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ある日の日常(後編)


 診療所のベッドでは雫が横になっていた。個室で、他に誰もいない。


「やほやほーしずしず、元気してた?」


 りんごがスキップしながら近寄ると、雫は上半身を起こした。どうやら目が覚めていたらしい。

 ぼんやりとりんごのことを見ている。彼女の銀髪は少しだけ寝癖を持っていて、いかにも寝起きといった感じだ。


「りんごか、何も問題ない」


 雫はりんごの顔を確認すると、少しだけ微笑んだ。しかし俺の姿を捉えた瞬間、一瞬にして目つきが悪くなり目を逸らした。


「今、不吉なものを見た気がする。これは私の病状が急変する前触れだろうか? 残り少ない寿命を、一体どうやって過ごせば……」

「俺はクロネコか何かか? お前俺に対してはホントひどいよな」

「せめて他の善良な人が同じ不幸に遭わないよう、この不吉を殺すことが私の使命。くくく」


 雫は果物ナイフを片手に、嫌な笑いを浮かべた。俺を殺すということなのだろうか? 


「出会えるとその日は幸せになれるというハッピー匠君になんて罰当たりなことを言うんだ。そのナイフを捨てて今すぐ拝みなさい」

「今から投げるこのナイフ、お前の脚あたりにあたったら今日一日ハッピーになれそうだな。くくく」

「ふふふ」


 俺たちは奇妙な声で笑いあった。


 さて、変な冗談はこれぐらいでいいだろう。


「体は大丈夫なのか?」

「問題ない」

「ケーキ食うか?」

「下僕よ、今日もお勤め御苦労」


 まるで国王が兵士をねぎらうように、手を振る雫。妙に偉そうなのが若干鼻についた。

 

 雫はこのショートケーキが好きだ。ふわふわのスポンジに甘く濃厚なホイップクリーム。そして乗せられたイチゴは薄いカラメルソースでコーティングされている。

 俺もこの前食べてみたが結構いける。こんな美味しいものを入院してる雫のために持ってくる俺は天使か何かだと思う。

 

 雫は俺からケーキを奪い取ると、すぐに頬張った。

 まあ、俺もなんかハムスターに餌やってるみたいで悪い気はしない。喜んでる姿を見れて何よりだ。

 

 急いで食べ過ぎたせいか、雫の頬にクリームがついている。


「口元にクリーム付いてるぞ?」

「隙あらば舌で舐めとろうというのかこの変態」

「またそんなことばっかり言って……」


 俺はハンカチで彼女の口元を拭った。

 雫は「んっ」と気持ちよさそうに目を瞑った。

 俺のケーキでベッド汚れるとヤダからな。


「お前も暇な奴だな。一紗よりもよくここに来てるぞ。そんなに私の美しい顔が拝みたいか?」

「一紗よりも? マジか?」

「マジだ」


 意外だな。

 一紗はもっとまめに友達のところに来ると思ってたけど、そうじゃないのか? 何か別の用事でもあるのかな?

 

「まあ、雫運んだのは俺だからな。体調不良のままだと、寝覚めが悪いって言うかな……」

「…………」

「これでもさ、心配してんだぞ。……あ、ごめん、今のなしなんか恥ずかしい……」


 普段冗談言い合ってる仲だからこんなストレートに感情を示すのはちょっと恥ずかしい。俺は思わず目を逸らしてしまった。

 

 雫の隣でほほ笑んでいたりんごが、そっと彼女の肩を肘で小突いた。


「ほら、しずしず、ちゃんとお礼言わないと」

「…………」

 

 お礼なんて言うわけないだろこの子が。


「じゃあ俺、帰るから」

「あ……あり……あり……が……」

 

 雫が何かを言いかけたように聞こえたが、俺はそのまま診療所を出ることにした。



 お見舞いの翌日、俺たちは鈴菜たちと一緒に外へ出た。

 本当は王都から離れた場所に行ってみたかったのだが、彼女がまだ狙われている可能性を考慮するとこれが限界。


「どーする? 服でも買うか?」

「白衣があるから問題ない」

「匠君にもらった……メイド服、あるから」


 あまりファッションにはこだわらないらしい。でもこれはこれで問題ではないだろうか?

 俺は女物の服なんてよく分からない。せめてスマホがあればなんとかなったかもしれないが、ここにそんな情報端末はないし……おまけに異世界だ。売ってる服の中には俺が見たこともないようなものもあり、もはや完全にカオス状態。


「……今度は一紗呼ぼうか」


 彼女ならきっとこのあたりの服について詳しいと思う。うん、適任だな。

  

 などと考えていたら、突然鈴菜に腰のあたりを小突かれた。


「前から気になっていたが、君は一紗が好きなのか?」

「え?」

「……私も、気になる、かな」


 隣から乃蒼の声が聞こえた。

 え、なにこれ? もしかして嫉妬という奴? 変に勘違いされてしまったか?


「別にあいつとはそういうのじゃないから。大体あいつ、彼氏いるだろ? 俺とは何でもないって……」

「本当か?」

「ホントだって。大体あいつわがままでいっつも俺に変なこと言ってくるんだぜ? 俺はあいつの事が嫌いであると声を大にして言いたいね」

「壁がないよね、長部さんとは……。『心置きなく話せる相手』、みたいな?」


 いや待てそれはおかしい。じゃあ逆に『一紗を愛してる』とか『好きだ』とか言ったら納得してくれたのだろうか?


「美少女二人に囲まれているんだ。他の女のことは考えないで欲しい」


 鈴菜が俺にしがみついた。


「び、美少女なんて……」

 

 ちなみに乃蒼はこの話が出る前から俺にしがみついている。


 ふと、二人から目線を逸らしていたら建物の一つに目がいった。

 水着だ。


「海、行きたいな」


 鈴菜がそんなこと言った。俺の目線を追ってたのかもしれない。

 

「海か」


 少し遠いがこの国には海がある。昼間は肌寒さなんて感じないから、海水浴も可能だと思う。

 それにしてもあのビキニ……ちょっと過激すぎやしないだろうか?

 あのエロい水着を鈴菜が着るんだろうか? 乃蒼が……あ、サイズ合わないか。


 ……でもそうだな。暗いベッドの中で乳繰り合ってばっかりなんて、ダメ! 人間としてダメ!


 行こう! 海に行こう!


「君はああいうのが好きなのか?」

「……私、着れない」


 おっと、水着を凝視し過ぎてしまったか。いやしかし、男なら誰もが妄想してしまうだろ……。


「仲がいいわね」

 

 と、水着を見ながら夢を膨らませていた俺は、唐突に現実へと引き戻される。


 そこには、一紗がいた。店の前だ。

 診療所を退院した一紗だ。今は完全に五体満足で、いろいろと動き回っている。


 その手にはスカートっぽい水着を持っていた。気分転換に海かどこかに行く予定なのだろうか?


「鈴菜、手首は大丈夫?」

「一紗と匠のおかげかな。元に戻った」

「あたしじゃないわ、匠のおかげよ」

「そうだね、彼のおかげだ」


 鈴菜はそう言って俺の腕に抱き着いた。甘える猫のように、頬を擦り付けてくる。


「ふーん」


 一紗が乃蒼と鈴菜を交互に見やり、目を細めた。


「二股? 刺されるわよ?」

「ほ、ほ、本人たち同意の上だから大丈夫だ」


 大丈夫、だよな?

 

「むしろあたしが刺してあげようかしら?」

「そういうキャラは雫だけで十分だから、一紗は俺の癒し成分になって欲しいな……」

「ま、いいけどね」


 冗談はこれまで、と言いたげに一紗は息を吐いた。


「雫はもうすぐ退院するみたいだな。迷宮へはすぐに潜るのか?」

「そうね。でも少しリハビリ期間が必要だと思うから、潜るときは近場をうろうろするわよ。入口の転移ゲート近くなら、敵も弱いから。まずはその辺で勘を取り戻す感じで」


 慎重だな。

 まあ、これまでずっと迷宮に潜ってきた一紗だ。彼女の言ってることに間違いはないと思う。


「一紗ってさ、すごいよな」


 思わず、俺はそんなことを呟いていた。


「何が?」

「優の件もあるし、早く元の世界に戻りたいんだろ? 何の手がかりもないこの状況でも、仲間を思いやって慎重に行動してる。俺なんてさ、元の世界に彼女がいたら絶対に焦って大失敗してるわ。いないから未練なんてないけど。あ、残したスマホゲーのデータとかが気にならなくもないが……」

「…………」

 

 あれ?

 俺は何か変な質問をしてしまったのだろうか?


「……一紗?」

「そっ、そうよね。あんたとあたしは違うのよ! 見直した? ねえ見直した?」


 まるで取り繕う様に、声を裏返す一紗。

 うーん、実は心の中では結構気にしてたとか?

 デリケートな話題だ。『未練ない』とか思慮の足りない発言だったか?

 

 一紗らしくないな。

 そう思いながら、俺たちは一紗の薦めを受けつつ水着を選んだのだった。


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