ふえええええええええん! 小鳥姉ちゃん怖い!
俺たちは、屋敷の中へと入った。
入口の扉を開けると、見慣れたエントランスが視界に映り込んだ。一階、階段、そして二階の一部をゆっくりと見渡すが、特に人影はない。
真昼間ということもあり、屋敷の中にはいない人間もいる。つぐみはその最たる例だ。鈴菜は研究室にいるのかこっちにいるのかは微妙なところ。亞里亞やりんご、雫とかは運が悪ければいない。
この時間帯に屋敷をうろうろしているのはメイドか乃蒼&子猫ぐらい。ここに誰もいないのはよくある光景だ。
「とりあえず……そうだな、二階にでも行くか。部屋を見て回れば誰かいると思うから」
「うわーお屋敷なの。すごいの」
この屋敷がお気に召したらしい陽菜乃は、好奇心にその瞳をキラキラとさせている。何もない柱を撫でたり、壁に指を這わせて材質を確認する風のしぐさを取ったり、床にしゃがみこんで絨毯の模様を模写するように凝視したりなどなど。はしゃぐ姿はまさに子供。
「こらこら、あまりお兄ちゃんを困らせるなよ。走ったら危ないぞ。いい子にしてくれ」
「はい、ひなはいい子!」
バイロンのとこもそれなりにでっかい家だったんだがな。やっぱり商人の家と勇者の家は違うのか? 俺は他の人の屋敷にはあまりいったことないから、正直違いが判らないのだが。
俺たちは中央の階段を上り、二階へと向かおうとした。
その途中。
「むっ?」
「あれ?」
雫と、りんごに遭遇した。
雫は弓矢を、りんごは杖を持って武装状態。どうやら冒険者ギルドに行って何か仕事をするつもりだったようだ。
「あれあれあれ? 陽菜乃ちゃんだ。懐かしいな」
りんごが俺の隣にいる陽菜乃に気が付いたようだ。弾けるような笑顔を携え、彼女に近づいた。
「えっと、隣の隣の州に引っ越したんだよね? りんごたちの送別会覚えてる? 元気にしてた」
「りんごお姉ちゃん、お久しぶりです。ひなは遠くの町で元気に暮らしてたの」
陽菜乃とりんごは特別親しいわけではないが、かといって全く話さないわけでもない。話すことはそれなりにあったようで、会話を弾ませている。
俺は黙っている雫に声をかけた。
「一紗は?」
「部屋だ。あまり体調が良くないみたいだから、後で顔をだしておけ」
うーん、まだつわりが続いてるのか。大変だな。
予定はないから、可能な限り様子を見ておこう。
しばらくりんごと話していた陽菜乃だったが、俺と話をしている雫の方が気になったらしい。こっちに近づいてきた。
「雫ちゃん」
「なんで私だけお姉ちゃんじゃないんだ?」
そう……。
陽菜乃は俺のことをお兄ちゃんと呼び、つぐみや一紗のことはお姉ちゃんと呼ぶ。ほぼ同じ年齢なのにそう呼ばれるのは違和感しかないのだが、陽菜乃の言動や容姿を見れば何となく許される。
対して雫のことは『雫ちゃん』と呼ぶ。その理由は……ふっ、あえて指摘しないでおいてやろう。陽菜乃と並んで鏡を見てみるがいい。
「雫ちゃんはなんで矢を持ってるの? 危ないことするの?」
「私はこれから仕事だ。場合によっては野生動物や盗賊の類と戦うことになるかもしれないからな……」
「めっ!」
突然、雫のおでこを叩いた陽菜乃。
「人を傷つける道具は危ないから大人の人しか使っちゃダメ! パパとママが言ってた!」
「…………」
完全に子供扱いされてるぅ……。
「お前が四家さんにあることないこと吹き込んだんだな。人のいないところで私のことをバカにして……恥を知れこの馬鹿!」
「おいおい……俺のせいにするなよ」
どうやら雫は俺のせいにしたいらしいが、誰がどう見ても俺は関係ない。お前の背の低さが……っと、口に出したら怒るから黙っていよう。
「雫ちゃん、お兄ちゃんのこと嫌いなの?」
「ふんっ、当然のことをいちいち聞かなくてもいい」
「だったらなんで結婚したの?」
「むっ……」
…………。
そうです。
いつものノリで忘れていましたが、俺たち結婚してるんです。もう独身時代の言い訳は通じないのです。
「……わ、私は別に匠のことなんか好きじゃなくて、ああ、いや違うんだ。好きだけど、その、なんというか、私が結婚しなかったらこいつがかわいそうというか……、制度や税金の問題があってだな。この件に関しては……」
何言ってんだ雫、頭大丈夫か? 屋敷にいるお前だけ結婚してなかったらかわいそうなのはお前の方だろ。
「雫ちゃん、お兄ちゃんのこと大好きなんだね」
と、陽菜乃が結論付けた。
うん、要約するとそうなると思う。
「……ち、ち……ちちちっ違うんだからなああああああっ!」
捨て台詞を残して、雫は階段を駆け下りてしまった。
「ああ、しずしず待って! たっくん、陽菜乃ちゃん。りんごも行ってくる。ではまた後日っ!」
雫につられてりんごもいなくなってしまった。
「もっとお話ししたかったなぁ」
と、残念そうな陽菜乃。
ま、屋敷を出る前に顔を合わせられただけでも良かったということで。
「とりあえず他の人の部屋に行くか。一紗は少し体調悪いみたいだから……璃々や子猫にでも……」
エリナや亞里亞には会わせたくない。あいつらは俺の中で恥の部類に入る。
俺たち二人は二階へ向かうため、階段を上り始めた……のだが。
「匠君」
と、突然後ろから声をかけられた。
何奴、と振り返るとそこには赤い毛赤い瞳の少女がいた。
小鳥だ。
「た~く~み~君~、何か私に言うことはないかなぁ?」
すぅ、と手首を俺の首に這わせる小鳥。
急所をとられた俺は緊張MAX。
「え、なんの話だ?」
「四家さんと仲が良さそうだね。私たち夫婦なんだよね? 結婚したよね? あの日の誓いの言葉覚えてる? またこの屋敷の空き部屋が減るの? 匠君はロリコンさんかな? もうBBAの私には興味なし?」
ま、まさかこいつ、俺と陽菜乃のことを知っているのか?
おおおおおお、落ち着け、落ち着け俺。俺は今試されているんだ。おそらくは小鳥のブラフ。なんだか例の黒い霧があふれ出しているが、話せばわかるはず。いやしかし嘘を言うわけには……。
などと思考を目まぐるしく回転させていた俺だったが、それよりも陽菜乃の方が早かった。
「ふえ……」
あっ、陽菜乃が……泣く。
「ふええええええええええええん! 小鳥お姉ちゃん怖い! 怖い! びええええええええええええええええっ!」
「え? え? え?」
まさか泣かれるとは思っていなかったらしく、小鳥は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。先ほどの静かで激しい威圧感のある顔が嘘のようだった。
陽菜乃……俺もお前みたいに泣きたい。気持ちはよくわかるぞ。
「ご、ごめんね~陽菜乃ちゃん。お姉ちゃん怒ってないよぉ」
「ふえええええええええん!」
泣き叫ぶ陽菜乃。
慰める小鳥。
結局、陽菜乃のおかげ(?)でこの場は取り繕うことができた。
俺たちは適当に挨拶を済ませ、小鳥は逃げるように立ち去ってしまった。
泣かれるのは嫌らしい。




