唇が……動いている?
「……は」
笑う。
「ははははは」
ヨーランは笑った。もちろん面白おかしいわけでも幸せなわけでもない。ただ、俺に攻撃が防がれてしまったというその事実を……心が受け入れなかったのだろう。
しばらく、ヨーランは空虚な笑みを浮かべていた。心がこもっていない、ただ何となく口から洩れているだけの……むなしい笑いだ。
だがさすがにしばらくして冷静さを取り戻したらしい。そして次に彼が示した感情は……憤りだった。
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおっ! なんでなんだクソったれ! 俺は選ばれた英雄なんじゃねーのかよ! 何がエリクシエルだ! くそっ、あの女め! 今度会ったら絶対に殺してやる!」
エリクシエル? あの女?
何の話だ? まさかこの反乱の裏には、別の人間がいるのか?
「何の話だヨーラン将軍? お前は誰かに操られていたのか? 黒幕は誰だ?」
「俺を操られた下っ端みたいに言うんじゃねぇえええええっ! 俺は王になる男だ! 誰の指図も受けねぇっ!」
ダメだ、完全に怒ってる。質問を素直に答えてくれる様子じゃないな、これは……。
「ヨーラン様っ!」
まずい。
さすがにヨーランが暴れすぎてしまったようだ。彼の命令を聞いて部屋の外でじっとしていた兵士たちが、一斉に部屋の中へとなだれ込んできた。
「こ、この男は……まさか」
「まさか勇者? こんなところまで……」
「ヨーラン様が危ないぞっ!」
俺の姿を見てもヨーランへの忠誠心を変えない。この周囲を見張っていたのは、よほどの忠臣たちらしい。戦の勝敗で主を変えるような奴らには見えない。
仕方ない。少し強引にでも逃げ切るしかない。
「咲、逃げるぞ!」
「え? ええ?」
俺は咲をお姫様抱っこして、そのまま剣を振った。
「〈白刃〉」
聖剣の刃は壁に簡単な穴を開ける。
俺は躊躇なくその穴から飛び降りた。
「きゃああああああああああああっ!」
咲の悲鳴が響く。
城という建物の構造上、天井は高く設計されている。この咲がいた部屋は二階で、下の階までの距離は約10M。そのまま落下すれば、死なないかもしれないが足の骨は砕けて障害が残るかもしれない。
もちろん、このまま馬鹿正直にケガをするつもりはない。
「〈白刃〉」
俺は〈白刃〉を地面に向かって放った。
重力と聖剣の余波。反発する二つの力が俺の体を一瞬だが静止させる。
そして、着地。
鳥が地上に舞い降りるかのように、静かな動きだった。
「下条君……すごすぎるわよ。漫画の主人公みたい」
「魔族を相手にすることに比べたら、大したことじゃない」
さて……と。
ここは……中庭の廊下近くってところか。周囲を見渡すと、武器を持った兵士たちがこちらを見ていた。
「勇者殿だっ!」
「王妃様もいるぞ!」
「ご無事だったのですか。ご安心ください、我々は味方です」
どうやらこの周囲はほぼ反ヨーラン派によって制圧されていたらしい。
そして上からヨーランが追ってくる気配はない。もともと劣勢だったところを見るに、どうやら完全に逃げてしまったらしい。
「勇者殿が……またしても伝説を」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」
大歓声に包まれながら、俺は国王派の兵士たちと合流した。




