王国議会(前編)
マルクト王国首都、マルクスにて。
王妃、阿澄咲は深いため息をついた。
王国議会。
城の大会議室で定期的に開かれる議会だ。国の長である国王、その妻咲、そして主要な文官・武官がそろって話し合いを行う。話し合いの内容は国の重要事項に関する報告であったり、国王への陳情であったり、何らかの法律を制定するものであったりと様々だ。
ただ、この国のトップは国王であり、政策もほとんどは彼と咲が決定している。議会は意見を言い合う場所であり、強い権力を有しているわけではない。どうとでもなる内容であるから、咲は面倒だと思っていた。
「では、わたくしからこの間の巨人について説明するわね」
咲は巨人についての話を始めた。
つい先日、グラウス共和国を襲った世界的脅威。
王弟フェリクスの脱走、魔剣ベーゼとの出会い、巨人化、そしてグラウス共和国に攻め入った後の展開。咲が直接見たこと、後からレポートに目を通したこと、まとめての報告だ。
文官、武官ともに先日の大騒動には興味深々だったらしく、皆が深く聞き入っていた。
「そのように恐ろしいことが……。世界の危機ではないか」
「この度の勇者殿のご活躍には感謝しかない」
「件の巨人がグラウスの貴族であるなら、おそらく我々の領地にもやってくるつもりだったのだろう。そんなことになればどれほどの被害がでたか……考えるだけで恐ろしい」
口々に感想を口にする重鎮たちは、いずれもその危機的状況を理解しているようだ。
「わたくしは勇者殿と同郷の友人。これからも何かありましたら頼りにさせていただきましょう」
と、咲は付け加える。
別段親しかったわけではないが、このことを強調しておいて損はない。
「それじゃあ、これでいいかしら? 今週の王国議会はこれで閉会――」
「俺からも、一ついいか?」
と、会議を終えようとしていた咲に向かって声をかけた男がいた。
重鎮たちの集うこの場において、ひと際異彩を放つその容姿。ぼさぼさの長髪と無精ひげ、そして縦にも横にもでかい体を持った、原始人のような大男。
ヨーラン将軍である。
先の旧貴族反乱を鎮圧した功績を認められた彼は、貴族としての格を上げこの議会に参加する資格を得た。
しかしあくまで、ここにおいては新参者。
武骨な武人が何を言うか。
と、テーブルに並んだ重鎮たちはいっせいに冷たい目で見つめ返す。
高級将校や大臣の多いこの議会において、彼の存在は随分と浮いていた。正直なところ、何も発言をせず次からはここに来ないかもしれないと思っていたほどだ。そういった現場上がりの将軍はこれまでも多かった。
「わたくしたちに先んじてグラウスの貴族を追い詰めたお方。何なりと申し上げてくださいな」
咲は警戒感を抱いていたが、ヨーランの発言を止めようとは思っていなかった。無理やり黙らせることは可能だが、彼が何を考えているか知る必要があると判断したのだ。
「国王陛下の……世継ぎの問題だ」
咲は心臓を鷲掴みにされたような感覚を抱いた。
国王の子。
それは王妃である咲がずっと気にしていたこと。子供を授かるための行為に、すでに何度も行ってきた。
だが何度抱かれても子供ができない。
咲に問題がある可能性がないとは言わない。だがそれよりももっと自然な考え方がある。
問題があるのは国王の方だ。
咲と出会う前、国王は女遊びに夢中だった。もともと話下手な人間だ。そうやって王としてのストレスを発散していたのかもしれない。
だがそれほどの夜遊びにも関わらず、王の子を授かった者は皆無だった。だからこそ咲が付け入る隙もあったのだが、それは同時に彼の生殖機能に問題があることを示唆している。
人はいつか衰える。今は妖艶な美貌と若さで国王を虜にしている咲だが、やがては肌がみずみずしさを失い、白髪が生え、顔はしわを刻んでいくだろう。
そうなったときに王は果たして自分を愛してくれるのか? 万が一愛情を失ったとき、子も親族もいない咲を守ってくれる者などごく少数。今は仲間だと王妃様だと慕っている人間も、手のひらを返してくるかもしれない。
「陛下は俺よりも若い。が、俺の何倍も何十倍も女を抱いている。それなのになんで子宝に恵まれねぇんだ? 俺は疑問で疑問でしょうがなかった」
「あなたはその答えを見つけたと? ヨーラン将軍」
「ああ」
どうやら、何となく問題を提起しているわけではないらしい。ヨーランは何らかの目的があって話をしている。おそらくはそれ相応の下準備をしているのだろう。
咲はヨーランとそれほど親しいわけではない。しかし将軍という立ち位置の人間に関しては一通りの情報を持っているため、彼のことはある程度知っている。
ヨーランは野心深い男だ。だからこそ咲は彼を中央から遠ざけ、辺境の地でグラウスの貴族たちを監視する任務を与えた。
旧貴族反乱のくだりもいくつか疑問が残っている。彼らは魔族と結託していたとヨーランは主張するが、咲はそんな情報を掴んでいない。彼らと交渉を行ったのであれば、現地にいる咲や国王の配下たちが何らかの報告を行うはずだ。しかしそんな話は全くなかった。よほど巧妙に隠れて交渉を行っていたか、はたまた魔族と結託していたという事実自体がでっち上げか。
いずれにしても、この男は信用できない。巨人フェリクスの件がなければ、咲はこの件でヨーランをつるし上げるつもりですらあったのだから。
「王の血はこの国の至宝。俺たちも国民も、みんな世継ぎの誕生を望んでる」
「わたくしの努力が足りないと?」
「そんなこたぁ言わねぇよ。俺はグラウスの魔法大学に行って、陛下の子種を調べてもらった。あそこじゃあんたの同郷の天才が随分と活躍してるみてぇじゃねーか。その超技術を使って検査してもらったつーことだ」
「ヨーラン将軍、あなたは何を……」
「国王陛下の子種は……どうもあまり良くないらしい。自然に子供が生まれる確率は……ほぼゼロ、つー結果だった」
「…………」
咲は考える。
どこで精子を調達したのか? 本当に検査を行ったのか? 何の検査でそれを知ったのか?
突っ込みどころは多い。しかし真実か、嘘か? 咲に調べる術はない。
(本当に困った男ね……)
王妃を糾弾するわけではなく、国王側に問題があると言うヨーラン。一見すると咲をかばっているようにも見えるが……、この男がそんな善人であるはずがない。咲の警戒感は増していく一方だった。
(どうしようかしら……)
ここで……誤魔化すことは可能だ。ここにいる大半の人間は、精子も受精もDNAも知らない。無知な人間なら屁理屈をこねればあしらえる。
だが国王に問題があることは周知の事実。そして精子に問題があり子が作れないことがあるということは、地球人である咲にしてみればごく自然な理論。今は半信半疑のこの世界の住人であっても、やがては技術の発展によりすべてを知ることとなるだろう。
咲は何も言うことができなかった。彼の主張はおそらく正しい。たとえ検査がブラフだったとしても、結論はそう変わらないはずだ。
ここからはマルクト王国編です。




