勇者教公会議
勇者教公会議、始まる。
世界中に散らばった信者たちがグラウス共和国へ集い、神とは何たるかについて議論する。
俺は知らなかったが、すでに様々な宗派が誕生しているらしい。
謎の回転ダンスをしながら登場。勇者神秘主義派。
そのハニワっぽい人形が俺か? 勇者偶像崇拝派。
女性は匠様以外に顔を見せてはならない。勇者契約主義。
世界の女性は匠様の妹。勇者兄妹派。
と、バライティに富んだ方々が堂々の登場だった。ダンスしてたり顔隠してたり、俺は一言もそんなこと言ってないのになぜか生まれる戒律の数々。宗教の闇を見た気がした。
……これ、もう俺の存在とは関係ない次元に到達してないだろうか? もはや俺はただの象徴であり、〈勇者教〉は〈勇者教〉で一人歩きしている気がする。果たしてこの公会議、皆が納得いく形でまとまるのだろうか?
城の大会議室で開かれ勇者教公会議。参加者は当事者の俺、創始者にして女教皇の亞里亜、各宗派の指導者……そして議長はつぐみだ。
「本日はこのように重要な会議を、私の国で開催していただくことを心より嬉しく思います。〈勇者教〉は女性の指導者が多く、女性の輝く社会を目指す私にとってはまさに理想の…………」
な……長い。
つぐみの長々しい開会挨拶。まるで学校集会で校長先生の話を聞いているようだ。よくもまあそんな心にもないセリフをつらつらと思いつくよな。誰か専用のライター雇ってるのか?
「以上で挨拶は終了させていただきたい……のだが、一つ、私からどうしてもあなた方に言っておきたいことがある」
丁寧な挨拶とは異なる、普段通りの口調。しかもその表情は一切の笑いを含まず、この発言が真剣そのものであることを示している。
ざわり、と〈勇者教〉の指導者たちが騒ぎ始めた。
グラウス共和国大統領赤岩つぐみ。革命によりこの国を打ち立て、多くの虐げられる女性たちを救った英雄。
だが当然、女性だからといってすべての者たちに救いをもたらしたわけではない。
体を売る者、貴族に媚びて巨万の富を得た者、婦人・愛人・娘として貴族と同等の権力を振るった者。
つぐみはそういった女性たちにも罰を与えた。罰金、禁固刑、追放、そして死刑。程度の差はあれ、多くの女性がその手にかけられた。
つぐみは自分の敵となる者を容赦しない。たとえそれが、世界に跨る大宗教であったとしてもっ!
ふふふ……さすがはつぐみ。
どうやら国の指導者として、この宗教の危険性に気が付いたらしいな。こいつらこのまま放っておいたら、『匠様を大統領に!』とか、『匠様以外には従いません』とか言い始めるぞ? 今はまだ怪しい宗教団体だが、やがては反社会勢力の苗床に……。
今ならまだ潰せる!
さあ、やっちゃってくださいよ大統領! 得意の秘密警察を使って教会をぶっ潰せっ!
「その女教皇という言葉に少し違和感があるな。男性も指導者になる可能性があるのだから、性差の出ない呼称にすべきではないか? 少し差別的に感じる」
…………。
そこじゃねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ! こんな時だけフェミっぽい仕事しなくてもいいからさ、もっと根本的におかしいところがあるだろ? この宗教そのものがおかしいだろ!
悲報、つぐみが役立たず。
これはもうダメだ。この会議の調停者として名声を高めようとしているのかもしれない。結果なんてどうでもいいんだ。
結局、呼称問題を提起しただけでつぐみの挨拶は終わってしまった。
「ではわたくしから……」
最初に立ち上がったのは亞里亞。宗派は多いがこの宗教の実質的指導者である彼女。その言葉はかなりの影響力を持つ。
「匠様は仰いました。自分は普通の人間、神は死んだのだと。唯一神の尊きお言葉は、果たして我々信者に何を語り掛けているのでしょうか?」
…………。
あのさ、その『深い意味があるんですよー』って煽り、止めてくれないかな? 言葉通りの意味なんだが……、どうして素直に理解してくれないんだ?
「言葉通りの意味ではないでしょうか?」
おおう?
なんということでしょうか。俺の言葉を理解してくれる信者が現れたようです。
全身に一枚の黒い布を巻き付けたような衣装。布から浮き出た顔つきから、かろうじて彼女が女性であると理解できる。
全身黒づくめの女。
……めっちゃ怪しい格好なんだが、こういう衣装の宗派なのだろうか?
「匠様は神。しかしその匠様が神は死んだと言った。ならばその矛盾を解決する説を私が……」
ふむふむ、それで?
「そこにいる男は偽りの神! 本当の神は魔族との戦いで死んでいたのです!」
……な……な……。
な……なんだってええええええええええっ! 俺が本当は死んでいただと? あの時ゼオンに殺されてしまったいたのか! なんという超展開だあああああっ!
…………。
…………。
…………はい。
やっぱこいつら頭おかしい。何言っても無駄だわ。頭空っぽにして話だけ聞いておこう……。
「確かに、あなたのおっしゃる通りです。匠様あの時死にました」
反論する亞里亞まで認めちゃうし……。
いや確かに死にそうだったけど死んでなかったぞ? 死んでたら俺ここにいないし。
「当時のことは今でも思い出しますわ。墓を作って弔い、悲しみに暮れるわたくしのもとに、天使が舞い降りてきて言いました。『あの方は復活なさった』と」
天使っておい……。
「わたくしは大慌て墓をのぞき込みました。するとなんと……匠様の墓が空っぽになっていたのですわっ!」
いや墓なんてねーから……。
「その時復活なされたのがここにいる匠様。匠様の復活、これもまた神がなせる奇跡の御業なのですわ」
…………。
またキリ〇ト教パクってる……。異世界人が知らないのをいいことにやりたい放題だな。
「信仰の形は人それぞれ。しかし我らは匠様を神と崇めるその心だけは変わりありません。匠様は神であり神。匠様はすべてを超越した偉大なお方なのですわ」
「……ああ、やはり匠様は偉大」
「匠様万歳! 匠様最高!」
ああ……黒づくめの人まで納得しちゃった。
こうして、亞里亞の言葉によってすべての宗派の連帯が保たれ、〈勇者教〉は大分裂の危機を免れたのだった。
…………ちっ。




