オファリー州到着
俺はオファリー州へと旅立った。
道中では何も問題は起こらなかった。魔族は倒され、貴族も全滅して、平和になったこの世界で遠出をするのは初めてだが、俺は世界の変化を目の当たりにした。
かつて魔族の脅威におびえていた人々はそこにいない。首都近くの街道は平和そのものであり、乃蒼でも一人で旅ができるほどだと感じた。
ただ、これはあくまで首都近くの話だ。オファリー州ぐらい田舎となると、都市間の距離が開きがちになってしまう。山道や林道はならず者の宝庫だ。魔族がいなくなってから勢いを増した感がある。
俺たちやグラウスの軍隊が手をまわしているが、追いついていないのが現状といったところだろう。
とにかく、俺は旅を難なく終えてオファリー州へとやってきた。
まずは陽菜乃のもとへと向かう必要がある。
大通りをそのまままっすぐ進み、貴族、商人が住む高級住宅街へとやってきた。
そして今、目の前にあるのが陽菜乃の家だ。
「……でかっ!」
勇者の屋敷はでかいでかいと思っていたけど、この家も俺たちの住まいとそう変わらないと思う。
大き目の門と、その奥に配置された植物園風の庭園。建物は左右に広がり三階建て、バルコニーも充実している。俺の屋敷は都市の郊外にあるが、ここは町中だ。田舎であることを考慮しても、これはなかなかのものだと思う。
そして屋敷の外で使用人と思われるメイドたちが歩いている。この広い屋敷だ、一人で何もかもするのは不可能ということなのだろう。
「すいません」
俺はメイドの一人に声をかけた。
「冒険者ギルドの斡旋で護衛の依頼を担当する、下条匠です。バイロン様に取り次いでいただけないでしょうか?」
「少々お持ちください」
メイドがほうきをもったまま屋敷の中に戻っていった。俺のことを知っているのかそうでないのか、あの表情から判断するのは難しいな。
やがて、先ほどのメイドが戻ってきた、隣には杖をついた老人を連れている。シルクハットのような帽子がよく目立つ。
養父、バイロン。
帽子を脱いだバイロンは、流れるような動作で深々と一礼をした。
「こんにちは。救国の英雄、下条匠様ですね。まさか、あなた様が依頼を受けてくださるとは……。田舎者の商人ですゆえ、少々の不作法はお許しいただきたい」
「いえいえ、俺もここへは護衛として来てますので、気にせずこき使ってください。そんな風にかしこまられると、緊張しちゃいます」
「それは助かります」
俺はバイロンを軽く眺めた。
きれいに整えられた正装、杖も帽子もそれなりに高級品。身に着けている宝石は派手ではないものの、それなりの価値を感じさせる。
いかにも上流階級、といったいで立ち。
陽菜乃を引き取ったというだけあって、そこそこ金があるようだ。
「いやはや、本当に偶然とは面白いものですね」
「何の話ですか?」
「それは……」
「お兄ちゃーん!」
と、玄関から飛び出してきたのは、陽菜乃だった。
つい先ほどまで寝ていたのだろうか。子供向けのウサギをモチーフとしたパジャマを着ていて、長いウサギ耳のついたフードを被っている。
フードから漏れ出る髪は腰あたりまで伸びるロング。うさぎの形をした髪留めで左側に寄せている、いわゆるサイドテールというタイプの髪型だ。
「久しぶりだな、陽菜乃。元気にしてたか」
首都を離れて以来、ほとんど接点のなかった彼女だ。こうして顔を合わせるのは本当に久々だ。
「あのね、ひなね、この前のお祭りで、お兄ちゃんのこと見たよ。お城の上に乗ってた!」
「……ん?」
城? あ、ああ……あの上の方が城っぽい建物になっている神輿のことか。うう……思いだしただけで恥ずかしくなってきた。
「陽菜乃もあそこに来てたのか。声をかけてくれればよかったのに」
「うう……だってぇ。お兄ちゃんとっても偉そうだったんだもん。王様ぐらい偉いんだよね? ひな、お話ししても大丈夫? 逮捕されたりしない?」
そんな急に逮捕だ処刑だなんて……。どこかの大統領じゃあるまいし……。
「ふふっ、陽菜乃はあなたに会いたがっていたのですよ」
と、養父のバイロンが解説してくれる。
「首都に到着したら、あなた様とお話をする予定でした」
「もしかして……俺がここに来たら、もう用事は済んだってことですか?」
「いえ、大切な商談があるため、首都まで護衛していただきたいというのは本当です。貴重な宝石も一部あります。陽菜乃の件はそのついでだった、と理解してください」
「わかりました」
一言声をかけてくれれば、会いに行って……あげられただろうか? ここのところ魔族だとか結婚だとか本当に忙しかったから、案外会いにいけなかったかもしれない。
「予定通り出発は明日です。宿をとられていないのなら、この屋敷に泊まりませんか?」
「いいんですか?」
「これだけおおきな屋敷です。私たち夫婦と、それに陽菜乃がいても寂しいものです。話し相手になってくださるのなら、歓迎ですよ」
「お兄ちゃんとお泊り! お泊りだわーい!」
陽菜乃が俺の太ももに抱き着いてきた。こうして無邪気に懐いてくる彼女を見ていると、まるで子供でも相手にしているかのようだ。
「はっはっはっ、これはもう逃げられませんな」
「……ご厚意、感謝します」
とりあえず、バイロンさんの屋敷で泊まることにした。
区切り的には中盤後編といったところなので、そろそろ人物紹介を入れておきましょうか。
次回は人物紹介を投稿します。




