牧場村
俺たちは朝食とともにすぐに旅立った。
オファリー州を抜け、隣の州へと到達する。相変わらず田舎道が続いているが、少しずつ街道がましになってきているのは気のせいではないと思う。
道中、山賊盗賊の類は現れていない。
「…………」
俺は馬車の中でぼんやりとしていた。
やっぱり暇だ。
危険を望んでいるわけではないが、これだけ暇だと刺激を求めてしまうのが人間だ。
スマホさえあればいくらでもゲームして時間が潰せるものを……。現代社会が恵まれすぎているという現実を、改めて再認識した時だった。
ふと、視線を感じたので顔を上げた。
「じー」
陽菜乃が、俺を見ている。
いや正確には俺の下半身をだ。まさか淫乱エリナのように俺の股間に興味津々……?
なわけないよな?
「この剣が珍しいのか?」
俺の下半身にある珍しいものといったらそれぐらいだ。
聖剣ヴァイス。
もともと希少な聖剣・魔剣だ。その辺のロングソートとは一味違う、一種の風格みたいなのがあるからな。
「う、うん! お兄ちゃんの剣、すっごく強そう!」
ほら見ろやっぱりこの剣だった。
なんだ、そうだったのか。そうならそうだと言ってくれればよかったのに。
「この剣は聖剣ヴァイスって言ってな、俺の危機を何度も救ってくれた恩人なんだ」
「そーなの? 刃物は危なくないの?」
「まあ危ないけど、俺は使い慣れてるからな。大丈夫だ」
「お尻に刺さったりしないの?」
「しないさ」
そんな目にあったら痛くて死ぬ。
「暇なら話をしようか。この剣の話。俺のこれまでの戦いを」
「お兄ちゃんのお話? 聞きたい聞きたい!」
大喜びの陽菜乃に、俺はこれまでの戦いを話した。
ミミの冒険ならぬ、俺の冒険。
もちろん、乃蒼の妊娠とか雫の大怪我とか一紗のNTRとか、ちょっと対象年齢上がりそうな話題は適当にごまかして、だ。
乃蒼、鈴菜、つぐみ、優に魔族にベーゼ。話し始めたらきりがなかった。彼女に話をしているうちに、俺もまた当時の思い出がよみがえって、胸から感情がこみあげてきた。
しかし少し男臭いバトルものの話だったせいか、あまり陽菜乃の興味を引けなかったようだ。期待にはこたえられなかったらしい。
「…………」
無言の陽菜乃が眠そうにしている。それは退屈な授業を受けて睡魔に襲われている俺を見ているかのよう。
気持ちって、伝えるの難しいな。俺は山あり谷ありの物語を伝えたつもりだったんだけど……。
どうする? このまま話を続けることに意味はあるのか? もうこの話終わってしまっていいかな?
などと考えていると、馬車が止まった。
山賊や野生動物が襲い掛かってきたわけではない。次の村に着いた、ただそれだけのことだ。
「匠様、今日はこの村で一泊します。首都に近づいてきたこともあり、昨日の村よりは上等な寝室を用意できますので……」
陽菜乃の養父、バイロンが深々と頭を下げた。彼の礼儀正しさには、逆にこちらこそ頭が下がる思いになってしまう。
「お気遣い感謝します。こちらこそ護衛と称しながら何の役にも立っていないので、本当に申し訳ないです」
「いえいえ滅相もない。むしろあなた様のご威光が山賊たちをひるませ、平和な旅ができているのかもしれません。だとすると私だけでなく、この周囲にいるすべての旅人が感謝すべきことですが」
「買い被り過ぎですよ」
気を使わなくてもいいんだけどな。でも俺が何か言ったら藪蛇になりそうだから、あえて突っ込まないでおく。
俺は馬車から降りた。先ほどまでとの平衡感覚の違いに、思わずめまいを覚えてしまう。
山独特の自然の香りが鼻をくすぐる。
たどり着いたのは、再びの田舎村。
しかし前回の村は畑ばっかりだったのに対し、今度の村は牛や豚が放し飼いされている。森というより、広い草原が広がっている平原。乱立する柵が家畜たちを閉じ込めている。
肉っ!
これは肉料理に期待ができるかもしれない。夕食は肉汁滴るステーキを希望する。
「モーモー」
と、元気そうに泣き声を出しながら草を食べる牛たち。周囲では労働者たちがフォークのような形をした鍬で牧草を集めている。
牧歌的、という言葉がまさにふさわしい光景だった。労働自体は大変そうだけどな。
「わーい!」
馬車を飛び出した陽菜乃は、俺やバイロンのことなど無視して牛に駆け寄っていた。
馬車酔いとかしないのかな? 元気な奴だ。
「陽菜乃は動物好きなのか?」
「うんっ!」
草の塊を牛に差し出す陽菜乃。それを食べる牛。
餌をやったり頭を撫でたり体を触ったり。新しいおもちゃを得た子供のようだ。
遠くでは牧場主らしい男にバイロンが頭を下げている。陽菜乃が牛にどうこうするとは思えないけど、何かあってからでは遅いからな。
「牛さん牛さん、ひなの草の方がおいしいよ! 食べて食べて!」
陽菜乃が近くに集められていた草の一部を拾い集め、牛のもとへと持って行った。
やれやれ、変な虫に刺されたらどうするんだ陽菜乃? 少しは大人しくした方がいいぞ。
とはいえ、元気よく動物たちと戯れる彼女を見ているのは、馬車の中でぼんやりと過ごしているよりもよっぽど楽しいことだ。
近くのベンチに座りながら、動物と戯れる陽菜乃をぼんやりと眺め……その日は終わった。




