匠観察日記
冒険者ギルドの仕事は簡単なものが多い。
敵対的な魔族は全滅した。そして彼らが生み出した魔物は激減した。ギルドに入ってくる大きな仕事はなくなってしまったのだ。
しかし魔族・魔物関係が依頼のすべてではない。
山賊・海賊・盗賊等の悪人捕縛。こいつらは多少魔法が使えることもあるが、聖剣・魔剣の使える者ならまず負けない。
採集系の依頼。大抵は誰でもできるが、危険生物が住む山もあるから注意が必要だ。といっても聖剣・魔剣・魔法が使える俺にとって大した意味を持たない。
要人の護衛。道中を守る仕事だ。商人や富豪などから依頼を受けることが多い。平和な世の中だから護衛を付けない人たちもいるが、多少の犯罪者はいるため需要は保たれている。
「どれにするか……」
俺は一人で掲示ボードを眺めていた。
ここには様々な依頼書が張り付けられている。
りんごたちと一緒に依頼を受けてもいいのだが、それだとオーバースペックになってしまう。俺たちは一人でも優秀な護衛であり戦士なのだ。わざわざ固まって依頼を受けるのは、人材の無駄と言ってしまってもいい。
人数の指定がないもの以外は、一人で受けるようにしている。
「…………」
俺は適当に一枚の依頼書を取った。ごく簡単な薬草採取の依頼だ。この近隣の山に生えているものだから、半日程度で終えることができるだろう。
別に楽な依頼でさぼっているわけではない。高難易度高額報酬の依頼は、本職の人々に譲ってあげた方がいいと思っただけだ。
手続きを終えてギルドの外へ出る。大通りは祭りでなくても騒がしい。特に用事もないから、早く現地に向かって……。
「小鳥?」
ふと、人混みの中で彼女の顔を見かけた。
俺と入れ違いになるように、冒険者ギルドへと入っていく。
俺だけではなく、雫、りんご、小鳥も冒険者ギルドで依頼を受けている。彼女たちもこれまでの戦果で十分報酬をもらっているのだが、あえて仕事をしているのは俺と同じ理由だと思う。
「…………」
俺はぼんやりと小鳥を見ていた。
俺が絡んでいるとアレなことの多い小鳥だが、ここでの動きは一般人そのものだった。俺が追放されたあと、勇者として頑張っていた彼女だ。ある程度の社交性を身に着けているから、一人でも大丈夫だったというわけか。
雫も見習ってほしい。あいつはりんごや俺がそばにいないとここに来れないからな……。困った奴だ。
小鳥は適当に受付の人と話して、依頼を受けていた。こちらとは別の出口から、建物の外へと出ていく。
「あっ」
小鳥は気づかなかったようだが、今、スカートのポケットから何かが落ちた。どうやら依頼書を収める拍子に、誤って落ちてしまったらしい。
俺は彼女にそれを返すため、すぐに建物の中に入った。
落としたのは、小さなノートのようなものだった。
「メモ帳かな?」
何気なく中を見る。あっ、これってプライバシーが……と思った時には、もう中の記述が目に入り込んでしまっていた。
日付と、その下に書かれた文章。それは事務的なメモ帳などではなく、日記のような内容に見えた。
いつも持ち歩いているのだろうか? 本体が別の場所にあって後で書き写すとか? それとも諸事情で持ち歩いていた?
まあ、その辺詮索しても仕方ないか。
ベーゼの呪いから帰還を果たした小鳥。彼女はいったい、普段何を考えて生活しているのだろうか?
好奇心をそそる内容だ。悪いとは思っていたが……、俺はゆっくりとその記述に目を落とし始めていた。
――〇日。
今日は匠君と一緒にご飯を食べた。
島原さんが作ってくれたパスタとサラダ。私は半分ぐらいしか食べられなかったのに、匠君は二皿もぺろりと平らげた。
男の子なんだなーって思った。
あと、匠君の口元にソースが付いててカワイイ。
キスして取ってあげようかな、なんて思ったけど恥ずかしくてできなかった。
――〇日。
今日は一紗と匠君と三人でお買い物。
新しいスカートを試着した一紗ちゃんと私。匠君が褒めてくれたのは私だった。
一紗ちゃんの方がぜっっったいかわいいのに、見え見えのお世辞。
でも……嬉しい。
――〇日。
今日は匠君と一緒に依頼を受けた。
山の中で木の根に足を取られそうになった私を、匠君はそっとエスコートしてくれた。
匠君カッコイイ!
「…………小鳥」
俺は照れ臭くなってしまった。
小鳥はこんなに俺のことを見ていたのか。カッコイイとか、好きとか、こんな文章に書かれてると恥ずかしくなってしまうな。
自分が褒められていることが嬉しくて、つい、俺は次のページへと読み進めてしまった。
――〇日。
匠君がお風呂に入った。
大浴場だからってすごい泳いでた。クロールにバタフライ。フリーダムだね。
匠君は頭から体を洗うらしい。あと入浴時間帯は午後九時~十一頃が最多。
メモメモ。
「…………」
いや待てこれはおかしい。
俺小鳥と一緒にお風呂入ったことあったか? いやない。絶対ない。あと誰かと一緒にいるときに泳いだりしない。あれは一人で開放感があるときにやる遊びだ。
でも、この書き方だと風呂にいる俺を見ているかのようだ。
違和感を覚えながら、俺は次のページを開いた。
――〇日。
匠君がトイレに入った。
便座に座るとき、『よっこいしょ!』って言ってた。
カワイイ!
匠君の可愛さに感激。
「…………」
いや確かに、俺はトイレに座り込むとき変な言葉発してることがある。でもそれは無意識に口から洩れてる小さな声で、とても部屋の外まで聞こえるような大きさじゃない。そもそも小鳥はなんで俺が便座に座ってると……。
「…………」
ひ……ひぇ、こいつ俺のこと覗いてるぞ! ストーカーか? まさかの男子トイレまで……。
こ……これは……、見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。
「中身? 見た?」
「あひっ!」
高速で振り返るとそこには小鳥がいた。
ゴゴゴゴゴ、と例の黒い霧を発生させる小鳥。周囲にいた凄腕の冒険者たちが思わず怯んでしまうほどのプレッシャーだ。
「あっ、いや、見てない! 見てないぞ俺は! 誰の落としものかと思って、ちょっと開いてみただけだ。まだ読んでない!」
「匠君……優しいんだね」
どうやら俺への信頼度はマックスらしく、明らかに怪しいにも関わらず信じてもらえた。
そういえば最近、時々視線を感じるんだよな。
自意識過剰かと思ってたけど……まさか……ね?




