王の威光
クーデター、そして国王の生存を知った俺は、咲を助けるためにマルクト王国へと向かうこととなった。
俺は馬を走らせ、短期間で首都へとたどり着いた。
「…………」
当然だが警備は厳重だ。
門の前には多くの人間が待機している。入国審査を厳重にして、敵の侵入を防いでいるのだろう。俺は彼らにとって敵みたいなもんだから……堂々とはいるわけにはいかない。
この列に並ぶか、それともどこか抜け道のようなものを探すか? あるいは協力者を……。
「勇者殿」
と、悩んでいた俺に声をかけてくる人物がいた。
フードを被った商人風の女性だった。
「大統領閣下より、勇者殿に協力するよう申し付けられました。何なりとご命令ください」
どうやらつぐみが放っていたこの国のスパイらしい。
俺、一応帽子被って顔を隠してるつもりなんだけどな。やっぱりプロの人が見たらばれちゃうのか。用心しないとな。
「咲の居場所は分かるか?」
「王妃は現在、城に囚われています。我々も直接姿を見たわけではありませんが、命に別状はないとのことです」
やはり殺されていなかったか。予想通りだったな。
「あまり悠長にしてる時間はないと思う。咲が処刑されることはないと思うけど、例の世継ぎの話があるからな。可能なら今すぐ助けに行きたいんだけど、できると思うか?」
「現在、ヨーラン派の兵士とそうでない者の争いが絶えず起こっているため、城に侵入すること自体は容易いでしょう。しかし王妃の周囲はヨーランに忠誠を誓う者たちで囲まれており、そこでは隠れきることは不可能かと」
「……そうか」
国王に逃げられたんだ。ヨーランも気が気じゃないんだろうな。その混乱に乗じて、城の中で余計な争いが起こっているということか。
放っておいても自壊してしまいそうなヨーラン勢力。しかしそれは逆に咲の身に危険が迫っていることを示しているかもしれない。
「…………」
聖剣を使えば倒すことは簡単だと思う。だがそんなことをすれば一発で俺の侵入がばれてしまう。加減を誤れば善良な兵士たちだって傷つけてしまうし、建物だって無事では済まない。
できることなら、誰にも気づかれず潜入して咲を助けたい。そんな都合のいい方法が……あるか?
「……少し俺に考えがある。とりあえず、城へ入れるルートを教えてくれないか? 見取り図かなにかも用意してほしい」
「かしこまりました」
考えた末に、ちょっとした作戦を思いついた。もう少し時間をかければいい案が思い浮かぶかもしれないが、今の俺には余裕がない。
「とりあえずここの検問を抜けましょう。私が秘密の通路へご案内します。見取り図はしばらく時間をいただけますか?」
「分かった」
三時間後、詳細な見取り図をもらった俺は、単身で城へと侵入する決意を固めた。
マルクト王国東方、国境付近にて。
総勢一万を超えるグラウス共和国軍は、国境を越えた。
大統領、赤岩つぐみは名目上の総大将として軍と同行していた。
実際のところ、兵士は各将軍によって動かされており、彼女の軍事的な役割は微々たるものだ。しかし他国の軍を相手にするとなると、細かい諍いから重要な交渉までイベント目白押しだ。本国からいちいち許可を出していれば、どうしてもタイムラグが生じてしまう。
軍の効率的な進軍を維持するため、つぐみは同行することにしたのだ。
ここは平原。
眼前に広がる兵士たちは、おそらく五千以上。マルクト王国の国境に配備された軍人たちだ。
むろん、彼らはヨーランから命令を受けているのだろう。剣や槍を構え、臨戦態勢でこちらを睨んでいる。
だが――
「余はアウグスティン八世、この国の正当な王であるっ!」
つぐみの隣に立つ国王、アウグスィテン八世の声が平原を木霊した。
気弱な彼であるが、時と場合は弁えているらしい。その声は演説をしている時のつぐみと同等レベル。対面する兵士たちに十分伝わっているだろう。
「へ、陛下っ!」
「なぜここに……」
兵士たちの戸惑いが、見て取れる。
無理もない。おそらくヨーランによって嘘の情報が与えられていたのだから。逃げ出した、などということは口が裂けても話せない情報だ。
「ヨーランは逆賊である。皆、その剣を収め余に従ってほしい。この国に真の平和を取り戻すためには……奴を倒さなければならないっ!」
時間にして、一分弱。
これほどの兵士たちが一斉に動きを止め、迷っているその姿は珍しい。暴走して攻めてくる者がいなかったのは、国王の人徳がなせるわざだ。
やがて、将軍と思われる高価な鎧を身に着けた男が、手から剣を離した。
「国王陛下に忠誠をっ!」
代表である彼が屈した。
その様子を見ていた下々の兵士たちは、一斉に武器を捨てた。
「逆賊ヨーランに鉄槌をっ!」
「友好国、グラウスに感謝をっ」
緊迫した戦場は、いつのまにか友軍を祝う歓声に包まれていた。
「まさか……ここまでうまくいくとはな」
一人、つぐみはそう呟いた。
もし、この場に国王がいなかったら、これほどうまくいっていなかった。異国の軍は下手をすれば侵略者扱いだ。
国王アウグスティン八世は、それだけ重要な人物なのだ。
「ぶー、じゃすてぃす……」
「エリナ、押さえてくれ。これも将軍の務めなんだ。平和的に解決できるならそれが一番なんだから……」
将軍、西崎エリナが不満げに剣を振り回していた。暴れたりない、と目が訴えているが……だからといって暴走させるわけにはいかない。
この分だと、おそらく戦闘らしい戦闘も起こらないまま首都へ軍を進めることはできるだろう。国レベルでいうなら完勝と言ってもいい。あとは……
(匠……)
勇者、下条匠。彼が咲を救い出してくれるかどうか、それにすべてがかかっている。




