ミミの冒険
俺たちは田舎町に泊まることになった。
オファリー州最西端にあるこの町は、山岳地帯の盆地を開拓して作られた町だ。
首都との街道の中にあるため一応は宿屋が存在するものの、それほど豪勢な歓迎は期待できない。
俺たちは夕食を食べていた。
山岳地帯ということもあり海からの魚や海藻などは皆無。少々の川魚とふんだんな野菜によって彩られたこの料理は、地球視点でいえば健康そうに見える。
「…………」
おいしい、が、乃蒼が作ってくれた料理の方が食べたい。
などと失礼なことを考えながらサラダに手を付ける。ないものをねだっても仕方ない。これも健康のためと思いながら食そう。
もぐもぐ。
俺は黙々とサラダを食べた。ドレッシングの浸透した野菜が舌の上を踊る。トマトもきゅうりもレタスも、俺の前では等しく平等。先ほどまでちょっと不満に思っていたことなんてすっかり忘れ、俺は皿を空にした。
向かいのバイロンを見ると、ナイフとフォークを使い丁寧に川魚のムニエルを食している。いかにも上流階級といった感じの洗練された動きだ。紳士とはああいった男性のことを言うんだろうな。
俺は会食なんてほとんどつぐみにまかせっきりだったからな。今度から礼儀作法を身につけておいた方がいいのかな?
バイロンを眺めながら自分を戒めた俺は、すぐに自らの皿に目線を移した。
あれ?
なんだこれ?
俺の皿のピーマンが増えているのだ。これはいったいどうしたことか? まさかピーマンが分裂してしまったのか?
……んなわけない。
「陽菜乃、これ、お前か?」
俺は隣でもぐもぐと魚を食べている陽菜乃に声をかけた。彼女は俺の声に驚いたのか、んぐっ、と魚を喉に詰まらせたような声を発した。
「ピーマンさんは、お兄ちゃんが大好きって言ってる!」
「…………」
こんな幼稚なことをするような人間はこの中に一人しかいない。
バイロンさん。あなたの娘が俺にピーマンを押し付けてきました。
娘だというならちゃんと教育して欲しい。
バイロンに目で非難の合図をすると、こくりと頷いた。
「食べなさい」
「えーやだやだ!」
「ダメです。食べなさい」
俺は陽菜乃の皿へピーマンを移した。
陽菜乃はそれをまるで親の仇のようにじっとじっと睨みつけ、そして俺に縋るような目を向けた。猫のように縋りついてくるその姿は、嫌いな食べ物をどうにかしてほしいという願望が込められているんだと思う。
涙目の彼女を助けたい。このまま俺がこのピーマンを食べてあげたら、彼女はきっと喜んでくれると思う。
しかしここは心を鬼にして、陽菜乃の教育に一役買おう。
俺は無言のまま首を振った。
食べなさい陽菜乃。
陽菜乃は恐る恐るピーマンを口に入れた。この世の終わりのような顔をして、鼻のつまみながらオーバーリアクションで両手両足をじたばたさせてている。
うーん、行儀が悪いなぁ。
でも嫌いな食べ物を克服しようと取り組んでいるその姿勢は評価する。少しずつでいいから、慣れていってほしい。
「申し訳ありません、匠様。新しい家族ができたことがあまりにうれしく、ついつい親としての責務を忘れてしまうことが多いのです。正しいご指導、感謝いたします」
「いえいえ、俺も陽菜乃の友人として、彼女に正しく育ってもらいたいだけです。この程度のことは喜んでしますので」
俺のせいというわけではないが、バイロンのせいというわけでもなく。誰かがやらねばならないことなんだ。
その後、陽菜乃は一人でピーマンを平らげた。
夕食を食べ終えた俺は、与えられた部屋でぼんやりと時間を潰していた。
ここは田舎だ。店は個人経営が多く、今の時間帯は完全に閉まっている。要するにやることがないのだ。
元の世界ならスマホでいろいろ見たりしたが、そんな娯楽は皆無だ。
こうしているとあの勇者の屋敷がどれだけ恵まれているか痛いほど痛感する。風呂は広い、かわいい嫁はいる、料理は一級品で首都も近い。何もかもが完璧すぎた。
しかしたまにはこういう禁欲的な生活もいいだろう。気を引き締めていこう。
俺は瞑想するように、ぼんやりとベッドの中で過ごしていた。
コンコン。
ドアをノックする音が聞こえる。
「入っていいぞ」
ドアの開く音が聞こえた。
誰もいない? と思って視線を下に移したらたら陽菜乃のサイドテールが見えた。背が小さすぎて視界に入ってこなかったのだ。
ウサギのパジャマに、ウサギのぬいぐるみを抱えている。
「お兄ちゃん。えっとね、絵本を読んでほしいの」
よく見ると、ぬいぐるみと一緒に絵本を持っている。
「バイロンさんは?」
「パパは夜すぐ寝ちゃうから」
お前も早く寝ろよ。いい子なら。
とはいえ俺と同じ年齢の陽菜乃だ。早く寝れば成長するなんてことはないと思うから、別に強要する必要もないか。
「いいぞ」
「やった! お兄ちゃん大好き!」
陽菜乃は躊躇なく俺のベッドに転がり込んできた。俺に体を摺り寄せ早く絵本を読んでほしいとせがんでいる。
まったく、陽菜乃も困った奴だ。俺はもう妻も子供もいるんだぞ? 同じベッドで二人きりなんて、浮気扱いされたらどうするんだ?
まあ陽菜乃に限ってそんな魂胆はないと思うが……。
さてと、絵本絵本と……。
ミミの冒険、と名付けられたこの絵本は、この世界に広く伝わる童話を下地に作られた絵本である。俺も名前だけは聞いたことはあるものの、どんな内容かまでは知らない。
俺は絵本を読み始めた。
「ミミは世界を旅するウサギ冒険者。今日は森の中に隠された秘宝を探している」
「ミミ! ミミ!」
興奮の陽菜乃。
物語を読み進めるごとに、陽菜乃は一喜一憂している。こんな本で楽しめるなんて安っぽい奴だな。
対照的に俺の方は眠くなってきた。陽菜乃、途中で寝たら許してほしい。
しばらく、俺の絵本朗読が続いた。
「ミミはたき火の中にイモを放り込みました。『今日のおやつは焼き芋だ』。しかしそのイモはヘビ王子によって、紙の塊に代えられていたのです」
「うーん…………。…………」
最初にはしゃいだ反動なのだろうか? 陽菜乃が眠そうにしている。
「紙のイモは灰となって、風に飛ばされてなくなってしまいました。『あれれ? 僕の焼き芋は?』。ミミはたき火の中を探そうとしますが、熱くて上手く――」
「………………」
「寝たか?」
「……ね、寝てない! 起きてる!」
いや俺が声かけるまで絶対寝てただろ? 俺も眠いからそのまま落ちてくれればよかったのに……。
俺は続きを読み始めた。
その後、しばらく絵本を読んでいると陽菜乃は寝てしまった。
彼女を抱っこして元の部屋に戻すつもりだったのだが、予想外に絵本朗読が長引いてしまい……疲れた。
気が付けば、俺もそのまま寝てしまった。
この後ミミはイモを探して土を掘ります。
するとなんとそこには、地中で蒸し焼きになったホクホク焼き芋が!
ミミが焚き木をしていたところには、偶然野生のイモが生えていたのです。
良かったねミミ。
というお話なのですが、本筋と関係ないので書きません。




