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クラスの女子全員+俺だけの異世界召喚  作者: うなぎ
護衛編

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空の墓


 将来この屋敷にやってくることを約束し、陽菜乃はバイロンのもとに帰った。

 彼女を見送った、その翌日。


 勇者の屋敷近郊、森の中にて。


 勇者の屋敷は森で囲まれている。都市への道はそれなりに整備されているものの、それ以外は足の踏み場もないほどの森の中だ。道を歩いていると時々野生動物を見かけるし、夜には鳥だか獣だかわからない変な鳴き声が聞こえてくる。

 

 そんな森の中を歩いているのは、俺と乃蒼。ピクニックに来たわけでもなければ、探検しているわけでもない。明確な用事があってのことだ。


「乃蒼、大丈夫か?」


 コケ、蔦、木の根。足場の悪さに苦戦している乃蒼の手を、やさしく引く。そのまま抱き寄せて、おんぶして連れて行こうかとも思ったが、さすがにそこまでする必要はないようだ。


「大丈夫だよ匠君」


 足取りはしっかりとしている。余計な気遣いだったようだ。


 しばらく歩くと、森が開けてきた。


 そこは、泉だった。


 俺たちの屋敷で使われている水の源泉でもあるこの場所は、都会の喧騒を一切感じさせない静かな場所だ。流れる水が霧状になって周囲を漂っており、皮膚から伝わる感触はひんやりとしている。太陽の光が散乱しキラキラと輝くその様子は、どこか神々しさすら感じる。


 精霊が舞っていてもおかしくない。そんな神聖な雰囲気を孕んだ場所である。


 俺たちはゆっくりと泉の近くへと進んだ。ちょうど小高い丘のようになっているその場所には、一個の石が置かれていた。

 

 これは……墓石。


 不幸にも生まれてこれなかった俺と乃蒼の子供の……墓だった。

 あの日、クラスメイトの御影によって殺されてしまった俺たちの子供。遺体は残っていなかったから、ここには遺骨も位牌も存在しない。ただあの子のことを供養したい、そんな気持ちから建てられた墓だった。


 ここがすべて俺の敷地、というわけではないが、墓を建てるレベルの土地は買うことができた。この周辺は国の公有地らしく、手続きはつぐみを通して簡単に終えることが可能だった。

 豪華なものは何もないし、俺は王族でもなんでもない。まさか墓荒らしなんてされないとは思うが……、この辺りは近衛隊の警備の対象となっているため、犯罪者がやってくることはないと思う。

 仮に乃蒼が一人で来たとしても、なんの問題もないはずだ。


 とはいえ……。


「少し、遠くに建てすぎたな……」


 俺は全然大丈夫だが、乃蒼の額に汗が浮かんでいる。屋敷からそれほど距離はないものの、起伏が激しく足場の悪い道が多かったため、余計な疲労を与えてしまったようだ。

 悲しい思い出だから、とあまり人目につかないところに建ててしまったが、これじゃあ来るのが大変だ。あとでお金を出して簡単な道を整備してもらう必要があるかもしれない。


 命日、というわけではない。あれから一年、というにはあまりに早すぎる。

 でも平和な世の中になって、俺たちも心の整理をする余裕ができた。だからこそ、このタイミングでの墓参りだった。


「名前、付けないとね」


 墓石に名前は刻まれていない。俺たちが名前を付ける間もなく、御影の手で殺されてしまったのだから。

 でも、それではあまりにあの子がかわいそうだ。

 時がたち、気持ちの落ち着いてきた今なら冷静に考えられる。


「……そうだな」


 名前を付けよう。


「外国の名前がいいかな?」


 この世界の人々は日本人みたいな名前じゃない。どちらかというとヨーロッパやそっち系の名前が付けられているようだ。  

 この世界で暮らすなら、そういった名前の方が……便利とは思うが。でも俺たちの間に生まれるはずだった子供なんだから、日本語っぽい名前を付けた方がいいのか?

 リンカは鈴菜にちなんだ日本語寄りの名前だよな。


「うーん、どうすればいいか、よくわからないね。そういえば女の子だったのかな? 男の子だったのかな?」

「分からないな……。うん、どっちでも通りそうな名前でいいんじゃないのか? 最近は男だから女だからってあまり言われないから」

「そうだね」


 下手な話題を振ると当時の感情が蘇ってしまうかもしれない。

 俺は少し及び腰になっていた。だから……名前は乃蒼に付けてもらうつもりだった。


「じゃあ、空」

「そら?」


 なるほど、確かに男でも女でも通じそうな名前だ。響きも悪くない。


「うん、いい名前だと思う」

「あの日、遠くへ旅立ってしまった私たちの子供。あの空の遥か先にある国で、幸せに暮らしていてほしいって……思ったの」


 それは死後の世界の暗喩か、それとも来世への希望か。


 深い……深い意味があるんだと思う。


 俺は詳しく話を聞こうとは思わなかった。

 こういうことは、ふわふわしたままでいい。

 理論や理屈なんていらない。俺たちが悲しんで、俺たちが願って名前を付けた。死後の国でも来世でも異世界でも地底の国でもどこでもいい。

 名前を付けたそのことに、意味があるのだから。


 俺はヴァイスを使って墓に傷をつけた。空白になっている名前の部分を補完するために。


 空、と書き足しておいた。

 これで今日からここは、空の墓だ。


「っと、ごめんな。なんか空気に流されて俺が名前刻んじゃったけど、剣だったから綺麗な字にならなかったな。あとで専門の職人を呼んで清書させよう」

「いいよ匠君。きっと空も喜んでるよ」


 こんな汚い字、か?


「パパもっときれいな字にして。って言ってるかもよ」

「そんなことないよ。わかるの、私には……」

「…………」


 そうか……。

 そんなに言うなら、俺から何も言うことはない。

 いいさ、この汚い字で。


 空。

 

 この美しく静かな泉で、安らかに眠ってくれ。

 それが、パパとママの心からの願いなのだから。



なお現実の子供は……。

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