黄金の幼女
フェリクスは驚愕した。
異世界転移と、それに伴う魔族たちの地球への召喚。魔族大侵攻より端を発した世界大戦は、すべてそのための布石であったのだ。
「……まあ、当初の計画とは異なったようじゃが、結果がすべてじゃよ」
イグナートが意味深な発言をした。確かに、フェリクスが知っている範囲でも計画に矛盾が生じているように見える。
しかし――
「…………」
計画の差異などフェリクスにとってあまり関係のない話だ。それよりも……。
「理解しました。私、そしてあなた方魔族は……先んじてここに来た魔王陛下によってこの世界に召喚されたのですね」
「肉体を持ったまま魂を別の世界に移動させることは難しい。魂が冥界に漂うその時、魔王陛下のお力で異世界転生がなされたのじゃ。お主らが扱う異世界人召喚よりも、より簡便な方法じゃて」
「ならば……」
フェリクスは疑問を口にする。
「なぜ私は、この地に転生させられたのですか? まさか他の貴族たちも転生を?」
「……フェリクスよ。魔族すら巻き込む壮大な知略、魔剣や魔法を使い戦う力、そしてなにより亡国に忠義をささげるその生きざま。魔王陛下はそれを高く評価し、お主をアンデッドとして『転生』させることにしたのじゃ」
「アンデッド?」
とっさに、フェリクスは胸に手を当てた。
心臓の音が……ない。
冷静になって考えてみれば、自分は息もしていない。異常な状況下で全く気付かなかったが、これは生き物として異常なことだった。
フェリクス公爵はやはり死んでいた。ただし魔族たちの魔法によって、魔物であるアンデッドに変えられてしまったのだ。
「そうですか……私は……アンデッドに」
死んだと思っていたこの体だ。今更ゾンビになったといわれても何の感情もわいてこない。
「……その気ならば、事前に伝えてもらいたかったものですな」
「わしもじゃよ」
と、イグナートは静かにいった。
「どういった意味ですかな?」
「わしらは誰一人異世界に向かうことを知らなかった。ここに来たのは、魔王様の命令を守った結果にすぎんのじゃよ」
「……?」
一瞬、フェリクスはイグナートが何を言っているのかわからなかった。
「魔族は死ぬつもりはなかった? 転生するために人間へ戦いを挑んだのではないのですか?」
「……『死ね』という命令を受けただけじゃよ。そのような目的など、幹部であるわしすらも知らなんだ」
フェリクスは状況を理解する。
魔王は転生のことを伝えていなかった。
しかし配下の魔族たちを転生させるため、『死ね』と命令した。
命令を受けた魔族は、『魔族大侵攻』を引き起こして地上で戦った。
結果として死ぬまで戦い、多くの魔族たちが倒されてしまった。
「……察しました。ではあの戦いは魔族たちの忠誠心を試す戦いだったのですか?」
「然り」
フェリクスは知っている。大半の魔族は人間と戦い倒されてしまったが、ごく少数は平和的に降伏したり、戦後復興に協力したりした。
人間視点で見れば情のある善き魔族。しかし魔王視点で言えば命令に背く不忠の愚か者。
魔王は試したのだ。配下の魔族たちが自分の命令を守り、自らの命をささげるかどうか。その結果があの魔族大侵攻であり、彼らの不自然な敗北であったのだ。
「か……感服しました。まさかあの戦いにそのような意味があったとは。魔王陛下の英知がただただ恐ろしいばかり……」
『死ね』などと、意味不明で理解できない命令だ。しかしそれすらも守り通してしまったこの魔族たちは、まさしく忠義の徒。
絶対に裏切らない。ここにこうして召喚されていること自体が、絶対服従の証明なのだ。
「そういえば魔王陛下はいずこに? 是非ご挨拶を」
「来るのじゃ」
そう言って、イグナートは部屋の奥へと進んでいった。
フェリクスも彼に続いていく。
部屋の奥には、もう一つの扉があった。イグナートはその中に入っていく。
玉座の間のような構造をした部屋だ。
そしてそこにも、魔族がいた。
「あなた様は……確か」
かつて魔族と対面を果たした時、一度だけ名前を聞く機会があった。この女の名は……確か。
大妖狐マリエル。
「そなたはアンデッド。イグナートの眷属。しかし魔王陛下への忠義を忘れるな」
「は、はい」
大妖狐マリエルはキセルをふかしながら、ぼんやりと空を見つめている。もはやフェリクスに興味を失ったようだ。
次にフェリクスは左を向いた。
刀を構えたこの魔族の名は――。
刀神ゼオン。
「力なく勇者に倒された者よ。この世界で二度と負けぬよう、鍛錬に励むがいい」
「かかかかっ、全力で人間と戦い、倒されてしまったそなたが何を言うか」
「ふっ、某もまた修行中の身。ただ己の刃を磨くのみ……」
詳細は知らないが、彼もまた下条匠に敗れてしまったらしい。
そして正面の玉座。
玉座には一人の幼女が座っていた。黄金の瞳でこちらを睥睨するその姿は、その幼い体からは考えれないほどに……恐ろしい。心臓の動いていないフェリクスであったが、思わずその鼓動が止まってしまったかのような錯覚を覚えてしまう。
(乃蒼殿?)
フェリクスは彼女の姿を見て、かつて異世界人として触れ合っていた少女――島原乃蒼を思い出した。
その幼女は、確かに乃蒼に似ていた。身長は彼女よりもやや低いが、顔の作り鼻の高さ、細かいところに違いはあるものの面影を強く感じさせる。
しかし乃蒼の髪が黒色であるのに対し、この幼女の髪は金色。それに着ている服はボンデージ風の黒い衣装と黒マントを身に着けている。その派手さは彼女にはありえないものだった。
「乃……蒼殿?」
「久しいなフェリクスよ。我が……そなたをこの世界に呼び寄せた魔王である」
耳を疑った。
島原乃蒼に似たこの幼女は、尊大な口調でこちらを見下した。ありえない、理解しがたい容姿とのギャップに、フェリクスはただ困惑するばかりだった。
「フェリクスよ、我はそなたの行いを評価している。あのように無能な王と国のもとで使い潰されるにはあまりに惜しい」
「はっ」
「我とともに来い。この世界を征服した暁には、一国の主として取り立ててやる」
そう言って、魔王は誘ってきた。
フェリクスは、固まっていた。
かつて、元の世界で国王にどれだけ罵声を浴びせられただろうか? 無能だ、使えないと、自分より劣ったものに罵られ……それでも国のためにと耐えてきた。
こんな風に、王から正しく評価され必要とされることは……初めてだったかもしれない。
「お……おおお…………おおおおぉおお」
フェリクスは泣いた。
感動してしまった。
相手は魔王。邪悪な存在。そんなことは言われなくても分かっている。それでもフェリクスは新たな主を、尽くすべき王を見つけたのだ。
「我が忠義、必ずやあなた様のお役に立てましょう」
今度は同盟ではない。利用するわけでもない。
フェリクスは真の主を見つけたのだ。このお方こそ……自分を正しく導いてくれる王なのだ。
フェリクスは魔王に近づき、その足に口づけした。忠誠を誓うための、簡単な儀式だ。
「……ふっ、フェリクスよ。この体であればそなたとも子を作れるぞ? 試してみるか?」
「な……なんと恐れ多い! 私に再び機会を与えてくれたそれだけで十分です!」
フェリクスは魔王から離れ、再び頭を下げたのだった。
こうして、魔王は異世界に魔族たちを召喚した。
その数は、数千。いずれも人間の力をしのぐ、一騎当千の猛者たちである。
フェリクスの到着ですべての召喚を終えた魔王。
この日、転生魔族は関東地方へと進軍した。
自衛隊、アメリカ軍は住民の避難を優先させ、十分な力を発揮することができなかった。
関東地方は戦火に包まれた。
ここで黒の巨人編は終わりです。




