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メイド服のクラスメイト


 赤岩つぐみ。


 彼女のおかげで俺は何もできない。

 魔剣、聖剣は取り上げられた。首都近くでしか活動できないから、熟練が必要な魔法レベルも上がらない。

 

 処刑、というのは脅しではない。奴は卑怯ではないから暗殺者みたいなものは差し向けないとは思うが、いつか裁判にかけられてしまうのは間違いないだろう。 


 でもまあ、これは全部誤解だ。

 地道に努力してれば、つぐみだって分かってくれるさ。俺が無害な存在だということが。

 というわけで、俺は日夜冒険者ギルドで頑張って生活費を稼いで国家に貢献しているのだった。

 

 俺たち二人は城の外へ出た。一紗が味方してくれた、ということもあり、兵士たちが追ってくることはなかった。


 一紗は先ほどまで握っていた魔剣を、指先で器用にくるくると回していた。 


「ごめんねー、これホントはあんたの剣なのよね。本当は返したいんだけど、つぐみの奴が許してくれなくってさー」

「いや、一紗は悪くないさ。悪いのはみんなつぐみなんだから」

 

 一紗がいなければ俺はもうとっくに追放されていた。今も惨めに辺境でグチグチ文句を垂れているあの旧王侯貴族たちの仲間入りをしていたかと思うと、悲しくなってくる。

 それに比べれば、魔剣聖剣を取り上げられるなんてどうでもいいことだ。


「ま、ここにいる限り匠はあたしが守るわ」

「……一紗しゃま」


 俺は感動してしまった。

 何この子? 俺の守護神ですか?


「一紗あああああああ、愛してるううううっ! お前は俺の王子様だ! これからもずっと俺を守ってくださいお願いします」

「触んなっ!」


 一紗に抱きつこうとした俺だったが、彼女に突き飛ばされた。

 ひどい。


「あたしには優がいるの。愛とかそういうのいらないから」


 優というのは一紗の彼氏だ。俺の友人でもある。

 恋人のいる元の世界に帰りたい。それが彼女にとっての原動力になっているんだと思う。


 こほん、と咳払いした俺は話題を逸らすことにした。


「しかし、つぐみも勘違いひどすぎだろ。なぜ俺が極悪非道の王党派差別主義者みたいになってんだ? おかげでクエストで雑魚魔族を狩るだけの日々。俺の英雄生活はいつ始まるのやら……」

「でもまあ、あんたよくやってると思うわ。一人でちゃんと生活できてるしね」


 俺の前途は多難といってもいいだろう。

 でも、一応は冒険者ギルドで働いている。それ相応の収入は得てるし、寝る場所や食い物に困っているわけではない。

 そういう意味では、ある程度生活基盤は整っていると言ってもいい。

 は、の話だが。


 

 城を出た俺たちは、すぐにギルドへと向かわず左に曲がった。


「そっち? あの子に会いに行くの?」

「ああ」


 王城を壁沿いに歩いていくと、その奥には広めの屋敷が存在する。


 ここは、旧勇者の屋敷。俺がまだ勇者候補と言われていた頃に与えられた住まいだ。

 当初は奴隷にされそうだった俺のクラスメイトを庇って住まわせていたのだが、今や上下関係が完全に逆転してしまったため、無用の長物となってしまった。俺はつぐみのせいで住むことも許されず、ほとんどの女子たちは自立のためここを出て行った。

 だが誰もいない屋敷、というわけではない。


 俺たちは敷地に入った。庭は程よく手入れされ、木造の屋敷も埃一つなく綺麗に掃除されている。


「……あ、下条君」 


 柱の影からそっと顔半分だけを覗かせるのは、メイド服を着た黒髪の少女だ。

 島原乃蒼。

 俺のクラスメイトで、唯一自立できていない少女。彼女は未だこの屋敷に住み続け、一人でずっと庭の手入れや屋敷の掃除を手掛けている。

 もう、勇者の戻らない屋敷を……ずっと。


 メイド服は俺の趣味ではない。こうしないと貴族たちに変な疑いをもたれるからと、女子全員に着てもらっていたのだ。後ろの一紗だって最初は身に着けていた。


 つぐみとかが『女性だからと給仕の仕事をさせるのか! この差別主義者め!』とひどく怒鳴っていたのを思い出す。思えばあのころから今の伏線が張られてたんだな……。


 ともかく、俺がメイド服を着させているわけではない。

 まあ、メイド服着た乃蒼がかわいいことは否定しないが。


「もう掃除なんてしなくていいんだぞ? ここには誰も戻って来ない。乃蒼は自由にしてくれていいんだ」

「えっと……あの、わ、私、こういうことしか……取り柄ないから。いつか下条君が戻ってきたときのために、って、思って」


 蚊の鳴くような小さい声で囁く乃蒼。

 俺のため、とか言われるとなんか照れるな。


「ねえ乃蒼、あんた分かってるの? このままここに引きこもっていたって、何も変わらないわ」


 そう言って、一紗は背中から一本の杖を取り出した。

 

「この前迷宮で手に入れたワンドよ。魔法を増幅する効果があるんだって。これを使えば、弱い魔物なら瞬殺よ。迷宮に来て、あたしのこと手伝ってくれない?」


 差し出された武器を見て、びくん、と体を震わせる乃蒼。即座に柱の背後へと隠れる。レース付きのカチューシャの一部がはみ出ている状態だ。

 

「あ、あの……私、魔物とか、魔法とか、怖くて……だから……あの……」

「はぁ?」


 一紗が露骨に眉を歪めた。


「あのね、乃蒼。ここは異世界なの。魔物に住む場所を奪われたり、殺されたりしてる人がいっぱいいるの。その人たちを救って、異世界から元の世界へ戻る。それがあたしたちの使命! 目標! ここにいたって時間の無駄よ」

「あ……えと、その……」


 乃蒼はあまり喋るのが上手い方ではない。責めるような一紗の主張に、あわあわと口を震わせているだけだ。 


「待てよ」

「何よ」


 俺が助けなきゃいけない。

 一紗は何でもできるから分からないんだ。


「誰にだって向き不向きがある。俺たちはここに来る前まで普通の学生だったんだぞ。一人ぐらい、平和で臆病な奴がいてもいいだろ?」

「あたしはこの子のためを思って言ってるのよ?」

「一紗の気持ちを疑ってるわけじゃない。だけど物事には正しくても間違ってることがあるってことだ」

「意味わかんない」

「とにかくっ!」

 

 これ以上議論していても仕方ない。


「俺は乃蒼の味方だ。可能な限り彼女の望みを叶えたいと思ってる。それが仮にも勇者扱いされてきた俺の……最後に残された使命だっ!」

「下条……君」


 ぎゅっと、俺の左腕に抱きつく乃蒼。


「はっ、甘いわね匠。メープルシロップたっぷりの生クリームフルーツパフェのように甘々ね。優しさだけじゃこの世界もウエストも救えない!」

「甘くてもいい、俺は…………、痛っ!」


 俺のおでこにヒットしたのは、一紗が投げつけたワンドだった。


「バーカ」


 手を振り、ここから立ち去る一紗。おそらくはまたレグルス迷宮に潜るつもりだと思う。

 彼女に悪気はない。むしろ言っていることは正義ですらある。

 俺は……甘いのだろうか?


あと4pぐらいあれば連載中総合290位ぐらいには入れたんだ・・

ぐすん。

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