ある日の日常(前編)
肌を刺すような光の感触が、顔に突き刺さった。
「……んっ!」
俺はゆっくりと目を開けた。
見慣れた木製の天井。その隣に設置された窓からは、斜め方向に暖かい陽光が差し込んでいる。
ここは俺の部屋。
今は三人で住んでいる。
鈴菜の処刑式から、二週間ほどの時が流れた。
隣では鈴菜がぐっすりと寝ている。まるで赤ん坊のように無防備な状態で寝ている彼女は、普段の知的な印象とは正反対で、そのギャップが妙にかわいらしかった。
彼女の黒髪を撫でていた俺は、やがてゆっくりと上半身を起こした。
「あ、匠君、おはよう」
横を見ると、そこには乃蒼がいた。メイド服を着て料理をしている。
乃蒼の朝は早い。
ここに住み始めてから、いつもこうやってあれこれと俺の世話を焼いてくれる。
メイド服を着て、その黒髪は寝癖一つなく整えられている。早く起きて身だしなみを整えているのだ。
前日どれだけ激しく体を動かしても、俺より先に起きて準備をしてくれる……そんな少女だ。
「何食べたい?」
「ベーコンエッグとバタートーストが食べたいな。手伝おうか?」
「ううん。匠君まだ眠いでしょ? 任せて」
乃蒼はそう言いながら、フライパンを温めている。
この部屋にガスは存在しない。しかし彼女は今、かまどのような設備を使ってフライパンに火を当てている。
鈴菜が持ってきてくれた着火剤で火をつけたのだ。火精霊をガラスの中に閉じ込めて、まるでライターのように小さな火を灯すことができる。
「~♪ ~♪」
乃蒼が鼻歌を歌っている。
確か朝のテレビニュースで流れていたBGMのはずだ。微妙に緊迫したニュースの時に流れている曲なんだが、彼女が口ずさむとまるで子供向けのアニメに流れる曲のようになるから不思議だ。
「う……ん……」
ぼんやりと乃蒼の様子を見ていた俺の耳、隣から別の声が聞こえた。
鈴菜だ。
「おはよう、鈴菜」
「おはよう」
そっとキスをする俺たち。いつもの朝に行っている日課だ。
「君と唇を重ねると、すぐに目が覚めるな」
「あ、鈴菜さんはご飯どうする?」
「彼と同じものを」
これも日課だ。俺たち三人の朝食を、乃蒼はいつも用意してくれている。
鈴菜は大学に帰らなかった。
つぐみの調査によって、フェリクスと通じていた何人かの教授・助教授が拘束された。単純に鈴菜を追い落としたというだけでなく、罪のない人の手首を奪ったんだ。おそらく極刑は免れられないだろう。
今、魔法大学にいる人々は鈴菜に好意的。
戻ることは容易だ。しかし高いレベルの魔法もほとんど使えず、魔剣や聖剣に対する適性のない鈴菜にとって、あの場所は安全とは言い難い。今回の件で、中央以外は旧王国側が介入しやすいということが分かった。彼女の身を守るためには、しばらくこの首都にいてもらった方がいいのだ。
しかし、鈴菜の才能を埋もれさせておくのは惜しい。
つぐみの話では、近日中にこの都市で実験を行うことができる施設ができるらしい。そうなったら、彼女はここを立ち去ってしまうのかもしれないな。
鈴菜は着替えを始めた。布の擦れる音とともに、薄いピンクの下着が露となる。
胸に一瞬だけ目が行った。あまりジロジロ見るのは止めよう。昨日散々弄んだんだから。
もう研究をしていないのだが、未だに白衣を羽織っている。どうもあれ以外持っていないらしい。あまりファッションに気を遣う方ではないようだ。
「三人でどこか行きたいな」
「うっ、あんまり……人の多いところ、嫌かも」
フライパンに卵を落としながら、乃蒼は苦笑いした。
例の件があるから、鈴菜を外に出すことは憚られた。だがもうあれから時間もたっていることだ。彼女としても気分転換がしたいのだろう。
「……今日は用事があるから、明日にしよう」
「うん」
「分かった」
乃蒼がテーブルに料理を並べ始めた。
俺たちは朝食をとった。
「そこのYOU!」
お見舞いのために診療所へと向かおうとしていた俺は、唐突に声をかけられた。
茶髪のショートカットが目立つ少女、りんごだ。今日は迷宮オフの日だからローブではなく、普通の薄いコートとズボンを身に着けている。
すでにりんごは退院(診療所だから退所?)した。あの日、気を失っていた彼女ではあるがそれほど大きな怪我はなかったからだ。
元気いっぱい。無駄に俺の周囲をぐるぐると回りながら、まるでインタビュアーがマイクを差し出すような仕草をした。
「YOUは何しに診療所へ?」
これはあれか。外国人に密着取材しちゃう系のテレビ風の演出か。何か正しい返答を求められている気がする。
「俺の……ベリー大切なフィアンセが入院してるネ。今日はネ、そんな彼女がラブなケーキをハブしてきたんだ」
「いやー、たっくん分かってるね! それ、それだよ。りんごはね、そーいうレスポンスを望んでたんだよ! 君は偉い! ノーベル乗りがいいで賞を授けるよ!」
そう言って、りんごは一個の箱を差し出してきた。
銅貨がそれっぽく飾られた箱だった。
このネタのためだけにこれを作ったのだろうか? 暇な奴だ。
「噛んでいいか?」
「それオリンピックだよたっくん」
そうだっけ?
ふと、何かに気が付いたようにりんごは診療所の方を見た。
「よかった。しずしず、たっくんが来ると喜ぶと思うから」
「ホントか? あいつ俺のこといびってばっかりなんだけど。『死ね』とか『キモい』とか何度も言われた」
「しずしずはたっくん以外にそんなこと言わないね」
「睨まれてる気もするんだが」
「それはもともと……かな。まあ、たっくんには特にきつい気がしなくもないけど」
それって、俺だけを嫌ってるって意味なんじゃないのか?
まあ、今更引き返すことなんてできないし、迷宮へ潜る仲間の雫とは親睦を深めておきたい。
俺はりんごと一緒に診療所へと入った。




