つぐみの出産
つぐみが出産した。
近日まで大統領としての勤務を続けていたつぐみだったが、さすがに出産予定日少し前には仕事を切り上げ、自宅で過ごすこととなった。様々な権限は副大統領が代行し、重要な決断を求められる場合にのみ助言を与えることになっていた。
もっとも、この平和な時代に国家を揺るがす重要事件があるとも思えないが。
つぐみは屋敷で過ごし始めて、すぐに産気づいた。
すでに屋敷で待機していた俺、そして他の嫁たちはすぐに彼女のもとへと向かった。
俺たちは彼女の出産に立ち会った。何度も励ましたり、声をかけたり、深夜に及ぶまでその戦いは続いた。
やがて、赤ちゃん独特の産声が聞こえたきた。
元気な男の子だった。
母子ともに健康。難事を乗り越えてほっとした俺たちだった。
――数日後。
つぐみは大統領職完全復帰……というわけにはいかず、部下に適当な助言や提案を行っている状態だ。やはり産後というのはなかなか難しい時期であり、彼女としても万全を期した状態で復帰したいのだろう。
今、彼女は屋敷の自室で過ごしている。時々部下たちにあれこれと指示しているのを目にするが、それ以外は回復に専念している様子。
そんな彼女をサポートするのが俺の仕事だ。
「元気に生まれてよかったな」
と、ベッドで息子とともに戯れるつぐみに声をかけた。
赤ちゃんはこれといった障害もなく、元気な様子だ。昼夜を問わず寝たり泣いたりしているのは、正しく成長しているあかしだと思う。
ただ、生後まもない子供はいろいろな意味で危険だ。俺もつぐみも、慎重に息子の様子を見ておく必要がある。
「私と匠の子供だ。当然の結果だと思う」
「名前、聞かせてくれないか?」
名前。
実は名前に関しては出産前に決めようかと思っていた。しかしつぐみには付けたい名前があるらしく、生まれてから話をすると言われていた。
「エドワード」
と、つぐみが言った。
「エドワードか」
鈴菜とは違う、この世界に準じた名前の付け方だな。日本人の名前っぽくはないって言うと失礼かもしれないが……それはそれでいいと思う。
「やっぱりこの世界に合わせてその名前にしたんだよな? 国民受けとか、そういうことを考えているのか?」
「この世界で過ごしやすいように、と言ってほしいな」
少し疑いすぎだったか。
確かに、変な名前を付けるよりも現地名の方がなじみやすい。異世界人なんて外国人以上のよそ者だ。名前を理由にいじめられたり……なんてのは考えすぎだと思うけど、友達のできやすさに差は出ると思う。
「後日政治の道に進むとしたら、名前は重要になってくる。エドワードはかつての王族にもあった名前だ。もちろん異世界の名前を付けて目を引くという方法もあるが、やはりここはこの世界の住人として……」
「……それは、世襲で大統領にさせるとかそういう意味か?」
世襲大統領って……それもう完全に独裁者じゃないですか?
「まさか、この国は選挙で大統領を決めるんだぞ? 私が指名するわけじゃない」
まったくその通りだ。
確か最初の時も選挙をしていた記憶がある。もっとも、有力な旧貴族たちは軒並み追放され、数は少ないがフェリクス公爵のように残った貴族たちも政治活動を制限された。
候補者は王家とつながりのない商人、軍人、そして平民。有力候補はつぐみ一人だけだという状況だったから、選挙なんてあってないようなもんだったけどな。
「じゃあ単純にこの世界の人たちと仲良くしてほしいってことか。現地の名前つけることにそんな意味があるなんて、俺は今まで考えもしなかったな」
「そういった友人たちが、将来リーダーになったとき支えてくれるんだ」
「リーダーって、それやっぱり大統領のことじゃあ……」
「ものの例えだ。私は息子だからといって大統領にさせるつもりはない。けど、もしかしたら、そういうこともあるかもしれないだろう? このグラウス共和国で一番大統領にふさわしい人物を探したら、それがたまたま私たちの息子だった……なんて」
「俺たちの息子が大統領に? そんなこと……」
あ……あるかもしれない!
なんといっても俺たちの子供だもんな。なんかこう、つぐみのすごい才能を受け継いで生まれてくるかもしれない。もしくはのちの英才教育でIQ200ぐらいの天才児に……。
そーいえばIQって生まれついてのものなのか? 勉強したら増えるものなのか? その辺詳しくしらなかったな……。
その後しばらくして、つぐみは大統領職へと完全復帰した。
平日はベビーシッタを雇って世話をしてもらう……つもりだったらしいが子猫や乃蒼が面倒をみることになった。
俺が毎日世話をしてもよかったのだが、勇者がそれでは困ると断られた。俺がいつも子供の世話ばかりしていると思われると、国民が不安に思うらしい。何かあったとき助けてくれるのかと? そんな不穏な事件なんて起こってほしくはないのだが……万が一ということはあるからな。
子猫や乃蒼にはシッターに払うつもりだった賃金が支払われる予定だ。リンカとは違って、ほとんど任せる形になりそうだからな。本人たちは嫌がっていたが、これぐらいはさせてほしい。




