咲発見
見取り図を手に入れた俺は、すぐに城の中へ潜入することになった。
兵士たちの諍いが起きている今がチャンス。そして早く咲を救出しないと彼女の身に危険が及ぶ可能性がある。
事前の情報通り、城の中は大混乱だった。どうやら国王逃亡の情報がこちらにも流れているらしく、ヨーラン派の統制にも陰りが見られる。放っておいても倒されそうな勢いだ。
だがそのまま野放しにしておけば咲の身に危険が迫る。のんきに自滅するのを眺めている時間はない。
俺は城の奥へと進んだ。
咲が軟禁されている部屋は、本人がもともと私室として使ってる部屋だ。部屋の配置的には城の二階、玉座の間近くに位置しており、兵士たちがたむろっている場所からは距離がある。
ここは完全にヨーラン派の支配下にある。人に紛れて、という感じで前に進むことは不可能だった。
そこで俺は切り札を使った。
聖剣フェアシュテッケン。
これは使用者の姿を隠蔽する聖剣。
こいつで隠れて、この場所までやってきたというわけだ。
それにしてもゼオンの聖剣・魔剣たちはすごいな。一本一本がお宝過ぎて、必要な状況で必要な聖剣を思い出せるかどうかが難しいところではあるが……。
しかしこの聖剣、俺の姿が隠れている時は常時解放状態だ。どれだけ俺が聖剣への適性が高いといっても、一時間も二時間も必殺技を撃ちっぱなし状態で耐えられるはずがない。
ここからは考えどころだ……。
ここが咲の私室か。
カーテンに閉ざされた薄暗い部屋。ベッドに腰かけながらぼんやりとしている咲は、何を考えているのだろうか? 自殺したりとかそんな雰囲気ではないが、やはり気力を失っているように見える。
俺は聖剣の力を抑え、隠蔽状態を解除した。
「咲っ、大丈夫か?」
「え? 下条君?」
普段余裕のある雰囲気をまとった咲にしては、珍しく気の抜けた声だった。
驚かせてしまったようだ。まあ、いきなり何もない空間から現れたわけだから、幽霊か何かに見えてしまってるかもしれない。
しかしさすが一国の王妃。咲はすぐに冷静さを取り戻し、何となく事情を理解してくれたらしい。
「陛下はご無事かしら?」
「ああ、問題ない。国王はグラウス共和国まで逃げてきたからな。今頃はつぐみと一緒に、軍に守られながらこっちに向かってる」
「そう、それは良かったわ」
咲は安堵したように息を吐いた。国王のことが気がかりだったようだ。
「その……。言いにくいんだけど、ヨーラン将軍には何もされなかったか?」
少しデリカシーに欠ける発言だったかもしれない。でも咲のこの様子を見る限り、大丈夫だと思うが……。
「わたくしの方は何も問題は起こっていないわ。外が騒がしいから、おそらくそんな暇すらなかったのでしょうね」
「確かに兵士たちは相当騒がしい。国王も逃げて、今が一番の佳境だろうな」
だがやがてはその拮抗も崩れる。負けると確信したヨーランは逃げるのだろうか? 無謀な戦いに挑むのだろうか?
「咲、俺と一緒に一気にこの城から抜け出すぞ。いいよな?」
「それはかまわないけど、どうやって?」
「少々手荒いが、聖剣を使って道を切り開く」
俺は聖剣を掴み、絨毯が敷かれた床を睨みつけた。
「下で争っている兵士たちには咲の味方もいる。まずはこのヴァイスを使って床に穴を開けて、一階に移動しよう」
「ふふっ、強引ね。ベッドの中でもそうなのかしら?」
冗談を言うほどに元気が戻ってきたらしい。いい傾向だ。
「危ないっ!」
咲が俺を突き飛ばした。
突然の彼女の行動を予想できなかった俺は、そのままベッドに倒れこむ。
そして俺が立っていた場所に、剣が振り下ろされた。
「…………」
剣を振り下ろしたのは、一人の男だ。
ぼさぼさの黒髪に鈍重な鎧を身に着けた大男。遠くから見ると、熊か何かと見間違えてしまうかもしれない。
「ヨーランっ!」
咲が叫ぶ。
まさかこいつが……ヨーラン?
どこから出てきた? いや、いつの間にかドアが開いている。外から聞き耳を立てていたのか?
偶然か、それとも俺のような侵入者を警戒したのか分からない。
ここで見つかりたくはなかったな……。
「もう終わりだ。終わりだぜおい。国王もいねぇ、歯向かう兵士は増える一方、そしてとうとう王妃まで奪われそうと来た。はははっ、なんだこりゃ。俺がバカみてぇーじゃねぇか」
劣勢を察しているらしく、自暴自棄になっているように見える。かといって俺たちを素直に見逃してくれるつもりはないようだ。
「くそっ!」
ヨーランは近くのベッドを蹴り飛ばした。
「くそっ、くそがっ! あの女にそそのかされなきゃ、俺だってもっと慎重にやれた! 何が〈エリクサー〉だ! 何がエリクシエル教だっ! 遊びじゃねーんだぞ!」
「俺たちを見逃してくれないか?」
素直に負けを認めてほしい。そんな気持ちからのセリフだが……。
「どけ」
ヨーランは素直に従うつもりなどないらしい。
「この戦争は俺の負けだ。俺ぁ仲間を連れて逃げるから、好きにしろ。だがその女は気に入らねぇから殺す」
自らの敗因を作った国王に復讐するつもりか? あるいは、ただ単純に咲が嫌いなだけ?
いずれにしても。
「断る」
俺は聖剣ヴァイスを構えた。
「咲は俺のクラスメイトだ。見捨てることなんてできない。大人しく負けを認めて俺たちを見逃せヨーラン。今すぐにでも逃げ出す方がお前のためだ」
「……お前、例の勇者か?」
どうやら、俺の正体を知らなかったらしい。直接顔を合わせたのはこれが初めてだからな。俺がこの間マルクトにいたときは、例の鉱山で貴族を監視してたみたいだし。
「くくっ、そうかいそうかい。俺もあんたの伝説の中のちっぽけな敵役っつーわけか。悲しいねぇ」
「…………」
「俺ぁ英雄になる男だ! 誰にも負けねぇ、負けちゃなんねぇ。勇者だろうがなんだろうが関係ねぇ。ぶっ殺してやるよっ!」
瞬間、ヨーラン将軍の殺気が増した。
来る……。




